
なかにし礼の作・台本、三木稔・作曲による歌劇《静と義経》は、1993年鎌倉芸術館開館記念事業として世界初演された作品である。日本オペラ史に残る「グランドオペラの傑作」と絶賛されたものの長く再演の機会がなかったが、今から6年前の2019年、日本オペラ協会が創立60周年記念公演として再演(この時には、原作者であり台本を手がけたなかにし礼が監修として上演に関わった)。そしてこの度、演出に文学座の生田みゆきを迎え、完全なニュープロダクションとして上演される運びとなった。新しく生まれ変わった《静と義経》の3月8日出演組の最終総稽古(ゲネラルプローベ)を取材した。
(2025.3/6 東京文化会館 取材・文:室田尚子 写真:寺司正彦)

澤﨑一了(義経)、山田大智(片岡経春)、江原啓之(弁慶)


物語は、雪の吉野山での義経(澤﨑一了)と静(砂川涼子)との別れの場面から始まる。背景に雪景色の映像が映し出される中、弁慶(江原啓之)をはじめ義経の従者たちとの間で、静を都に返すことが話し合われる。静のお腹に子どもがいることを知った義経が静との別れを決意する頃には、雪が止んで月が姿を表す。二重唱〈生きてふたたび〉から、従者たちを交えた六重唱へと移っていき、そして義経一行が出発する頃にはまた雪が降りはじめている。第1幕は、この登場人物の心の移り変わりが映像による時間の流れと見事にマッチしているのに唸らされた。
第2幕は鎌倉の鶴岡八幡宮。合唱が「このごろみやこに流行るもの」と歌い、8人の白拍子が登場。大勢が動く舞台の中心で踊る白拍子役のダンサーが全体を引き締めている。生田演出は、こうした視覚面での効果も十分に練られていて、観ていて飽きないのが特徴のひとつだ。鎌倉に連れてこられた静は、頼朝(須藤慎吾)の前で〈賎のおだまき〉を歌いながら舞を舞うが、義経を想うその内容に頼朝が激怒。静のお腹の中の子どもが男の子なら殺してしまうと告げる。



須藤慎吾(頼朝)、川越塔子(政子)、持木弘(梶原景時)、川久保博史(和田義盛)

第3幕。静の産んだ男子が頼朝の家臣によって殺される第1場では、奥州で義経一行が討ち死にする場面がオーバーラップするのだが、今回、生田は幻想的な趣を一切廃し、敢えて同じ舞台上で2つのシーンを演じさせることで、非常にリアルな人間の姿を描き出すことに成功している。その後、「すべてを忘れて一緒に都に帰りましょう」と母・磯の禅師(鳥木弥生)が歌うと、静は「自分には死ぬか生きるかの二つに一つしかない」と答える。ここは、男に隷属せずに生きようとする大人の女性・磯の禅師と、ただひたすら愛に生きようという若い女性・静の対比が、メゾソプラノとソプラノという声を色合いの対比によって描かれていくのが見事だ。



三木稔の音楽は、二十絃箏や銅鑼など多彩な打楽器群を用いながら、複雑で多層的な響きを生み出している。クライマックスで静が自害する前に歌うアリア〈愛の旅立ち〉では琉球音階が用いられるが、それが花咲き乱れる南国の楽園のような天国の情景を想起させる。たいへん複雑なスコアであるにもかかわらず、全体を通してオーケストラのテンションは非常に強く、結果としてキビキビとしたテンポ感が生まれて終始飽きさせない。これは、前回の再演で指揮を手がけた田中祐子の力量に追うところが大きい。ちなみにオーケストラは東京フィルハーモニー交響楽団で、こちらも前回と同じ。歌手陣は、先述した5人のソリストいずれもが今回初役だが、歌唱・演技ともに素晴らしいクオリティをみせている。美術は前回も手がけた鈴木俊朗に加え、今回新しく佐藤みどりが入った。舞台上には傾斜のつけられた装置が置かれているのだが、そこに当てられる照明やプロジェクションマッピングによって山道に見えたり、波に見えたり、天国の花畑に見えたりするのが見事。



生田演出の意図はおそらく、この物語を「歴史絵巻」という枠から解放することにあるのではないだろうか。全3幕を通して登場人物の心理を細やかに、かつリアルに描き出すことに重点が置かれ、その結果、鎌倉時代のお話ではあるが決して単なる「時代劇」ではない、人が生きること、愛することの普遍性を描き出す作品になっている。ある意味で、とても「現代的」な《静と義経》だ。ぜひ、現代を生きるすべての人にみてほしいオペラである。




日本オペラ協会公演 日本オペラシリーズNo.87
なかにし礼 作・台本 三木稔 作曲《静と義経》ニュープロダクション
(オペラ全3幕/日本語・英語字幕付き上演)
2025.3/8(土)、3/9(日)各日14:00 東京文化会館
指揮:田中祐子
演出:生田みゆき
総監督:郡愛子
出演
静:砂川涼子(3/8) 相樂和子(3/9)
義経:澤﨑一了(3/8)海道弘昭(3/9)
頼朝:須藤慎吾(3/8)村松恒矢(3/9)
弁慶:江原啓之(3/8)杉尾真吾(3/9)
磯の禅師:鳥木弥生(3/8)城守香(3/9)
政子:川越塔子(3/8)家田紀子(3/9)
大姫:芝野遥香(3/8)別府美沙子(3/9)
梶原景時:持木弘(3/8)角田和弘(3/9)
和田義盛:川久保博史(3/8)勝又康介(3/9)
大江広元:三浦克次(3/8)中村靖(3/9)
佐藤忠信:和下田大典(3/8)竹内利樹(3/9)
伊勢三郎:琉子健太郎(3/8) 濱田翔(3/9)
片岡経春:山田大智(3/8)龍進一郎(3/9)
安達清経:黄木透(3/8) 平尾啓(3/9)
堀ノ藤次:別府真也(3/8) 江原実(3/9)
藤次の妻:きのしたひろこ(3/8) 吉田郁恵(3/9)
合唱:日本オペラ協会合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
二十絃箏:山田明美
鼓:高橋明邦
問:日本オペラ振興会チケットセンター03-6721-0874
https://www.jof.or.jp
https://www.jof.or.jp/performance/2503-shizuka