
最初期のオペラの姿が鮮やかに立ち現れる
このところバロック・オペラの斬新な上演で、毎回熱狂を生む古楽アンサンブル・アントネッロ。今回はオペラ400年の歴史の中でも最初期に位置するモンテヴェルディの名作《オルフェオ》である。兵庫と神奈川での公演が迫る中、全体の通し稽古の現場を訪れた。アントネッロ主宰&指揮の濱田芳通の「いつもの仲間」と言うべき演出の中村敬一や坂下忠弘、中山美紀、彌勒忠史らスタッフ・歌手が全員集合。衣裳やセットなしで稽古が始まった。
(2025.2/4 取材・文:朝岡聡 写真:編集部)
物語は、音楽の精(中山)がオルフェオ(坂下)の歌を讃えるプロローグから始まる。そして第1幕はオルフェオとエウリディーチェ(岡﨑陽香)の婚礼を牧人やニンファたちが祝福、ところが2幕になるや使者メッサジェーラ(彌勒忠史)によってエウリディーチェの死が告げられて主人公は悲しみに突き落とされるが、彼女を取り戻しに冥界へ向かう…と、よく知られた劇的ストーリーが小気味よく進行してゆく。

“歌うように語る”
レチタールカンタンドに魂を込めて
今回何より新鮮だったのが「オペラは歌でドラマが進む!」と強烈に実感させてくれた事。オペラなのだから歌うのは当たり前とおっしゃるなかれ。《オルフェオ》は1607年初演だが全編がレチタール・カンタンド(recitar cantando)で演奏される。これはオペラ誕生当時特有の「歌うように語る」スタイル。従来の多くの演奏は「語り」に重点が置かれて、実際には抑揚やリズム感に乏しい「語り」の連続というものが多かった。
ところが今回のアントネッロ版《オルフェオ》は違う。冒頭から生き生きとした歌が響く。ビートの効いた舞曲や演歌のようにも聴こえる心情の発露まで多彩な歌のオンパレード。これまでモノクロ写真だった《オルフェオ》が天然色の動画になったかのような鮮烈な印象なのだ。
濱田は言う。
「レチタール・カンタンドなのに面白い!と思わせるのが今回の舞台の一番の肝です。あの時代の『語り』は、今よりずっと歌っていたと思います。歌詞を歌うようにして、リズムを強調する。書かれている音価(音の長さ)をしっかり取って、それをリズミックに読むという事ですね。それがあの時代に実行されていたと信じてやっています。オルフェオを取り上げるのはこれが3回目ですが、昔からやりたかったことが今回成就しました!」

それを実現するための指導は相当なもので「演技と歌が、当初は結びつかなかったけれど、それをうまく消化していくプロセスは他のオペラ現場にはない世界」(坂下)、「濱田さんは一音一音のアーティキュレーションや音型にこだわるので、それが全て融合するまで音にも言葉にも魂を込める必要があります」(彌勒)と、歌手達も日々変貌を遂げながら完成度を高めている。とりわけ彌勒が最初に登場する時の「魂込めた」声と表情にはぜひご注目いただきたい。さらに三途の川でのオルフェオと渡し守カロンテのやり取り、エウリディーチェを連れ帰る時に誓いを破ってしまう場面など、聴きどころは随所に登場する。


リアルな心理描写で《オルフェオ》の本質に迫る
そして、今回も中村敬一の演出がドラマを巧みに視覚化してくれる。ここ5年はほぼ毎年濱田とともにオペラ制作に関わる立場だが、演出にあたり意外にも最初から確固とした構想を決めるのではないという。
「まず濱田さんの音楽づくりを見ないと分からない。彼が従来と違う音楽的アプローチをするので、それを体感してから『だったらこの場面はこうしよう』とか『合唱にも個々に色々なキャラクターを創ったり、同じ楽譜の音楽でも異なる人の動きをさせてみよう…』という風になるんです」
その言葉通り、今回の舞台も楽園の場の牧人たちや冥界の場面、結末に至るまで登場人物と合唱の動きは、見ているだけで物語が分かる工夫が凝らされている。これがまた音楽と絶妙にマッチしていて分かりやすい。神話の物語だからと言って、やたらに神々しいのではなく、リアルな人間の喜怒哀楽がふんだんに盛り込まれていて飽きさせない。

実は、これだけドラマティックで変化の要素が多い《オルフェオ》が初演されたのは、まだオペラ劇場の無い時代の宮廷の一室だった。今回の舞台もあえてシンプルなものになるようだが、そこにも中村の狙いがある。
「これだけ内容的にも視覚的にも豊かな作品をモンテヴェルディが完成させたことで、その後世の中に劇場が求められる状況が生まれたわけです。だから演出手段の手数は少ないが確実に視覚や心理空間は変化していく…という見せ方をしないと《オルフェオ》の本質には近づけない。このオペラとアントネッロの音楽の広がりを舞台の上で結実させたい」と意欲を燃やしている。

思えばオペラが生まれて、たちまち当時の人々を魅了したのは、歌でドラマを作るエンタテインメントがこれほど面白いものなのか!という気づきだった。この度の《オルフェオ》公演は、現代の我々にまさに昔の人が感じたのと同じ驚きと感動を与えてくれるはず。その意味で、オペラファンはもちろん、まだオペラを生で観たことのない方にも強力にお薦めしたい。
濱田芳通 & アントネッロ
モンテヴェルディ 歌劇《オルフェオ》
プロローグと全5幕/イタリア語上演・日本語字幕付/新制作
2025.2/15(土)、2/16(日)各日14:00
兵庫県立芸術文化センター(中)
問:芸術文化センターチケットオフィス0798-68-0255
https://www.gcenter-hyogo.jp
2025.2/22(土)、2/23(日・祝)各日14:00
神奈川県立音楽堂
問:チケットかながわ0570-015-415
https://www.kanagawa-ongakudo.com
指揮:濱田芳通
演出:中村敬一
出演:
坂下忠弘(オルフェオ)
岡﨑陽香(エウリディーチェ)
中山美紀(ムジカ/プロゼルピナ)
彌勒忠史(メッサジェーラ)
中嶋俊晴(スペランツァ)
松井永太郎(プルトーネ)
今野沙知恵(ニンファ)
中嶋克彦(牧人)
新田壮人(牧人/精霊)
田尻健(牧人/精霊)
川野貴之(アポロ)
目黒知史(カロンテ)
田崎美香(合唱)
近野桂介(合唱)
酒井雄一(合唱)
アントネッロ(管弦楽)