佐渡裕芸術監督が語る兵庫県立芸術文化センター20周年――新たに開くワーグナーの扉

阪神・淡路大震災から10年、2005年にオープンした兵庫県立芸術文化センターは、今年開館20周年を迎える。同館およびその専属オーケストラである兵庫芸術文化センター管弦楽団(PACオーケストラ)の芸術監督として、一からその発展に寄与した佐渡裕。劇場設立のアイディアを聞いた頃から現在に至るまでの歩みを訊いた。

取材・文:高坂はる香

©飯島隆
――兵庫県立芸術文化センターは開館から20年が経ちます。当初のことは覚えていますか?

 開館の数年前、当時の貝原俊民・兵庫県知事から芸術監督を引き受けてもらえないかという話をいただいた時の記憶は、今も鮮明に覚えています。被災した地域の復興に行政が取り組むなら、まずは次の災害に備えた安全な街づくりでしょう。ただそれが一段落してきたとき、「住むところはあるけれど、仕事を奪われ、心が荒む」というケースもあると、さまざまな被災地で見聞きしてきました。この劇場は、“心の復興”のシンボルとして誕生したのです。

 当時の僕は40歳。指揮者としてのキャリアを考えた時、かなりの時間とエネルギーを捧げることになると思いましたが、そこで決断して、気づけばもう20年…こんなに長くやるとは思ってもいませんでしたね。

 おかげさまで3日間あるPACの定期演奏会は完売する公演も続出、人口50万人弱の西宮で、年間の来場者数がのべ45〜50万人というのは奇跡の数字だと言われています。ウィーン・フィルのような世界のトップオーケストラではないけれど、PACならではの魅力が生のステージから伝わるからこそ、皆さんに愛されているのだと思います。

――20年でどのような変化を感じていますか?

 まずは、アカデミーの要素を持つPACオーケストラ出身の演奏家が世界で活躍するようになった成果ですね。震災から30年の当日である1月17日に初日を迎えた1月定期ではマーラー「千人の交響曲」を演奏しましたが、国内外のオーケストラで活躍する40名近いメンバーが戻ってきて参加してくれました。また、スーパーキッズ・オーケストラ出身者からも今や世界で注目される存在が出ています。この活動のおかげで僕自身、次の世代と繋がっている実感が持てています。

 もう一つは、お客様の変化です。毎年恒例となっている「佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ」の企画をスタートした頃は、オペラは初めての方ばかりでしたが、今では毎年楽しみにしてくださって、キャストの違う両組で最低2回は観るという方も多いんです。

PACオーケストラ・2025年1月定期「千人の交響曲」公演写真 ©飯島隆
――今年の演目には、初めてのワーグナー作品となる《さまよえるオランダ人》が選ばれました。佐渡さんにとってワーグナーのオペラはどのような位置付けなのでしょうか。

 ドイツものオペラの世界は特別ですが、その極みといえるのがやはりワーグナーですよね。捨ておくことのできない魅力があります。

 難しいという印象があるかもしれませんが、お客様にとって、ワーグナーの世界の扉を開ける作品としてこの《オランダ人》は一番適しているのではないでしょうか。オーケストラによる荒々しい海の表現、水夫のたくましい歌と彼らを待つ女性たちの合唱の鮮やかなコントラストなど、わかりやすい描写がたくさんあります。

 さらに今回は、以前ウェーバー《魔弾の射手》でもタッグを組んだミヒャエル・テンメさんが演出を手掛けてくれます。当時の演出があまりにダイナミックだったので、まだ小学生だったうちの娘が「こわい、もういい〜!」といって泣いたのを覚えていますが(笑)、今回も映像と舞台装置を駆使したスケールの大きな演出に期待していただきたいです。

――佐渡さんにとって、やはりドイツオペラは身近なのでしょうか? ここからワーグナーの旅が始まるのですか?

 どうでしょう、始まるのかもしれませんね! 《オランダ人》は、30代半ばの頃に名古屋で一度振りましたし、その他もいくつかヨーロッパで指揮していますが、ワーグナーの経験はそのくらいしかありません。まだ勉強することは山ほどありますから、いつ本気で乗り出すかというところではあります。

 とはいえプロデュースオペラでは、いちオペラファンとして大好きなプッチーニやヴェルディなどのイタリアオペラにもやりたい作品があります。僕はとにかくミュージカルが好きなので、バーンスタインの《オン・ザ・タウン》を上演できたことは嬉しかったし、またミュージカル作品をやりたいという願いもあります。取り上げたい演目は数えきれないのですが、劇場がこの先どんな姿を目指すべきかを見据えながら選択する必要があります。

 成功しているから今のやり方を続けたら良いと思ってしまうのは、大きな間違いです。豊かな発想を持って、劇場は常に進化しなくてはいけません。

佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ・2018年 ウェーバー《魔弾の射手》公演写真
提供:兵庫県立芸術文化センター 撮影:飯島隆
――ここから目指す未来について、今感じていることをお聞かせください。

 震災から30年が経ちましたが、大切な人を亡くした方々の悲しみが消えることはありません。この劇場は、そんな特別な想いや苦しみを抱えながらオープンした場所です。今では阪神間は見事に復興を果たしましたが、それは、日本全国からたくさんの方が力を貸してくださったおかげで実現したことです。

 会場をいっぱいにすることだけがゴールではありません。これからもさまざまな演目に取り組んで、街の方々の心の広場、心の拠りどころとなれるように進化していきたい。兵庫県全域の方々が、一度は劇場に行ってみたい、逆にPACオーケストラが自分たちの街に来て嬉しいと思ってくださるような存在でありたい。

 同時に被災から復興したモデルとして、世の中に何か恩返しをしていかなくてはと思っています。そして、できることならこの活動を県外にも発信して、より多くの人に知っていただけるよう、挑戦を続けていきたいです。

(ぶらあぼ2025年3月号の拡大版)


兵庫県立芸術文化センター開館20周年記念公演
佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ2025
ワーグナー:歌劇《さまよえるオランダ人》
(全3幕/ドイツ語上演・日本語字幕付/新制作)

2025.7/19(土)、7/20(日)、7/21(月・祝)、7/23(水)、7/24(木)、7/26(土)、7/27(日)
各日14:00 兵庫県立芸術文化センター

指揮:佐渡裕
演出:ミヒャエル・テンメ
装置衣裳:フリードリヒ・デパルム
照明:ミヒャエル・グルントナー

出演
オランダ人:ヨーゼフ・ワーグナー★ 髙田智宏☆
ダーラント:ルニ・ブラッタベルク★ 妻屋秀和☆
ゼンタ:シネイド・キャンベル=ウォレス★ 田崎尚美☆
エリック:ロバート・ワトソン★ 宮里直樹☆
マリー:ステファニー・ハウツィール★ 塩崎めぐみ☆
舵手:鈴木准★ 清水徹太郎☆

合唱:ひょうごプロデュースオペラ合唱団
管弦楽:兵庫芸術文化センター管弦楽団

★7/19、7/21、7/24、7/27 ☆7/20、7/23、7/26

2025.2/16(日)発売

問:芸術文化センターチケットオフィス0798-68-0255
https://www.gcenter-hyogo.jp/flying-dutchman/