篠崎史紀(ヴァイオリン)

“巨大な室内楽”ゆえの化学反応を皆で共有したい

 “MARO(マロ)”ことN響第1コンサートマスターの篠崎史紀が主宰する「マロオケ」が、この11月、5年ぶりに東京で公演を行う。2009年にマロの出身地、北九州国際音楽祭で誕生した同オケは、豪華なメンバーが指揮者なしで演奏するスーパー・グループ。マロが声がけして適宜集まり、熊本など九州を中心に活動してきた。

 「元々は、王子ホールのMAROワールドから生まれたMAROカンパニーをさらに膨らませた楽団。私が学んだヨーロッパは、サロンが多いことから指揮者のいない室内合奏団が盛んで、主に古典作品を演奏していました。そうした合奏団を日本でもやってみたいとの発想が根底にあります。九州での公演が主体なのは、メンバーの所属オケのホームグラウンドを極力荒らさないため。ただマロオケは突然現れる同窓会のような楽団で、メンバーも『九州に馬刺し食べに行かない?』といった誘い方をしています。まあ、仕事として受ける人とは一緒にやりたくないなと(笑)」

 とはいえ今回も、ヴァイオリンにマロとともにN響を支える伊藤亮太郎や、戸澤哲夫(東京シティ・フィル)、水谷晃(東響)、伝田正秀(新日本フィル)らコンサートマスターが揃い、ヴィオラに佐々木亮(N響)、鈴木康浩(読響)……以下管楽器を含めて首席クラスが並んでいる。

 「キーワードは、ドイツ語の『spielen(シュピーレン)』と『musizieren(ムジツィーレン)』。日本語にない両単語が意味するような、『音楽で真剣に遊んでくれる』人たちに集まってもらっています。計画や決め事で動くのではなく、その場で起きる化学反応がこのオケの醍醐味。目指すのは、皆が自由に室内楽のごとく演奏する“巨大な室内楽”なんです。指揮者がいなくても、偉大な作曲家を絶対神として、アイディアを出し合いながら全員が一緒に呼吸をすれば、音楽的な方向性は自然に決まっていきます」

 従って「弦楽器の編成は5-5-4-4-2。全員が見える状態で終始時を共有できるのは、この位の人数まで」ということになる。

 今回の演目はオール・モーツァルト。メインはなんと「レクイエム」だ。
 「まずコロナ禍が頭にありますし、ヨーロッパでの体験が影響してもいます。留学した当時は戦争体験を持つ方が多くいて、色々な話をしてくれました。すると音楽はただ楽しむものではなく、人智を超えた価値観を持つものであり、人命の危機に直面する中で人間が人間として求める不可欠なものではないかと考えるようになりました。その意味で『レクイエム』は今の世界に最も必要な曲の一つだと思います。死者のためのミサ曲ですが、キリスト教の葬儀はただ悲しむのではなく、残された者が前に進むための儀式でもあります。つまりレクイエムは、いま自分たちが前を向いて新しくスタートするために必要な音楽……今回はそう考えての選曲です」

 ちなみに、〈トゥーバ・ミルム Tuba mirum〉の有名な第2トロンボーンのソロを「N響首席の古賀光が吹く」点も要注目だし、合唱団が「N響との共演も多い」実力派・東京オペラシンガーズであるのも心強い。また独唱者は「オペラ的なソリストではなく、一緒に室内楽をやってくれる歌手にお願いした」との由。さらにはアンコール的な「アヴェ・ヴェルム・コルプス」の清澄な歌声も楽しみだ。

 そして前半は交響曲第31番「パリ」と第38番「プラハ」。
 「モーツァルトの交響曲の中でもハッピーな2曲です。これらも『後ろを向いていても始まらない。次に行こうよ』といった思いでの選曲。とにかくモーツァルトは我々にとって、ベートーヴェンのようなバイブルではなく、キラキラと光る宝石のような音楽です。どこが魅力か?を訊くのは、ダイヤモンドの魅力を訊くのと同じ。不思議と魂を引き込むものです」

 本公演の聴きどころを尋ねると、重ねて同じ言葉が返ってきた。
 「音楽で一番大事なのは空間を共有すること。その場で起こる化学反応を皆で共有してくれると嬉しいですね」

 その意味で、会場が1500席弱の大田区民ホール・アプリコである点も好ポイント。東京公演は希少ゆえに、強力メンバーが奏でる“巨大な室内楽”を、今回ぜひ体験したい。
取材・文:柴田克彦 写真:杉村 泉
(ぶらあぼ2021年11月号より)

Profile】
北九州市出身。愛称 “まろ”。1997年、NHK交響楽団のコンサートマスターに就任。以来“N響の顔”として国内外で活躍する。2004年に銀座・王子ホールと、“まろ”プロデュースによる共同企画『MAROワールド』がスタート。このシリーズから弦楽合奏団「マロカンパニー」が結成され、指揮者無しの大型室内楽「マロオケ」に発展している。東京藝術大学非常勤講師、桐朋学園大学非常勤講師。

Information
篠崎史紀のモーツァルト・レクイエム!  マロオケ2021 【配信あり】
2021.11/22(月)19:00 大田区民ホール・アプリコ 

モーツァルト:交響曲第31番「パリ」、交響曲第38番「プラハ」、レクイエム、アヴェ・ヴェルム・コルプス
問:マロオケ窓口080-6796-9553 
http://maro-oke.tokyo