響ホールの音響設計を担当した専門家たちによる特別座談会 Vol.1

INTERVIEW 橘秀樹(東京大学生産技術研究所名誉教授) & 豊田泰久 & 石渡智秋(以上永田音響設計)

 1993年、北九州市制30周年を記念してオープンした北九州市立響ホールは、今年、開館30周年を迎えた。ガラスや耐火レンガ、鉄などが使われたユニークな内装と、⾳響設計により実現した明瞭で豊かな響きが特長の同ホール。北九州市出身でN響特別コンサートマスターの篠崎史紀氏も「響ホールはどの席でも良い音で聴ける。ホール自体が楽器の役割をはたしていて、このように素晴らしい響きのホールは世界でも数えるほどしかない」と語るなど、公演に訪れ、その響きを絶賛するアーティストも後を絶たないという。
 そこで今回、響ホールの音響設計に携わった専門家3名によるオンライン座談会を実施。参加者は、音響設計の全体監修・基本設計を務めた橘秀樹さん(東京大学生産技術研究所名誉教授)。そして橘さんの基本設計をもとに実施設計を行った永田音響設計から豊田泰久さんと石渡智秋さん。
 第1回は、「響ホールの“響き”の魅力」を中心に話を聞いた。事前にホールに赴き、改めてその響きを体感した設計者たちは、開館から30年を経て何を感じたのだろうか。

北九州市立響ホール

取材・文:本田裕暉

――2023年7月30日、北九州市立響ホールは開館30周年を迎えました。改めてホールの特徴を教えてください。

橘秀樹

 このホールの室形状はいわゆるシューボックス型で、舞台と客席が構造物で区切られずに一体化したかたち。ステージを取り囲むように客席が設けられており、ホール全体がむらなくよく響きます。30年ぶりに音を聴かせていただいたのですが、やはり非常に拡がり感のある、滑らかな残響が大変印象的でした。

豊田 私どもは橘先生から基本設計をご提示いただき、それを受けて実施設計から参加したのですが、先生が基本設計で述べられていた「豊かな響きと拡がり感」、そして「明瞭な音」――まさにこれに尽きると思います。実際に豊かな響きで、しかも明瞭な音というのが体現・具現化されているホールだと感じました。

 一体型のホールで響きもよく、場所によって聞こえ方に差がないという特徴がありますね。一般の多目的ホールではステージ空間と客席がどうしても離れてしまって、響きも短いところが多いのですが、こういった音楽専用ホールができるようになったことで、音楽を本格的に聴けるようになったのです。

石渡 当時、橘先生はもう一つ「静けさ」も大事と仰っていましたが、今回聴かせていただいて、演奏者の息遣いから響きの余韻まで聴ける、騒音と切り離して音楽を愉しめるという特長を改めて実感しました。

石渡智秋

 それで思い出したのですが、このホールは下の階が駐車場になっているので、遮音に随分と力を入れました。駐車場の音はホール内では全く聞こえないはずです。そして、専門用語になりますが、空調騒音も「NC-15」という理想的な値を実現しています。これは空調の音が「聞こえない」レベルと言ってよいと思います。

――響ホールの最大の特徴の一つは「ガラス」の使用だと伺いました。

 ホール設計者の石井和紘さんは大学の同級生でして、彼に頼まれて音響設計をお手伝いしたのですが、意見交換をする中で、ガラスをできるだけ使おうということになったのです。最初は天井までガラスにする案をつくったのですが、施工業者にそれはやめてくれと言われました。また、音楽関係者からも「ガラスはガラスっぽい音がして嫌だ」という意見が出まして、反対されたのです。決してそんなことはないのですが。

ガラスがふんだんに使われた内装
豊田泰久

豊田 天井というのは単なる板ではなくて、そこに照明器具や空調設備が入るなど、色々なとりあい(*)があります。そういう意味で、施工業者からは普通の材料を使いたいという希望が出たのだと思います。

*とりあい:建築物などにおいて、異なる構造物が出会う接合部分のこと、またはその接合部分における処置のこと。

 2階側壁にはポリシリンダー形状、要するに京都の銘菓八ツ橋型の厚いガラスの壁をつくりました。それから、材料の話では、地元の八幡製鉄所(当時)と同じ耐火レンガも使用しています。これは一度焼いたものだと淡い茶褐色で、あたたかい感じがするのですね。音響的にも反射材料となるため、1階の側壁に使いました。部分的に吸音もして、残響の調整もしております。

レンガが使用された1階側壁

 そして、ホールの設計では「ライブエンド・デッドエンド」、ステージの方は反射性にして、後壁は吸音性にするというのがよく使う手ですが、このホールの場合にはステージの後方、鉄で作ったリブ格子の後ろに吸音カーテンが入れてありまして、それを開閉することによって残響を変えられるのです。演奏のスタイル、あるいは編成の規模によって響きを多少調整できるようにしてありますので、こういった仕掛けもぜひ積極的に使用していただきたいですね。

(Vol.2につづく)

Profile

橘秀樹
東京大学工学系大学院博士課程(建築学専門課程)修了。東京大学名誉教授。
東京大学生産技術研究所で建築音響や騒音・振動制御の研究に取り組む。
北九州市立響ホールのほか、横浜みなとみらいホール等日本各地のコンサートホールの音響設計・コンサルタントを務める。

豊田泰久
広島大学附属福山高校卒後、九州芸術工科大学の音響設計学科に入学し、コンサートホールの音響設計に関する技術を学んだ。1977 年大学卒後、(株)永田音響設計に入社し今日に至る。ロサンゼルス事務所とパリ事務所の代表を務めた後、現在はエグゼクティブ・アドヴァイザー。

石渡智秋
株式会社永田音響設計 プロジェクトチーフ、法政大学大学院兼任講師。
芝浦工業大学大学院修了。修士論文研究を東京大学生産技術研究所 橘秀樹教授のもとで行う。北九州市立響ホールをはじめ、京都コンサートホール、ミューザ川崎シンフォニーホール、台中国家歌劇院(台湾)等のプロジェクトを担当。

北九州市立 響ホール
https://www.hibiki-hall.jp