三浦謙司(ピアノ)

「天」と「地」のはざまで、問い続ける

(c)Harald Hoffmann

 ロン・ティボーコンクール優勝で活躍の場を広げつつ、独自のプログラムや音楽表現を貫き続ける三浦謙司。今度のリサイタルでは「天と地」をテーマとする。

 「聖書などさまざまな場面で、二つの物事を対比するシンボリックな意味で使われる表現です。もともと僕は、二元的なものを比べて関連を考えることが好き。例えばフォルテやアレグロなどは、単体を数値で指定できるものではなく、ピアノやアダージョという比較対象があるからこそ違いが生きる…つまりある意味、曖昧な基準です。今回は天と地という、対極にありながら捉え方によってグレーな部分もあるものをイメージした曲を選びました」

 「地」に感じるのは、人の素のエネルギー。

 「まずは民俗音楽が取り入れられたバルトーク。ゴドフスキーのジャワ組曲より『クラトンにて』は、ルーツを探るような深く神秘性もある地のイメージ。ガーシュウィンはジャズの要素を持つ『ラプソディ・イン・ブルー』。ジャズは黒人たちが言葉でなく音楽で仲を深めるなか、きれいな音も汚い音も含めて発展したもので、最も素に近い音楽だと思います」

 一方の「天」の音楽も、「ただキラキラしたものだとはもちろん思っていない」という。

 「ベートーヴェン『月光』は、本来、美しい月を想像するはずのない音楽だと僕は思います。ドビュッシーは波乱万丈の人生からもわかるように、あの曲で美だけを表現していたはずはありません。モーツァルトの『きらきら星変奏曲』は、家で練習していたら娘が部屋に来るかなと選びましたが(笑)、それもただピュアな音楽以上のものがあるはずです」

 テーマを念頭に選び出した6作品を、こだわりの曲順で披露する。

 「世の中ほとんどのことはグレー。音楽でもその部分を探りたいのです。演奏を聴いて、全部きれいな音だったよ!と言われても、僕は正直、嬉しくありません。汚いものがあるから“きれい”が存在し得る。土台があるから、その上に命の吹き込まれた何かを際立たせることができます」

 ルールや固定観念に縛られるのが大嫌いなのは、神戸で過ごした幼少期から。

 「周りと同じことをするのが大嫌いで、幼稚園でも常に浮いていたそうです(笑)」

 親の仕事の都合により10歳でドバイに移ったが「それが本当に良かった。そのまま日本にいたらどうなっていたか」と振り返る。

 「今もやりたくないことは絶対やりません。ただ常に忘れずにいるのは、自分の考えだけが絶対ではないということ。今はこう信じているけれど、それが唯一の答えだと思ったら成長は止まります。極端な話、天動説もそうでしたよね。知識人が揃って正しいと主張したことさえ、数世紀後には覆るのですから。『それは本当に正しいのか?』と常に自分に問いかけています」

 今回の演奏会も、聴く人それぞれが自由に理解してほしいと話す。

 「音楽は感性の塊のようなもの。どれだけ思いを込めた音楽も、捉え方はごまんとあって当然です。とことん考え、感じてもらえる空間にしたいですね」
取材・文:高坂はる香
(ぶらあぼ2023年9月号より)

三浦謙司 ピアノ・リサイタル
2023.10/5(木)19:00 紀尾井ホール
問:ヒラサ・オフィス03-5727-8830
https://www.hirasaoffice06.com

他公演
10/1(日) 兵庫県立芸術文化センター KOBELCO大ホール(0798-68-0255)
10/3(火) 名古屋/Halle Runde(芸文プレイガイド052-972-0430)
10/7(土) フィリアホール(045-982-9999)