初演から150年! 沖澤のどかの指揮でドラマティックに描く東京二期会《カルメン》(新制作)

取材・文:山崎浩太郎 2025.2/18 東京文化会館
写真提供:公益財団法人東京二期会 撮影:寺司正彦

 ビゼーの傑作《カルメン》。その、あまりにも有名な前奏曲が響きだす。
 沖澤のどかの指揮は、やはり期待を裏切らない。2022年の「セイジ・オザワ 松本フェスティバル」の《フィガロの結婚》では、説得力に満ちた音楽に驚かされたものだった。ここでも軽快で、推進力に富んだ響きにより、これから始まるオペラへの期待を高めてくれる。

 しかし音楽は一転、運命を暗示するような、影のある旋律を弦楽器が奏ではじめる。オペレッタ的な軽妙な音楽にシリアスな悲劇を織り込んでみせた、ビゼーの天才的着想が瞬時に示される部分だが、この変化も、沖澤と読売日本交響楽団は鮮やかに聴かせてくれた。

室岡大輝(モラレス)、宮地江奈(ミカエラ)

 さて、第1幕と第2幕(続けて上演される)の舞台中央には、瓦礫が積み上がったような、低い階段がいくつか連なっている。その奥にある円形のテントが、カルメンたちの働くタバコ工場だ。その脇にもテント。舞台左側(下手)には、ステップの上の高い位置に兵士たちがいる監視所があるが、これもビニールシートを張っただけ。

 このように、この《カルメン》の舞台(装置はレスリー・トラバース)の特徴は、全幕を通して、まともな建物が一つも出てこないことなのである。第2幕の「リリャス・パスティアの酒場」も、数枚の布の幕でテーブルを囲い、照明で飾るのみ。第3幕では、舞台上にはホテルやホステルの看板が寒々と残っているだけで、建物そのものはない。第4幕の闘牛場も、移動サーカスのように布張りである。

加藤のぞみ(カルメン)

 すべては廃墟の仮住まい。現代の難民キャンプを思わせる。兵士たちは現代風のカーキ色の軍服を身につけ、住民たちの服もカラフルだがまとまりがなく、貧しげだ。

 そのような環境でも、人々は笑い、おしゃべりし、飲み食いして日々を生きる。第2幕の酒場ではにぎやかに歌い踊り(ここはアンサンブルの見せ場だ)、第4幕の闘牛場へ来れば気分も晴れやかに、はしゃいで騒ぐ。

 こうした生活を背景に、宿命的な悲劇へと進んでいくのが、イリーナ・ブルック演出による《カルメン》である。

城宏憲(ドン・ホセ)、宮地江奈(ミカエラ)
加藤のぞみ(カルメン)、ジョン ハオ(スニガ)、城宏憲(ドン・ホセ)

 よく知られていることだが、イリーナの父ピーター・ブルック(1925〜2022)は、ビゼーの歌劇を元に『カルメンの悲劇』という新たな音楽劇を1981年に創出している。日本でも1987年に銀座のセゾン劇場で上演され、大きなインパクトを残した作品だ。

 イリーナは、そこまで極端な手法はとらないが、しかし我々がふだん聴きなれた、見なれた《カルメン》とは、いろいろと異なっている。まず、初演後にエルネスト・ギローが補作したレチタティーヴォはない。さらに、初演時に用いられていたセリフもすべてカットして、歌と音楽だけで物語を進めていく。ビゼーの音楽が語るドラマの力を再認識させられるが、部分的に唐突に感じられるところもないではないから、初めてこのオペラをご覧になる方は、物語の予習をしておくとよいかもしれない。

 音楽もオリジナルに基づいて、ところどころに耳慣れないフレーズがあったり、音が違っていたり、オーケストレーションが異なっていたりする。

今井俊輔(エスカミーリョ)

 わかりやすいところでいえば、NHK東京児童合唱団の子どもたちが衛兵の交代を歌う合唱の後奏から、タバコ工場の女たちが出てくるあたりなどだ。このほかにもいくつかあるから、確かめながら楽しんでほしい。

 歌手たちも好演が期待できそうだ。ゲネプロでは2月20日の初日と23日に出演する組を観たが、カルメン役の加藤のぞみは、ヴェリズモ風に重く叫ぶのではなく、しっとりと旋律を歌い、フランス語の響きを美しく響かせることができる。ドン・ホセ役の城宏憲は、純朴で思い込みの激しい若者のひたすらな情熱を歌に込められる。〈花の歌〉はききものになるだろう。

加藤のぞみ(カルメン)、三井清夏(フラスキータ)、杉山由紀(メルセデス)

 ミカエラ役の宮地江奈は、ホセへの一途な愛をリリカルに歌い、またエスカミーリョ役の今井俊輔は力強く響く声で、自信に満ちあふれた闘牛士を体現する。スニガ役のジョン ハオは豊かな声量で、根は悪くないが独りよがりでミーハーなところのある上官を演じる。

 性格も立場も異なる、主役たちそれぞれにつけられた表情やしぐさ、合唱や児童合唱、ダンサーたちの動きなど、ブルックが細かく指導した鮮度の高い演技も、見ものである。

東京二期会オペラ劇場 
ビゼー《カルメン》新制作

オペラ全4幕 日本語および英語字幕付原語(フランス語)上演

2025.2/20(木)18:00、2/22(土)14:00、2/23(日・祝)14:00、2/24(月・休) 14:00
東京文化会館


指揮:沖澤のどか
演出・衣裳:イリーナ・ブルック

装置:レスリー・トラバース
照明:喜多村貴
振付:マルティン・ブツコ

カルメン:加藤のぞみ(2/20, 2/23) 和田朝妃(2/22, 2/24)
ドン・ホセ:城宏憲(2/20, 2/23)古橋郷平(2/22, 2/24)
エスカミーリョ:今井俊輔(2/20, 2/23)与那城敬(2/22, 2/24)
ミカエラ:宮地江奈(2/20, 2/23)七澤結(2/22, 2/24)
スニガ:ジョン ハオ(2/20, 2/23)斉木健詞(2/22, 2/24)
モラレス:室岡大輝(2/20, 2/23)宮下嘉彦(2/22, 2/24)
ダンカイロ:北川辰彦(2/20, 2/23)大川博(2/22, 2/24)
レメンダード:高田正人(2/20, 2/23)大川信之(2/22, 2/24)
フラスキータ:三井清夏(2/20, 2/23)清野友香莉(2/22, 2/24)
メルセデス:杉山由紀(2/20, 2/23)藤井麻美(2/22, 2/24)

合唱:二期会合唱団
児童合唱:NHK東京児童合唱団

管弦楽:読売日本交響楽団

問:二期会チケットセンター03-3796-1831
https://nikikai.jp
https://nikikai.jp/lineup/carmen2025/