セイジ・オザワ 松本フェスティバル(OMF)30周年記念 特別座談会

サイトウ・キネン・オーケストラを支えたホルン奏者たちが語るOMFと小澤征爾

Masayuki Naoi, Radek Baborák & Yasushi Katsumata (from left)

↓ 小澤征爾 総監督からのメッセージ OMF30周年によせて ↓

聞き手・まとめ:柴田克彦
Photo: I.Sugimura/BRAVO

 2022年、「セイジ・オザワ 松本フェスティバル」(旧・サイトウ・キネン・フェスティバル松本)が30周年を迎える。そこで、長年参加し、ホルン・セクションの中枢を担ってきた、猶井正幸ラデク・バボラーク勝俣泰の3氏に、当フェスティバルとサイトウ・キネン・オーケストラについて語ってもらった。

皆さんのサイトウ・キネン・オーケストラ(SKO)への出演歴からお話いただけますか。

猶井 私はフェスティバルの発端になった1984年「齋藤秀雄メモリアル・コンサート」から参加しています。その後のSKOヨーロッパ・ツアーにも2度出演し、1992年に松本でフェスティバルが始まってからは、ほぼ毎年参加しています。

勝俣 1997年にこのフェスティバルの「若い人のための勉強会」に参加したのがきっかけとなって、翌98年に初めて出演しました。それ以降は、何度か抜けながらもほとんどの年に参加しています。

バボラーク 1998年長野冬季オリンピックの開会式でのベートーヴェン「第九」交響曲に出演しました。そこで小澤さんや多くのアーティストと知り合いになり、99年から松本のフェスティバルに参加しました。それ以降多くの公演に出演しています。

印象的に残っているコンサートや出来事は?

猶井 演奏面では、小澤さん指揮のブラームスの交響曲第1番。それまで経験したことのない音空間が生まれたので、一番印象に残っています。あとはマーラーの交響曲を演奏したアメリカ・ツアー(1999年「復活」、2000年第9番。共に前年に松本と東京でも演奏)。演奏自体もそうですし、滅茶苦茶寒い中で食事に行ったことなど、あらゆる意味で思い出深いですね。それから、松本のフェスティバルが始まった頃は、「これからいいことが起こりそうだ」といった独特のワクワク感がありました。各地に散らばっている音楽家たちが年1回集まって、色々なことを話し合ったり友情を育むなど、松本がとても意味のある場所だと感じました。

勝俣 1998年に初参加した時は、まだ藝大の大学院生だったので、名だたるプレイヤーたちの中に突然入って、生きた心地がしなかったですね。思い出深いのはやはり、マーラーでのアメリカ・ツアー。物凄く寒くて目出し帽をかぶって歩いたといった経験もさることながら、バボラークさんの演奏が本当に凄かった。あれは生涯忘れられません。

猶井 マーラーの9番の第1楽章のソロなど、彼があまりにブレスをしないので、心配になるくらいでしたね。

勝俣 その時の演奏後に小澤さんがバボラークさんと私の間に入って皆を立たせた瞬間の写真があるんです。それはもう宝物ですね。ただし、違う意味で忘れ難いのは、ベートーヴェンの《フィデリオ》をやった時。ゲネプロの後、一度ホテルに戻ったら眠りこんでしまって、本番の十数分前に電話で起こされました。真っ青になりながら会場に飛んでいくと、皆さんが燕尾服や楽器を用意してくれていて、結局7分押しで始まったんです。その後小澤さんに謝りに行ったら、「いいよいいよ、そんなに眠れるのはいいことだよ」と。小澤さんが神様に思えました。

バボラーク 毎回の芸術的な素晴らしさも、アメリカ・ツアーも、パーティーも思い出深いのですが、小澤さんが「サイトウ・キネンの音」を作ることに凄くこだわってリハーサルをし、1、2時間後には唯一無二のサウンドが出来上がるのを目の当たりにしたのが、最も印象的です。色々な人たちが集まって一つのユニークな音を作り出せるのは凄いことですし、小澤さんのリーダーシップや音楽を引き出す力の強さに感服しています。

小澤征爾さんは、皆さんにとってどんな存在でしょうか?

