新シーズンは“三角関係”が面白い
世界的指揮者・大野和士は、この夏、新国立劇場のオペラ芸術監督として、開場25周年でもあった5シーズン目を終えた。
「最初に、日本人作品のシリーズ化、1幕ものを2本並べたダブルビルとバロック・オペラの上演、ロシアものの開拓を念頭にレパートリーの拡大を目指しつつ、イタリアものやドイツものも上演してバランスをとろうと考えていました。しかしコロナ禍で全うできる状況ではなかった。それが残念ではあります。とはいえ、コロナの中でも公演記録映像を無料で配信する『巣ごもりシアター』、作品をやさしく紹介する『オペラ玉手箱』の映像版といった劇場外で楽しめるプログラムにいち早く取り組むとともに、海外からのオンラインでの演出や合唱の立ち位置の工夫等を行いながら、何とか上演してきました。特に忘れ難いのは、人間の終末を予感させる藤倉大の《アルマゲドンの夢》をコロナ禍に上演できたこと。出演者の距離を考慮しながら上演した《ニュルンベルクのマイスタージンガー》も、『よくぞここまで』といった気持ちでした」
今後の展望も新国立劇場の使命が念頭にある。
「2023/24シーズンは新演出が2演目に減りますので、これをもとの3演目、4演目に戻すのがまず理想ですが、私の中での希望としては、レパートリー演目を新演出に刷新していくこと、20世紀作品を入れていくことがあります。また、まずモーツァルトのオペラを知って、次にベートーヴェンの《フィデリオ》を知れば二人の違いがよくわかり、ワーグナーやヴェルディを経て《ペレアスとメリザンド》等を知れば、最初のモーツァルト作品の見方が違ってくる・・・といった形でイマジネーションの源泉も広げてもらうのが、新国立劇場の責務だと思っています。さらには日本人のオペラ作品を制作し、世界に発信していくのも、“国立”劇場の使命でしょう」
秋に始まる新シーズンは、9演目が上演される。
「三角関係、それも恋愛面だけでなく、敵などを含む様々な三角形を描いた作品が並んでいます。代表例が《シモン・ボッカネグラ》。ここでは、庶民から総督になったシモン、実はその娘だったアメーリア、彼女を好きになる貴族ガブリエーレに、シモンの手下パオロ、政敵フィエスコが加わって、愛情や政治面など複数の三角関係が描かれています。このほか《トリスタンとイゾルデ》は三角関係の極致で、《エウゲニ・オネーギン》はオリガを巡る3人の関係が絡み、《トスカ》は一角をなす悪役スカルピアが警視総監でもある。こうした複雑な三角関係こそがオペラの緊張感を生むのです」
大野自身が指揮するのは、ヴェルディ《シモン・ボッカネグラ》とワーグナー《トリスタンとイゾルデ》。中でも2本の新演出の一つである《シモン》には力が入る。
「アメーリアがシモンの娘だとわかる第1幕の音楽は、愛情と稀有な運命を反映しており、最後は感動的な二重唱になります。本作ではそうした多くの重唱が聴きどころ。そして全体の最後、複雑な社会的対立や純愛の中で、政治家シモンと父親シモンがどう描かれるのか? その一番大切なテーマを感じてほしい。また本作は、中期に書かれながら、初演の失敗によって20年以上推敲されました。改訂版の台本作者は、最晩年の《オテロ》《ファルスタッフ》と同じボーイト。その結果、本作から後期特有の味が出てきますし、《シモン》を知ることで《オテロ》がもっとよくわかると思います。さらに今回の美術は世界的に有名なアニッシュ・カプーアで、彼を呼んできたのが演出のピエール・オーディ。ですから美術面も見どころになります」
もう一つの新演出、プッチーニ《修道女アンジェリカ》とラヴェル《子どもと魔法》のダブルビルをはじめ、他の演目への期待も大きい。
「ダブルビルは、母子の愛、母の偉大さが共通点です。レパートリーものでは、先の《リゴレット》で話題を呼んだ指揮者マウリツィオ・ベニーニが《トスカ》で戻ってきますし、《オネーギン》を振る素晴らしい指揮者ヴァレンティン・ウリューピン、《トリスタン》の今望み得る最高の歌手たちが揃った強力な布陣、《ドン・パスクワーレ》のベルカントを極めた3人の男声陣、《椿姫》の中村恵理さん等も大注目です」
まさに興味津々の公演ばかり。新国立劇場の活動から今後とも目を離せない。
取材・文:柴田克彦
(ぶらあぼ2023年10月号より)
【Profile】
バイエルン州立歌劇場でサヴァリッシュ、パタネー両氏に師事。トスカニーニ国際指揮者コンクール優勝。以後世界各地の主要歌劇場、音楽祭、オーケストラを指揮、野心的な活動で聴衆を魅了している。ザグレブ・フィル音楽監督、バーデン州立歌劇場音楽総監督、モネ劇場音楽監督、トスカニーニ・フィル首席客演指揮者、リヨン歌劇場首席指揮者、バルセロナ交響楽団音楽監督を歴任。現在、新国立劇場オペラ芸術監督及び東京都交響楽団音楽監督、ブリュッセル・フィルハーモニック音楽監督。
【Information】
新国立劇場 オペラ 2023/24シーズン
《修道女アンジェリカ》《子どもと魔法》(新制作)
2023.10/1(日)14:00、10/4(水)19:00、10/7(土)14:00、10/9(月・祝)14:00
新国立劇場 オペラパレス
指揮/沼尻竜典 演出/粟國 淳 管弦楽/東京フィルハーモニー交響楽団
出演/キアーラ・イゾットン(アンジェリカ)(《修道女アンジェリカ》)、クロエ・ブリオ(子ども)、齊藤純子(お母さん)(以上《子どもと魔法》)、新国立劇場合唱団 他
《シモン・ボッカネグラ》(新制作)
2023.11/15(水)19:00、11/18(土)14:00、11/21(火)14:00、11/23(木・祝)14:00、11/26(日)14:00
新国立劇場 オペラパレス
指揮/大野和士 演出/ピエール・オーディ 管弦楽/東京フィルハーモニー交響楽団
出演/ロベルト・フロンターリ(シモン・ボッカネグラ)、イリーナ・ルング(アメーリア)、リッカルド・ザネッラート(ヤコポ・フィエスコ)、ルチアーノ・ガンチ(ガブリエーレ・アドルノ)、シモーネ・アルベルギーニ(パオロ・アルビアーニ)、新国立劇場合唱団 他
問:新国立劇場ボックスオフィス03-5352-9999
https://www.nntt.jac.go.jp/opera/
※2023/24シーズン、発売日の詳細は上記ウェブサイトでご確認ください。