【特集】コンポージアム2021
フランス音楽界におけるパスカル・デュサパン

文:平野貴俊(音楽学)

 2メートル近い身長、実業家か建築家と見紛う堂々たる体軀、少年のように純粋に輝く、対象の本質を見透かしているかのような瞳と射抜くような視線……そんな特徴的な風貌のデュサパンには、好奇心みなぎるアウトサイダーという形容がふさわしい。

 2020年11月、フランスのマクロン大統領は、ヴィクトル・ユゴーやキュリー夫人が眠る霊廟、パンテオンの常設展示作品の制作を、ドイツの画家アンゼルム・キーファーとデュサパンに依頼した。グランドゼコール出身の秀才が国を率いるフランスでは、音楽界でもパリ国立高等音楽院(以下パリ音楽院)を頂点とする階級構造が存在し、パリ音楽院で多くの1等賞を得て現代音楽研究所IRCAMで最先端の技術を学ぶことが、少なくとも20世紀末までは、作曲家にとってもっとも確実な出世コースだった。大統領から直々に委嘱を受けるデュサパンがそんな本流出身だとしても不思議ではない。

*国立のエリート養成機関

Pascal Dusapin (c) France Dubois

 本人はしかしそれにノーを突きつける。2021年2月、ラジオ・フランスのプレザンス音楽祭で主役に選ばれた際のロングインタヴューで強調したのは、エリートとはほど遠い学生時代。ドイツとの国境近くの町に生まれ、オルガンなどに親しんだあと、特別な音楽教育を受けないままパリへ。医師の父は、権威に盾つく学生たちが引き起こした1968年の五月革命に衝撃を受け、医業を捨ててパリ大学で生物学を学び直す。行動力は息子にも受け継がれた。ヴァレーズの音楽を聴いて作曲家を志すが、パリ音楽院ではメシアンの授業を1年間聴講しただけ。パリ大学でクセナキス、哲学者ドゥルーズの授業、国立美術学校では建築の授業を聴講、繁華街で宝石鑑定士として働き、通信課程で学位を取得。当時グリゼーやミュライユは、パリ音楽院卒業後に「イティネレール」を結成、やがて「スペクトル楽派」と括られるが、「二人以上集まれば馬鹿になる」(フランスの国民的歌手、ジョルジュ・ブラッサンスの言葉「四人以上集まれば~」のもじり)と豪語するデュサパンは孤高を保つ。メシアンの授業で知り合った音楽家の伝手をたどり、作品を発表しながら実地で独習。パリ音楽院非出身者としては異例のヴィラ・メディチ滞在(かつてドビュッシーやベルリオーズが受賞したローマ大賞の延長線上にある、若手作曲家の登竜門)に漕ぎつける。五月革命以前のフランスでは考えられなかったことだ。

 成功の糸口をつかんだデュサパンだが、大御所に登りつめるうえで決定的だったのは、これまでに8作を発表しているオペラ。再演が難しい大がかりなジャンルだが、初期から継続的に取り組み、一部は何度も再演されてきた。2022年には9作目、《旅、ダンテ》の初演がエクス=アン=プロヴァンス音楽祭で予定されている。そんなオペラ創作を支えているのが越境への欲求、好奇心だ。デュサパンが尊敬するクセナキスは、ルーマニア生まれのギリシア人。パリではル・コルビュジエのもとで建築に携わっていた。そんな異色の経歴の持ち主だが、作曲家として稀にみる成功を収め、フランス学士院会員に選出された。評価されたのは、彼が音楽を建築や数学と関係づけたためだ。思えばメシアンが鳥の歌を作曲に活用したのも、音楽と自然を関係させる試みだった。音楽を他の事象や学問と関連づけることで、専門家でない人びとにも作曲することの意味を広く伝える。しばしば難解といわれる音楽を書く20世紀の作曲家たちは、そのようにしてみずからの存在意義を主張してきた。

 デュサパンの場合、武器となったのは文学だ。作曲家ではなく「音楽の作家」を自称し、音楽を聴く時間より本を読む時間のほうが長いと語るデュサパンは、古今東西の文学に通じ(井上靖の『猟銃』にもとづく戯曲にも音楽を付けている!)、《ペレラ、煙の男》(2001)以降のオペラではみずから台本を書いている。文学だけではない。数学者ルネ・トムのカタストロフ理論に魅せられ、その核となる数字7をシリーズ《オーケストラのためのソロ》(1991~2009)、《ピアノのためのエチュード》(1999~2001)、弦楽四重奏曲の曲数に設定している。そんな越境性が評価されたのだろう、2006年にはブーレーズに次ぐ二人目の音楽家として、権威ある学術機関、コレージュ・ド・フランスの教授に就任した。面白いのはその音楽が教養のひけらかしとならず、とくにオペラでは神話や古典文学を好んで扱い、人間の情念や宿命を一貫して描いていることだ。1990年代後半の管弦楽曲に現れる、無国籍的な民謡のような箇所も、その強烈な情緒性で耳を惹く。若き日の作品からの特徴であるほの暗くときに暗鬱な色調は、10代のころ彼を苦しめたてんかんへの復讐という。つねに越境するアウトサイダーは、一方で人間の普遍的な情念を音楽に込め続ける。巨大な書棚が支配する彼の書斎におかれた、部屋で唯一の楽器であるトイピアノが、この異端者の音楽に対するアンビヴァレントな、しかし熱烈な憧れを物語っている。