猶井 桐朋学園の憧れの先輩でしたから、最初の「メモリアル・コンサート」の時はもう興奮して無我夢中でした。総じて言えるのは、小澤さんが凄く自然に空気を作ってくれること。バボラークさんは「音を作る」と言いましたが、最初は何度も音を出して、「そうじゃない」とすぐに止め、繰り返すうちにだんだん一つの音になっていく。小澤さんは皆が一つになるまでじっくり待っていますし、「そう来たのなら、こうだよね」とまるで演奏家にように運んでいくんです。指揮者というより演奏家。演奏家だから大きな身振りもなしに気のエネルギーのようなものや一体感を生み出すことができるのではないかと、いつも思っています。

勝俣 世界中の凄いプレイヤーたちが松本に集まるのは、素晴らしいクオリティのバターが集まるような感じです。そして産地が異なる色々なバターがジュワーと融けてブレンドしていく。その過程が堪らなくエキサイティングですね。それが毎年新鮮に作られるのは、小澤さんの力以外ないでしょう。私は、SKOに初参加した翌年、新日本フィルに入団したので、そこでも小澤さんと接点があり、ツアーの時に(皆で)お酒を飲みに行ったりもしました。

猶井 サイトウ・キネンでも、温泉旅行や上高地への遠足なんかをやっていましたね。

バボラーク 自分にとってはとても大切な方。アイドルであり、憧れの人であり、音楽家・指揮者としても、人としてもリスペクトしています。個人的には、12年前に始めた指揮が独学でしたので、レッスンをしてもらったりもしました。もちろん一緒に演奏すること自体が幸せですし、小澤さんが広げてくれた傘の中の一人であることに、とても感謝しています。また、小澤さんが国際的に活躍しているからこそ、このフェスティバルに色々な国の優れたアーティストを連れてくることができる。それによって日本の音楽家も良い影響を受けていると思います。小澤さんが物凄いエネルギーと時間を使って成し遂げたその貢献を、とても重要なことだと捉えています。

小澤さんの言葉で印象的だったことは?

バボラーク 小澤さんは、英語と日本語、時にはイタリア語やドイツ語を混ぜながらリハーサルを行うのですが、それが音楽に合致した適材適所で使われ、皆にわかるように話してくれる。そうした“小澤語”ともいえる言葉自体が印象的です。

猶井 小澤さんほどの人が、皆に「どうします?」と訊いてくる。これは印象的ですね。そうしたやりとりを小澤さんはいつも期待していて、「どう思う? 」「こうしたいんだけどなあ」といった普通の指揮者があまり言わないことを言う。SKOには年の近い人や一緒に勉強してきた人がたくさんいるので訊きやすくはあるのでしょうが、奏者と指揮者の考えが合致した時にいい音楽ができると固く信じている。そうした「皆で作っていく」やり方は終始一貫しているように思います。

勝俣 新日本フィルの場合は、設立に関わった経緯もあって、自分が引っ張っていくとの思いを感じましたが、サイトウ・キネンでは、もう少しプレイヤーの側に立たれているような気がします。ところで話は違いますが、松本で必ずやっていた野球で、音楽面では「ああしろ、こうしろ」と絶対に言わない小澤さんが、「走れー!」と物凄く強い指示を出していたのが印象的でした(笑)。

最近は小澤さん以外の指揮者もSKOを振っていますね。

猶井 そうですね、ファビオ・ルイージは何度か指揮をしましたね。マーラーの交響曲第5番をやった時、オーケストラに凄い一体感が生まれ、ファビオ自身も「奇跡だ」と言っていました。あの時は興奮しました。

勝俣 私もルイージのマーラーの5番は忘れられない演奏会です。バボラークさんが初めて(ホルンが大活躍する)この曲を吹いたんですよね。

猶井 ファビオが「これ、あなたのための曲でしょ」と言ってくれた。

バボラーク マーラーの5番を吹いたのはあれが最初で最後ですよ。ベルリン・フィルではもっと難しい曲ばかり吹かされましたから(笑)。

皆さんホルン奏者ですので、SKOのホルン・セクションについてひと言。

猶井 バボラークさんが来られなかったり、曲によって人数が増えたりもしますが、4本の時は大体同じメンバーでやってきました。でもバボラークさんがいると自分の出来に拘らず楽しめるんです。全部彼が担いでくれる(笑)。

