人はなぜだめんずに萌えるのか | 萌えオペラ 第1回 ワーグナー《タンホイザー》

text:室田尚子
illustration:桃雪琴梨

あなたは、二次元のキャラクターに「恋をした」ことがありますか?「恋」まではいかなくても、あるキャラクターのヴィジュアルや言動や仕草に心を動かされたり、挙げ句の果てに「尋常ならざる感情(!)」を抱いたことはありませんか? この対象に対する「尋常ならざる感情」を「萌え」と呼ぶわけですが、マンガやアニメから始まったこの「萌え」は、今や日本全国を席巻し、二次元コンテンツだけでなく声優や俳優などの三次元、さらには列車や戦艦やダムなどの無機物、果ては「県」や「国」(ちょっと何言ってるのかわかんない、って方、「県萌え」「国萌え」でググってみてください)などありとあらゆる事象に広がっています。

だったら、オペラで萌えたっていいじゃない! というのがこの連載のテーマ。私、室田尚子が個人的に萌えている、もしくは他の誰かが萌えているに違いないオペラのキャラクターや物語を取り上げて、萌えポイントはどこか、なぜ萌えるのか、という視点からオペラを解説していきます。

「人はなぜだめんずに萌えるのか」というのは、古くて新しいテーマです。昭和の時代には、日本の若者はだいたい十代のある時期に太宰治にヤられるものと相場が決まっていたわけですが、特に女子の太宰好きは「だめんず萌え」そのものではないでしょうか。ここで「だめんず」とはどういう男性なのか、改めて考えてみましょう。もともと、倉田真由美が『週刊SPA!』に連載していた「だめんず・うぉ〜か〜」という漫画から広まった「だめんず」。借金やDVや浮気性だったりする「ダメな男」の総称ですが、ただダメなだけではなく、「そのダメさにはまってしまう女が続出する男」というところがポイント。ゆえに、死ぬ時まで女に付き添われた太宰が真の「だめんず」であるのは言を俟ちません。さて、そこで思い出されるのが《タンホイザー》です(やっとオペラの話につながった…汗)。

宮廷歌人であるタンホイザーは、だめんずの中でももっとも厄介な「意識高い系」に属しています。彼が生きている中世の社会では、愛とは崇高にして高潔なものであり、官能は堕落として厳しく糾弾されます。しかし、愛の女神ヴェーヌスと出会い愛欲の極みを知ったタンホイザーには、歌合戦で他の歌人達が歌い上げるおキレイな恋愛論が物足りなくてしかたありません。ついに我慢できなくなったタンホイザーは「愛とは官能だ!」とブチ上げてしまい、周囲からドン引きされ追放されます。

それのどこがだめんずなの? と思ったあなた。そう、ここまでならむしろアッパレ、自分の信念を通した男として表彰してもいいくらいです(言い過ぎです)。問題はここから。実はタンホイザーには、互いにシンパシーを感じ合う女性がいました。領主の娘エリーザベトです。タンホイザーの罪を知った後でも変わらぬ思いから彼の命乞いをするエリーザベトを見て、タンホイザーは初めて「自分は間違っていた」と反省します。そして贖罪のためにローマに巡礼に行くのですが、ローマ教皇も彼を断罪し、許されぬまま自暴自棄になったタンホイザーは再びヴェーヌスの名を呼び…。

おいおい、エリーザベトはどうした? ていうか、結局あんたの愛は、官能と崇高さとのどっちなの? と突っ込みたくなりますね。「官能」と「信仰」、「俗なるもの」と「聖なるもの」との間で揺れ動くタンホイザーを見ていると、「意識高い系」の「意識」というのがどれほど脆弱なのかがわかるようです。そんなだめんずタンホイザーを最後まで愛し抜き、彼のために祈り、命を捧げたエリーザベトによって、タンホイザーの罪は許され天に召されます。

人はなぜだめんずに萌えてしまうのでしょうか。エリーザベトはなぜ、タンホイザーを最後まで見捨てなかったのでしょうか。太宰治はなぜ、女子に愛され続けているのでしょうか。それは彼女らの中に、だめんずの「ダメ」な部分に強烈に共感するものがあったからではないでしょうか。神を信じ、その清らかさ故に人々の崇拝の対象となっていたエリーザベトは、実はタンホイザーが語るような肉体の交歓を伴った情熱的な「愛」のありように憧れを抱いていた。タンホイザーがヴェーヌスを賞賛するメロディを歌うと他の女性たちは悲鳴をあげて逃げ出すのに、エリーザベトだけが彼を守ろうとしたのは、そのメロディの持つ燃えるような美しさに彼女自身が共感を持ったからに違いないのです。それはちょうど、太宰が描いた強烈な自我の物語に自分自身のアイデンティティを重ね合わせ、「生まれる時代が違っていたら私は絶対に太宰と心中していたはず」と思い込んだ熱烈な愛読者女子(高校時代の私です)のあり方と重なるのではないでしょうか。

実は今の私は、タンホイザーにも太宰にもあまり萌えません。やはりこうした「だめんず」に萌えることができるのは、「愛」が人生の中心的なテーマであり、その「愛」に自分の全身全霊を傾けることができるような情熱とエネルギーのある時期、つまり「若かったあの頃」の特権ではないかと思うのです。「愛」という一点によって、だめんずは人を惹きつけ、だめんずに萌える女性はあとを絶ちません。枯れた年長者である現在の私は「やめとけよ…」と心で呟きつつ、その「萌え」は生あたたかく見守り続けていく所存です。

profile
室田尚子(Naoko Murota)

東京藝術大学大学院修士課程(音楽学)修了。東京医科歯科大学非常勤講師。NHK-FM『オペラ・ファンタスティカ』のレギュラー・パーソナリティ。オペラを中心に雑誌やWEB、書籍などで文筆活動を展開するほか、社会人講座やカルチャーセンターの講師なども務める。クラシック音楽の他にもロック、少女漫画など守備範囲は広い。著書に『オペラの館がお待ちかね』(イラスト:桃雪琴梨/清流出版)、『チャット恋愛学 ネットは人格を変える?』(PHP新書)、共著に『日本でロックが熱かったころ』(青弓社)など。
Facebook https://www.facebook.com/naoko.murota.1
Twitter @naokobuhne
写真家・伊藤竜太とのコラボ・ブログ「音楽家の素顔(ポートレイト)」
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桃雪琴梨(Kotori Momoyuki)
クラシック音楽が好きな漫画家兼イラストレーター。室田尚子著『オペラの館がお待ちかね』のイラストを担当。漫画の代表作はショパンとリストの友情を描いた『僕のショパン』。後世で忘れられつつある史実のエピソードを再発見し、その魅力と驚きを創作者としての経験を活かして綴り、音楽家キャラ化ブームの先駆け的作品となる。ほかに書籍やゲームのイラストレーターとして活躍。趣味はピアノで講師資格取得。MENSA会員。