♪クラシック×日本酒 前代未聞のマリアージュ!
「交響曲 獺祭 ~磨migaki~」プロジェクト レポート前編

(C)Masaharu Eguchi

🍶プロジェクト誕生秘話

皆さんは、「交響曲 獺祭 ~磨migaki~」というプロジェクトをご存知だろうか? 酒造りの途中にモーツァルトを聴かせて…という話は耳にしたことがあるだろうが、今回はスケールが違う。お酒に聴かせるための交響曲を作曲家に依頼、それをオーケストラで演奏し収録、その音を聴かせながら日本酒を醸す、という壮大なプロジェクトだ。大阪を中心に活動する日本センチュリー交響楽団と、上品な味と香りで日本酒ファンを魅了する獺祭、そして日本の大手音響機器メーカー オンキヨーによって進められ、去る2月27、28日に集大成となるコンサートが大阪と山口で開催された。それまでの軌跡を2回に分けて追っていく。

ことの発端は、2019年2月、日本センチュリーのある楽員と事業部長の小田さんが大阪・梅田駅地下の中華屋で飲んでいた。

『ウチのオケで獺祭と何か企画ができたらいいよねー』

酒好きの間でよくある他愛のない話だった。しかし、ふとした時に話は動く。同楽団の首席指揮者を務める飯森範親さんが獺祭の製造元である旭酒造株式會社の会長と10年来の付き合いがあるというのだ。そして2019年5月、飯森さんの紹介で旭酒造の桜井会長と日本センチュリー交響楽団の面会が実現することになった。
面会当日、楽団長と小田さんの二人は大阪から新幹線で旭酒造のある山口県の岩国へ向かった。しかし、獺祭とのコラボ企画について考えを巡らせてはいたものの、コレ!という具体的な企画は持ち合わせていなかった。

ラベルのコラボだけだとつまらないしな…。

降車する徳山駅がまもなくという時、小田さんは車中でチャイコフスキーの交響曲 第6番 「悲愴」を聴いていた。無論、そのプレイヤーの画面には「悲愴」という文字が表示されていた。しかし、彼の目にはなぜか「獺祭」の文字が浮かび上がってきた、というのだ。

そうだ!「獺祭」というオリジナルの交響曲を作ろう!

このプロジェクトは、コラボ企画に頭を抱えていた小田さんの錯覚から始まったのだ。

そして、桜井会長と面会。彼は『「交響曲 獺祭」を作りませんか?』と出来たばかりのアイディアを堂々と提案する。もともと桜井会長は大のクラシック音楽好き。好感触だった。しかし、初の面会では詳細は詰めずに企画の本題だけ伝えて帰路につくことに。時間にして15分程度だった。が、その帰りの新幹線でまたしても話は急展開する。

楽団長と小田さんとの間で、曲を委嘱する作曲家の候補はすぐに決まった。同楽団の定期公演200回を記念するファンファーレを作曲したり、演奏会でタクトもとっていた和田薫さんだ。しかも彼は旭酒造のある山口県出身。桜井会長との面会の報告と曲の委嘱の話も兼ねて小田さんが車中から飯森さんに連絡。すると彼は中国にいた。そして、その隣にはなんと和田さんその人がいて、即時に作曲を快諾!

企画立案、プレゼン、作曲家の選定、オファー。ここまでのプロセスがわずか4〜5時間で決まってしまったのだ。後日、正式に桜井会長に提案、プロジェクトが本格的に動き始めた。

🍶作曲から演奏へ

楽団は、作曲にあたり

・酒蔵のある街並みや景色
・西日本豪雨での被災を乗り越えてきたストーリー性

というイメージを作曲家に伝え、和田さんは酒蔵に4〜5回足を運んだという。
今回のプロジェクトについて和田さんは次のように感想を述べている。

和田薫
2019年4月に日本センチュリー交響楽団から「日本酒の醸造過程でオリジナルのオーケストラ曲を聴かせて新酒を作りたい」との連絡をいただきました。ワインにモーツァルトを聴かせて美味しくしたり、花やサボテンに音楽を聴かせて発育を促進させたりすることは聞いたことがあるが、新酒のためにオリジナル曲を作曲し、その醸造過程でも詳細にデータを取り再び醸造にフィードバックするという試みは世界初であるし、そういう意味では、創作意欲を掻き立てられました。
しかし、まったく未知の領域での創作作業になるので、まずは日本酒造りを学び、旭酒造の独特の醸造手法を学び、そしてあらゆる過程に対する想定を話し合わなくてはなりませんでした。またそれで出来上がった新酒とともに新曲を「交響曲」として初演するという企画なので、作品全体の構想も同時に進めていかなくてはなりませんでした。コンサートのメインとなる曲、というのは作曲家にとっては光栄であると同時に大きな重責でもありました。
そうした進行の中、もろみに聴かせるために樽に取り付ける機器をオンキヨーが開発していただいたり、「交響曲」を初演時にCDとしてもリリースできるようキングレコードが協力してくれたり、あらゆる方面での繋がりが広がったのはこのプロジェクトの大きな特徴であり、大変幸運なことだと感じます。
2020年9月に醸造過程の発酵と熟成に聴かせる2曲をレコーディングした際には、ようやく一筋の光明が関係者の皆様に見えたのではないかと思います。