バボラーク いや、オールスター・チームですよ(笑)。

ここで今年のフェスティバルについてお話いただけますか。

バボラーク 私はマーラーの交響曲第9番を演奏する、11月の特別公演に出ます。マーラーの9番のホルン・パートは、自分のために書かれているのではないかと思うくらい、吹いていて楽しめますし、マエストロ・ネルソンスとの共演も心待ちにしています。もちろんフェスティバルの30周年の節目に参加できることを、とても嬉しく思っています。

猶井 私は出ないつもりだったのですが、バボラークさんが「マーラーの9番を以前のアメリカ・ツアーのメンバーでやりたい」と言ってくれたので、頑張って参加します。それは別にすると、去年デュトワさんの指揮で演奏(無観客)した際、彼がフランス音楽の色彩的な音を紡ぐために、何回も試すような今までにないリハーサルをしました。でも皆食い付いてきて、最終的に彼だからこそ出せる音を実現できた。ですから今年もデュトワさんの指揮で、ストラヴィンスキーをメインにした彼の得意の曲を演奏できるのは、ビッグ・チャンスだと思っています。

最後に、サイトウ・キネン・オーケストラ財団の理事でもある猶井さんから、今後のフェスティバルのビジョンを。

猶井 理事が何かを決めるわけではなく、アドバイザリー委員会というのがあって、バボラークさんも勝俣さんもその一員です。このシステムができたのは去年ですから、今は皆のパワーを集めてどのくらいのことができるかをはかる大事な時期。委員会の意見を踏まえながら、小澤さん、そしてサイトウ・キネンの精神を忘れないために皆で作っていくことになります。

バボラークさんは今後も出演なさいますよね?

バボラーク はい、そう望んでいます。時間のやりくりが難しいので確約はできませんが、参加したい気持ちは変わりません。加えて、このフェスティバルでは、ブラス・アンサンブルや子どものためのコンサート等をこれからも続けてくれることを願っています。

本日は長時間ありがとうございました。


© 大窪道治/OMF

Message from Seiji Ozawa
OMF30周年によせて


松本が僕やSKOの仲間たちをあたたかく街ぐるみで受け入れてくれて、
僕らのホーム、となって30年 ──
あっという間の30年でびっくりします。
僕やSKOの仲間たちが、松本と出会えたことは
ほんとうにラッキーでした。


SKOは僕が今までやってきたことで
一番やりたかったこと ──
これはずっと僕の夢だった。


SKOにはこれからも、
松本のフェスティバルとともに
世界に誇るオーケストラとして、
そして松本フェスティバルとして、
継続、発展していってほしい ── 心からそう願っています。

小澤征爾


2022 セイジ・オザワ 松本フェスティバル

2022.8/13(土)〜9/9(金) キッセイ文化ホール(長野県松本文化会館)、松本市音楽文化ホール(ザ・ハーモニーホール)、まつもと市民芸術館 他

●オーケストラ コンサート
8/26(金)19:00、8/28(日)15:00 キッセイ文化ホール(長野県松本文化会館)
シャルル・デュトワ(指揮) サイトウ・キネン・オーケストラ
曲目/武満徹:セレモニアル – An Autumn Ode –
   ドビュッシー:管弦楽のための「映像」
   ストラヴィンスキー:春の祭典

●オペラ モーツァルト《フィガロの結婚》全4幕/原語(イタリア語)上演/日本語字幕付き
8/21(日)15:00、8/24(水)17:00、8/27(土)15:00 まつもと市民芸術館・主ホール

沖澤のどか(指揮) ロラン・ペリー(演出・衣裳)
サミュエル・デール・ジョンソン(アルマヴィーヴァ伯爵) アイリン・ペレーズ(伯爵夫人) イン・ファン(スザンナ) フィリップ・スライ(フィガロ) アンジェラ・ブラウワー(ケルビーノ) ほか
サイトウ・キネン・オーケストラ

●30周年記念 特別公演
アンドリス・ネルソンス指揮 サイトウ・キネン・オーケストラ
11/25(金)19:00 キッセイ文化ホール(長野県松本文化会館)
11/26(土)15:00 ホクト文化ホール(長野県県民文化会館)

曲目/マーラー:交響曲第9番 ニ長調

※室内楽公演「ふれあいコンサート」などその他の公演についてはOMFの公式ウェブサイトをご覧ください。

問:セイジ・オザワ 松本フェスティバル実行委員会0263-39-0001