【ゲネプロレポート】新国立劇場《アルマゲドンの夢》

これぞ日本から世界に発信されるべき新作オペラ

 新国立劇場で、藤倉大の新作オペラ《アルマゲドンの夢》が2020年11月15日に世界初演を迎えた。入国制限緩和のタイミングに間に合い、海外からのキャストや演出家が当初のスケジュールよりも早めに来日し、14日間の自主隔離を実施後、リハーサルを開始。リモートでのミーティングやリハーサルも適宜取り入れつつも、キャストやスタッフの交代をすることなく、上演にまでこぎ着くことができた。関係者の熱意には感服するしかない。初日に先立って11月13日に最終総稽古(ゲネラル・プローベ)が公開されたので、この話題の新作について見どころを紹介していこう。
(2020.11/13 新国立劇場 取材・文:小室敬幸 Photo:J.Otsuka/Tokyo MDE)

 そもそも今回の新作は、18年9月よりオペラ部門の芸術監督になった指揮者・大野和士が掲げる日本人作曲家への委嘱シリーズの一環であり、19年2月に初演された《紫苑物語》(西村朗 作曲)に続くシリーズ第2弾である。日本語歌詞による《紫苑物語》がオールジャパンチーム(ただし美術・衣裳・照明は在仏の演出家・笈田ヨシ率いる海外勢)で制作されたのに対し、今回は新作を委嘱された藤倉が普段からイギリスを拠点に活動しており、過去2作のオペラに続き今作も英語歌詞であるため、国際的な人材でチームが組まれた。

 オペラを作曲する上で最も大事な存在となる台本(リブレット)作家には、藤倉の学生時代からの親友であるハリー・ロスを起用。彼は学生時代には声楽を学んでいたことがあり、現在は台本作家の他に、演出家や詩人としても活動するマルチな才能の持ち主である。藤倉がオペラの題材に選んだのがH.G.ウエルズ原作『アルマゲドンの夢』であり、才人ロスは藤倉とともに見事な現代的翻案をしてみせたことが今回のまず大きなトピックである。

 そもそも『アルマゲドンの夢』は、“SFの父”と称されるH.G.ウエルズが1901年に発表した短編小説。物語は、列車のなかで主人公が見知らぬ青白い顔の男(現実ではクーパー、夢ではヒードンという名前)に、夢のなかで死んでしまった話を聞かされるというもの。夢の世界でのヒードンは、もともと大きな政党の指導者であったのだが、ある女性を愛してしまったためにその地位を離れ、現実逃避するかたちで享楽的な生活を送っていた。しかし、政党のナンバー2だったイーヴシャムという人物が中心となって世界最終戦争(=アルマゲドン)がはじまり、愛する女性もヒードンも殺されてしまった――夢のなかで!

 その出来事は現実のように感じられるのだが、現実に戻ると夢の細部が思い出せない……と語るクーパーは、まるで新海誠監督のアニメ映画『君の名は。』の主人公たちのようですらある。また女性との恋愛関係を絡ませながら、世界滅亡へとと突き進むストーリーは、90年代後半から日本のサブカルにおいて一世を風靡した「セカイ系」(※多くは男女の恋愛関係が、世界の危機に直結する物語)の元祖であるかのようにも読める。100年以上前の物語でありながら、現代を予言する内容、且つ日本で翻案して発信する意味があるといえるだろう。

 しかも台本作家ロスは、原作ではクーパー(現実)とヒードン(夢)という2つに分かれていた人格を、クーパー・ヒードンというひとりの平凡な人格に集約。もともとヒードンが抱えていた政治色は、原作では名前もなかったヒードンの妻(エリート政治家の娘という設定)に移植された。彼女はベラ・ロッジアと名を与えられ、ヒードンの「駒」のような存在ではなくなることで、オペラの中で実質的な人物のひとりとしての位置を得る。かくも現代的なジェンダー的な視点が取り入れられていることも、世界へと発信する新作に相応しいといえる。

 もちろん、藤倉の音楽自体も実に素晴らしい。そもそも現代オペラという時点で、観客が理解が難しいものだと思いこんでしまっているのだとしたら、誤解を解いておく必要があるだろう。藤倉自身がインタビューでたびたび「僕にとって作曲とはメロディを書くこと」と述べているように、このオペラにもちゃんとメロディがあり、そして美しい響きをもつアリアや重唱がいくつも用意されている。

