シャルル・デュトワ、鈴木雅明
2021 セイジ・オザワ 松本フェスティバル 二人のマエストロに聞く

 2年ぶりに開催される今夏のセイジ・オザワ 松本フェスティバルは、シャルル・デュトワと鈴木雅明が初登場するのが大きな話題だ。ある意味対照的とも言える二人が、サイトウ・キネン・オーケストラ(SKO)のポテンシャルをいかにして引き出すか、興味は尽きない。SKOの印象、小澤征爾との関わりなどについて両者に話を聞いた。

取材・文:柴田克彦

シャルル・デュトワ(指揮)

日本のオーケストラにはフランスものが合っています

(c)Priska Ketterer

 世界的名匠シャルル・デュトワは今回待望の初登場。だがマエストロ小澤との付き合いは長い。

 「1981年から存じ上げています。タングルウッドでは毎年夏に語り合う機会がありましたし、ボストンでお会いしたり、私が東京で指揮するとき楽屋に来てくださるなど、思い出はたくさんあります。小澤さんのことは人間的にも音楽的にも心から尊敬していますので、この有名なフェスティバルにお招きいただいたことをとても嬉しく思います」

 サイトウ・キネン・オーケストラ(SKO)のイメージも「小澤征爾そのもの」と語る。

 「DVDや録音などで何度も聴いていますが、タングルウッドで小澤さんの音楽作りを見てきた私としては、まさに彼そのものだと感じています。もちろん日本をベースにした楽団の中では最高峰であり、非常に洗練された精緻なオーケストラ。一度振ってみたいと思っていましたので、生で接するのが楽しみです」

 今回は、ラヴェルの組曲「マ・メール・ロワ」、ドビュッシーの「海」と「牧神の午後への前奏曲」、ストラヴィンスキーのバレエ組曲「火の鳥」が並ぶ、まさしく「ザ・フランス(&ロシア)」「ザ・デュトワ」というべきプログラムだ。

 「4曲とも有名なマスターピースで、美しい曲ばかり。夏という季節にもピッタリなので、日本の皆さんに必ずや喜んでいただけると思っています。しかもこれらは小澤さんが得意にしている作品。彼と私は音楽の作り方に似ている面があります」

 加えて「フランスものは日本人や日本のオーケストラに合っている」と話す。

 「日本のオーケストラのプロフェッショナリズムにはいつも驚いています。フランスもの、特に『マ・メール・ロワ』などはかなりの繊細さが求められますし、音色や情緒に細かな注意を払う必要があります。ドイツものなどの重厚な音楽を主に演奏しているオーケストラでこれを作るのは時間がかかるのですが、日本のオケは俊敏に反応してくれます。その背景には日本の繊細で洗練された文化があり、日本人はすでにそのような感性を持ち合わせているのではないかと思っています。それにSKOは小澤さんのもと、こうしたレパートリーで素晴らしい演奏を残していますから、私が付け加えることは何もないかもしれません」

 彼はストラヴィンスキーにも特別な思いを抱いている。

 「ジュネーヴ音楽院でディプロマを取得する際にストラヴィンスキーを演奏して賞賛され、1958年にその審査員の方がシェフを務める楽団で『火の鳥』を指揮して以来、切っても切り離せないレパートリーになっており、ほぼすべての作品を演奏してきました。ストラヴィンスキー本人にも会いましたし、私は今、ジュネーヴの彼ゆかりの場所に住んでもいます。むろん彼は20世紀の最も重要な作曲家ですが、ピカソ同様に人生の最後まで新たなスタイルを追い求めた点にも魅了されますね」

 パンデミック下でも「音楽は欠かすことのできない重要なコンテンツであり、人々にはそれが必要だと思っている」と語るデュトワ。我々は“SKOとのフランスもの”というこの最高のコンテンツを大いに楽しみたい。

鈴木雅明(指揮)