また、この曲の指揮を担当する飯森さんは、曲の印象について次のように語った。

飯森範親 (c) 山岸伸
和田薫さんの作品との出会いは私が大学生の頃、吹奏楽の名曲『土俗的舞曲』後2年ほどで還暦を迎える同世代の彼と40年近い時を経てこの様な大プロジェクトでご一緒させていただけた事に感謝の気持ちを抱くとともに、また感慨もひとしおです。作品は桜井会長と旭酒造の歴史を物語るような、あたかもドキュメンタリー映画を観ているような音楽、交響曲だと思います。桜井会長のご著書を拝読いたしますとまた音楽にのめり込んでしまう…そんな作品だと思います。

🍶記者会見

写真左から:日本センチュリー交響楽団 望月楽団長、飯森範親氏、和田薫氏、旭酒造 桜井会長、周南市文化会館 西崎館長

2020年2月26日、山口県周南市役所で、旭酒造の桜井会長、作曲家の和田さん、指揮の飯森さんらが登壇し記者会見が行われた。そこで桜井会長により、正式な曲名が発表された。
会見で桜井会長は次のようにコメントしている。

――(命名した)曲名に込めた想いは?
米の磨き、音の磨き、人生(人間性)の磨き と色々な意味合いを込めて。

――酵母に音楽を聴かせるとどのような効果があるか見通しは?
正直分かっていない、やってみないと分からないし酵母の働きはまだまだ分かっておらず未だ100%解明できているわけではない。
今回の試みでさらに一歩前進出来ればと期待しています。

🍶オーケストラによる演奏

作曲は、酒に聴かせる2楽章と4楽章を先行して進められ、まず9月に第一回のレコーディングが行われた。続く1、3、5楽章は12月に収録。(21年2月にキングレコードからCDが発売された)

交響曲獺祭 〜磨migaki〜
KICC-1568 2021.2/24発売

交響曲 獺祭 ~磨migaki~
飯森範親(指揮) 日本センチュリー交響楽団
(キングレコード)
1.交響曲獺祭 磨 migaki 第一楽章 獺越
2.交響曲獺祭 磨 migaki 第二楽章 発酵
3.交響曲獺祭 磨 migaki 第三楽章 酔心
4.交響曲獺祭 磨 migaki 第四楽章 熟成
5.交響曲獺祭 磨 migaki 第五楽章 その先へ
6.樽の中の音 交響曲獺祭 磨 migaki 第二楽章 発酵
7.樽の中の音 交響曲獺祭 磨 migaki 第四楽章 熟成
8.日本酒「獺祭」 磨 migaki 発酵音

実際に演奏した日本センチュリー交響楽団 第2ヴァイオリン副首席 高橋宗久さんのコメント

初めて出逢う曲の筈なのに、不思議と懐かしい気持ちになりました。日本の農村風景、そこに住まう人の表情などの「土着感」が有る曲、とでも申しましょうか。自分のDNAに刻まれた日本の血に触れる感覚です。そして、旭酒造の在る獺越の風土、自然、それらの恵を享受しながらお酒を醸す旭酒造の想いが表現された曲であると感じました。

ちなみに高橋さんは、このプロジェクトの発端となった中華屋で小田さんと話していた当人である。そしてなんと彼は利き酒師の資格も持っているという!

ここまでが前編。次週公開予定の後編は、ついに始まる酒の仕込みから、プロジェクトのクライマックス「交響曲 獺祭〜磨migaki〜 五感で味わうコンサート」の様子をレポート、お楽しみに!

(→後編に続く)

【日本センチュリー交響楽団 公演情報】

ハイドンマラソン HM.23
2021.4/22(木) 19:00 大阪/ザ・シンフォニーホール

指揮:飯森範親
ピアノ:三原未紗子
ハイドン/
交響曲 第3番 ト長調 Hob.I:3
ピアノ協奏曲 ニ長調 Hob.XVIII:11
交響曲 第15番 二長調 Hob.I:15
交響曲 第5番 イ長調 Hob.I:5

第255回定期演奏会
2021.5/15(土) 14:00 大阪/ザ・シンフォニーホール

指揮:飯森範親
マリンバ:三村奈々恵
ブリテン/歌劇「ピーター・グライムズ」より4つの海の間奏曲 作品33a
吉松隆/マリンバ協奏曲 作品109「バード・リズミクス」
ヴォーン・ウィリアムズ/「グリーン・スリーヴス」による幻想曲
エルガー/エニグマ変奏曲 作品36

日本センチュリー交響楽団
https://www.century-orchestra.jp