 それでも信じられないという方は、すでに動画で公開されているカバー歌手たちによる歌唱を聴いてみていただきたい。まずは第2場でクーパー・ヒードンとベラ・ロッジアによって歌われる〈愛の二重唱〉である。ピアノ伴奏でも充分に美しいのだが、オーケストラが付くと水面が煌めくような響きとなり、更に魅惑的になる(https://youtu.be/EHosjrwQLgc?t=1662)。

 音楽による登場人物の描き分けも、明快かつ見事で、続いてはアルマゲドン(世界最終戦争)を巻き起こす黒幕ジョンソン・イーヴシャムのアリアも特徴的だ。ロスと藤倉は、YouTubeで世界中の独裁者のスピーチを何十本も観察したという。そのようにして権力への誘惑と生理的な嫌悪感を両立させたような、印象に残る音楽が生まれた(https://youtu.be/EHosjrwQLgc?t=3002)。

 ちなみに、動画で聴けるカバー歌手3名の歌唱は、ダブルキャスト公演でも良かったのではないかと思わせるほどの仕上がりだが、本公演で歌い演じるピーター・タンジッツ(クーパー・ヒードン役)、セス・カリコ(フォートナム・ロスコー/ジョンソン・イーヴシャム 役)、ジェシカ・アゾーディ(ベラ・ロッジア役)たちは更なる凄みを聴かせてくれる。そして彼らに比べると登場場面こそ少ないのだが、加納悦子(インスペクター役)と望月哲也(歌手/冷笑者役)も必ずや強いインパクトを残すはず。特に冷笑者として望月が歌う〈ウィロー・ソング(ヴェルディ《オテロ》の〈柳の歌〉のパロディ)は忘れ難いほど強烈だった。

 こうした歌い手たちの演技と声が、すっと心に入ってきて、感情を強く揺さぶられてしまうのは指揮の大野和士が的確に音楽を牽引していることもあるが(管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団)、同時に演出のリディア・シュタイアーによる手腕も大きい。映像を大胆に駆使した演出は、説明過剰で失敗することも多々あるのだが、今回はそうした轍を踏んでいない。

 ソーシャルディスタンスの制約を逆手にとり、舞台と映像で、イメージの異なる演技を重ね合わせたりすることで、夢と現実の二重性を巧みに表現。観るものに「実際に見えているもの」と「見たいと欲するもの」との差を、様々な形で突きつけてくる。こうすることで、社会が悪しき方向に動き出しても傍観してしまう平凡な男クーパー・ヒードンが、一般大衆の比喩(あるいは表象)であることを否が応でも意識せざるを得なくなる。

 新国立劇場が誇る合唱団の活躍も目覚ましい。歌唱の安定性と表現力はいつも通りハイレベルなのだが、今回は合唱を動かす演出を得意とするシュタイアーが演技的な側面からも新国立劇場合唱団の潜在能力を引き出すことに成功している。クーパー・ヒードンを追い詰める「軍隊」の表現の圧力が、客席にまでしっかり迫ってくる。

 さて、「あらすじ」として公開されているように、このオペラは爆撃のさなか「ベラが撃たれ、クーパーの腕の中で息絶える」ことでクライマックスを迎える。と同時に、大野がたびたびインタビュー動画で口にしているように、その後に続くラストシーン――少年が一人で歌う場面にこそ、(本作の音楽的にも物語的にも通じる!)真髄があるのだ。あまりに見事な結末は、背筋が凍りつくほどの怖さを感じさせるとともに、これまた日本から発信する意義を持つ内容となっている。この衝撃のラストシーンをぜひとも劇場で、一人でも多くの人に体験・体感していただきたい。


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【Information】
新国立劇場
創作委嘱作品・世界初演《アルマゲドンの夢》(全9場/英語上演・日本語及び英語字幕付)

2020.11/15(日)14:00、11/18(水)19:00、11/21(土)14:00 、11/23(月・祝)14:00
新国立劇場 オペラパレス

台本:ハリー・ロス(H.G.ウェルズの同名小説による)
作曲:藤倉 大
演出:リディア・シュタイアー 

指揮:大野和士
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

出演
クーパー・ヒードン:ピーター・タンジッツ
フォートナム・ロスコー/ジョンソン・イーヴシャム:セス・カリコ
ベラ・ロッジア:ジェシカ・アゾーディ
インスペクター:加納悦子
歌手/裏切り者:望月哲也
合唱:新国立劇場合唱団 

問:新国立劇場ボックスオフィス03-5352-9999
https://www.nntt.jac.go.jp/opera/