音楽に古楽もモダンもありません

(c)Marco Borggreve

 「このフェスティバルとも小澤さんとも直接的な接点はなかった」と話す鈴木雅明だが、間接的な関係は浅くない。

 「1997年東京オペラシティ コンサートホールのオープニングの小澤さんとSKOによる『マタイ受難曲』が、その後同ホールでバッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)と毎年『マタイ』を演奏している私としては、特に印象深いですね。また2011年大震災直後のカーネギーホールでのジャパン・フェスティバルに、ディレクターの小澤さんがBCJを呼んでくれたことにも感謝しています。さらに齋藤秀雄先生には、弟(鈴木秀美)をはじめ仲間たちが大変お世話になっていますし、BCJの弦楽器もみな桐朋学園の出身。SKOのメンバーにも知り合いが多いので、周囲との接点は少なからずあります」

 SKOは「東京公演や放送で耳にしている」が、振るのは「未知の領域」だと語る。

 「凄い音が鳴り響くスーパー・オーケストラ。ただ、どうなるのかまったくわからないので、特別な準備はせずに臨もうと思っています」

 彼はむろん古楽界の泰斗だが、近年はモダン・オケでの活躍も際立っている。

 「2009年頃から海外の楽団を多く指揮し、日本では去年から急に増えました。実を言うと、客演の場合はモダン・オケの方がやりやすい。多様なゲストに慣れていて、目の前の演奏会に対応する瞬発力がありますから」

 そもそも古楽・モダンのカテゴライズには否定的だ。

 「モダン楽器で『古楽風に弾いてみました』というのはやめた方がいい。音楽は一人ひとりに帰属するもの。バッハとヘンデルにも違いがありますし、作曲家の様式も演奏家の様式もあります。その意味では古楽も何もなく、オケと自分と作曲家の間で何が起き、音楽をどう作っていくかが重要だと思います」

 今回は2公演ともにシベリウスの交響曲第2番が軸となる。

 「ソリストクラスが集まったオケの表現力を生かせる、(要望された)2管編成の曲の中から、ベートーヴェンほど皆が演奏せず、ブラームスのように小澤さんのレパートリーを侵食することもない名作ということで選びました。ロマンティックな旋律と独特の和声があって、終楽章の主題など単純なのにあまりに感動的です。それと同時に構成的には緻密─特に第2、3楽章─で、そこが魅力でもあります。シベリウスを振るのは初ですが、タピオラ・シンフォニエッタと共演・録音したこともあるので、フィンランド人の大らかさも多少わかっていますよ」

 前半は、初日がモーツァルトの《ドン・ジョヴァンニ》序曲と交響曲第29番、2日目がメンデルスゾーンの「夏の夜の夢」。

 「モーツァルトの2曲はとても好きな作品で、この組み合わせは何度もやっています。ニ短調からニ長調に至る劇的な序曲の後に、イ長調交響曲の抒情的な始まりがすごく合います。『夏の夜の夢』は小澤さんの素晴らしい録音が頭にありました。メンデルスゾーンの中でも魅力的な曲の一つで、音楽のコントラストがあり、シンプルながらよく出来ている。それにメンデルスゾーンは常にノーブルで、対位法的にも優れています」

 今回の4曲はすべてSKO史上初の演奏。両公演ともに聴きたいとの思いひとしおだ。なお、鈴木は「ふれあいコンサートI」(8/22)にも出演し、白井圭(ヴァイオリン)とオール・バッハ・プログラムを披露する。
(ぶらあぼ2021年8月号より)

*新型コロナウイルス感染状況を踏まえ、「2021セイジ・オザワ 松本フェスティバル」は全ての公演が開催中止となりました。(8/24主催者発表)
詳細は下記ウェブサイトでご確認ください。

【information】
セイジ・オザワ 松本フェスティバル
2021.8/21(土)〜9/6(月) キッセイ文化ホール(長野県松本文化会館)、松本市音楽文化ホール(ザ・ハーモニーホール)、まつもと市民芸術館 他

オーケストラ コンサート Aプログラム(鈴木)
8/28(土)17:00、8/29(日)15:00
●オーケストラ コンサート Bプログラム(デュトワ)
9/3(金)19:00、9/5(日)15:00
キッセイ文化ホール(長野県松本文化会館)


問:セイジ・オザワ 松本フェスティバル実行委員会0263-39-0001 

https://www.ozawa-festival.com
※フェスティバルの詳細は上記ウェブサイトでご確認ください。