成田達輝の率いる四重奏が火を吹くようなパフォーマンスを繰り広げる《ヒンターランド》は必聴!~パスカル・デュサパンの音楽 ゲネプロレポート

取材・文:小室敬幸(音楽ライター)

クァルテット(左より:成田達輝、石上真由子、山澤慧、田原綾子)と杉山洋一(指揮) 東京都交響楽団メンバー Photo:編集部

 東京オペラシティの同時代音楽企画「コンポージアム」の核となる「武満徹作曲賞」は、世界的にも珍しい、毎年異なる一人の作曲家が審査員を務める作曲コンクールだ。23回目を迎える今年の審査員は、8名の著名な音楽家たち(故オリヴァー・ナッセン、ケント・ナガノ、大野和士、サイモン・ラトル、エサ=ペッカ・サロネン、一柳慧、ハインツ・ホリガー、ウンスク・チン)の投票の結果選ばれたフランスの巨匠パスカル・デュサパンである。
 残念ながらコロナ禍で来日は出来なかったが、デュサパンは本選演奏を高音質・高画質の通信を用いてパリで聴き、審査することになっている。そして作曲賞と共にコンポージアムの目玉となるのが、審査員の音楽性を堪能できるオーケストラ作品による個展だ。いよいよ、本日27日の夜19時に開演する「パスカル・デュサパンの音楽」に先立って、前日のリハーサルを取材したのでレポートしたい。
 先に結論だけをいえば、ここ数年の「コンポージアム」の演奏会のなかでも特筆すべき一夜になることは間違いなさそうだ。大袈裟な誇張なく、──現代音楽のみならず、クラシックや他ジャンルを含めても!──今年のベストコンサート候補になりそうな勢いなのだから。とにかく今回の白眉となるのは、休憩を挟んで2曲目に演奏される弦楽四重奏曲第6番《ヒンターランド》である。

写真提供:東京オペラシティ文化財団

 オーケストラ作品の個展なのに何故、弦楽四重奏曲なのかと訝しむ方もいるだろう。これが大変変わった作品で、正式タイトルには「弦楽四重奏とオーケストラのための」としっかり銘打たれているのだが、出版社による公式作品リストでも「協奏曲」や「オーケストラ」の項目ではなく、あくまでも「弦楽四重奏曲」のなかの1曲に位置づけられているのだ。だが実際の演奏を聴けば分かるように、これは完全に協奏曲として書かれている(作曲者自身による曲目解説でも、協奏曲への問題意識が発端となっていることが確認できる)。
 今回、ソリストを務めるのは成田達輝、石上真由子、田原綾子、山澤慧というアラサー世代の若手トップクラスの才能が揃ったクァルテット。常設のメンバーではないが、リハーサルでは成田のリーダーシップによって巧みにまとめ上げられ、なおかつ全員が萎縮することなくそれぞれのポテンシャルを極限まで発揮。その結果、この曲が秘めている協奏曲らしい側面が後半にいくほど、全面に押し出されていく。
 最大の聴きどころとなるのが、いかにも協奏曲の終楽章らしい性格をもった無窮動的な終盤のセクション。今回、指揮を務める杉山洋一(ちなみにデュサパンと同じドナトーニ門下)は、作曲者指定のテンポは現実的ではないとリハーサル前は想定していたようなのだが、今回の若手4人はなんとそれを成し遂げてしまっているのだ! 第2ヴァイオリンの石上は「右腕がもげる勢いで頑張っております」とツイートしているのは、決して誇張のない表現なのである。


 実際に聴いた印象としては、まるで「四重協奏曲」を聴いているかのようであり、ナンカロウの自動演奏ピアノ、もしくはフリージャズの集団即興演奏のような人間業を超越した迫力で弦楽四重奏が迫ってくる……。鳥肌が立つだけでなく、あまりの凄みにあっけにとられて開いた口が塞がらないほどだった。更に成田は本番で「ここは狂ったように弾くので」とメンバーに宣言。とにかく凄いパフォーマンスを体感したいという御仁は、この機会を絶対に見逃すべきではない。

横坂源(チェロ)杉山洋一(指揮)東京都交響楽団 Photo:編集部

 もちろん、他の2曲も聴き応えは抜群。1曲目のチェロ協奏曲《アウトスケイプ》は、協奏曲とは銘打たれているものの、こちらは反対にオーケストラとの室内楽を聴くかのようだ。ソリストを務める横坂源は、師匠であるジャン=ギアン・ケラス譲りの知性と美音で、誠実に作品を解きほぐしつつ、オーケストラと拮抗するのではなく、オーケストラをまといながらスケールの大きな音楽を聴かせてくれる。3曲目は、ソリストのいない純粋なオーケストラ作品《エクステンソ》。こちらはデュサパンが、自らの師であるクセナキスから何を学び、そしてどう変えたのかが分かりやすく伝わってくるのが非常に面白い。音楽としても、カノンのストレッタのような心地よい緊張感が続く傑作だ。

横坂源(チェロ)杉山洋一(指揮)東京都交響楽団 写真提供:東京オペラシティ文化財団


 これだけの演奏クオリティでパスカル・デュサパンの音楽を堪能できる機会は、日本ではまだまだ少ない──繰り返しとなるが、とにかく今回は《ヒンターランド》が必聴である。この1曲を聴くために足を運ぶ価値のある演奏会だと、断言したい。

5/27(木)19:00 東京オペラシティ コンサートホール
[出演]
杉山洋一(指揮)
横坂源(チェロ)*
弦楽四重奏:成田達輝(ヴァイオリン)/石上真由子(ヴァイオリン)/田原綾子(ヴィオラ)/山澤慧(チェロ)**
東京都交響楽団

デュサパン:
チェロ協奏曲《アウトスケイプ》(2015)[日本初演]*
弦楽四重奏曲第6番《ヒンターランド》〜弦楽四重奏とオーケストラのためのハパックス(2008〜09)**
エクステンソ〜オーケストラのためのソロ第2番(1993〜94)

【当日券あり】
10時から03-5353-9999にて電話予約可能。会場での当日券販売は18時から。当日券窓口の混雑緩和のため、なるべく電話予約をご利用ください
(主催者発表)