【ゲネプロレポート】新国立劇場《紫苑物語》

平安を題材にした普遍的なファンタジー、ドリームチームが創り上げる新作オペラ

 指揮者の大野和士が7代目の新国立劇場オペラ芸術監督に就任したのは2018年9月のこと。その大野が芸術監督として初めて新国立劇場のオーケストラピットに入ると話題になっているのが西村朗のオペラ《紫苑物語》だ。大野は、1シーズンおきに日本人作曲家にオペラの委嘱をおこなう方針を掲げており、今作がその第一弾なのである。
 このたび、初演に先立ち、2月15日にゲネプロ(最終総稽古)が公開されたので、その模様をご紹介しよう。
(2019.2/15 新国立劇場 取材・文:小室敬幸 Photo:J.Otsuka/Tokyo MDE)

 日本を代表する作曲家としてのポジションを盤石にして久しい西村も、気づけば65歳となる。これまでもオペラを手がけてきたことはあったが、いわゆる大がかりな“グランドオペラ”と呼べる作品を書くのは今回が初めてのこと。さらには西村が数多くの名曲を残してきた合唱作曲家としての顔も持っていることを忘れてはならないだろう。日本語をどのように歌わせるのかという問題にも長らく向き合ってきた西村が、満を持して挑んだ集大成的な作品――それが《紫苑物語》なのである。小説家・石川淳(1899-1987)による1956年の短編小説を原作としている。

 この企画において、台本作家に起用されたのが音楽とのコラボレーションに力を注いできた日本を代表する詩人、佐々木幹郎。演出はハリウッド映画の出演からオペラの演出までこなす“レジェンド”笈田ヨシ。巨匠が集った、考えうる最高のドリームチームが新たな日本語オペラを生み出そうというのだから、注目が集まるのは当然だろう。

現代にも通ずる「人間の心の奥底に迫る」物語

 弦楽器による美しくも妖しげな響きに誘われて幕があくと、まず目に飛び込んでくるのは不気味な「紫苑」の花々。別名「忘れな草」とも呼ばれるように、尽きることない人間の“欲望”や“我”の象徴である。その後の黙劇で主人公の宗頼(髙田智宏)のバックグラウンドが描かれていく。和歌の名家に生まれるも、所与のものに満足ができず、才能を受け継いだ歌にも、父からあてがわれた新妻にも興味を持てないのだ。


 最初に声楽が登場する場面にあたる、品行の悪いうつろ姫との婚礼の儀では、意味のはっきりと分からない擬音のような言葉が降り注いでくる。うつろ姫の“狂乱の場”かと思えるほどの過剰な音の響きで、観るものを一気に原作の世界観へと引き込んでいく、作曲者の手腕は圧倒的なもの。うつろ姫役の清水華澄も迫真の歌唱と演技で、この場面を印象深いものにしている。

 目にみえない歌(芸術)を不確かなものと見なした宗頼は、伯父である弓麻呂(河野克典)が得意とする弓術(武術)を選び取る。心を射る「第一の矢(知の矢)」で父(小山陽二郎)と決別するシーンでは、弓を張っていく緊迫感が見事に音楽化されていたのも印象深い。そして続く、アリア〈鳥のように〉では宗頼役の髙田が宗頼自身の欲望を爆発させることで一気に、物語に説得力がもたらされていく。



 狩りにのめり込み、肉体を射る「第二の矢(殺の矢)」でもって、けものを殺し、更には人を殺すことで充足感を得ていく宗頼(この辺りのシチュエーションに関しては、事前に原作小説を読んでおくことをおすすめしたい)。彼は、殺したあとに「紫苑」を植えていくことで、目にみえる形で自らの行いを永く残すことを欲するのだが、弓麻呂から、宗頼の中ではまだ歌の血が濃いため、弓の奥義は極められないと指摘されてしまう。




 続く、弓麻呂がうつろ姫の間男を見事な弓術で射殺し、血にまみれたうつろ姫が《ランメルモールのルチア》を彷彿させる演技もビジュアル的に忘れ難い。第1幕のラストでは、次幕へと繋がる「忘れ草」のある山の存在や、謎の美女である千草(臼木あい)が登場。最後は意外な演出方法で幕間へと入っていく。ここまでで約65分。如何に濃厚な物語が展開していくか、感じていただけただろうか。



 

 休憩を挟んだ第2幕では、千草の正体が明かされると共に、物事の本質を射てしまう「第三の矢(魔の矢)」を遂に手に入れた宗頼がますます大胆な行動を起こしていく。一瞬たりとも耳も目も離せない展開が続くのだ。本作は休憩を除き、演奏時間は2時間強と、オペラとしては短めかもしれないが、その分、この中に様々な要素が濃縮されているため、この時間で過不足なく満足できる内容といえるだろう。


 千草役の臼木は、声や演技だけでなくその存在感をもって神秘的な役柄を見事に演じきっており、第2幕のキーパーソンとなる主人公と鏡写しの関係にある平太役もゲネプロでは大沼徹が好演。多重音を歌うホーミー唱法まで用いるとんでもない役柄だが、急遽ダブルキャストとなった松平敬と聴き比べるためにも、是非2回は観にいきたいところ。村上敏明も、三枚目的な役柄から徐々に敵対する存在へと立場を変えていく藤内という難しい役どころを、鮮やかに演じてみせた。もちろん、相も変わらず新国立劇場合唱団は歌でも演技でも申し分ない。




 最後に大野和士率いる東京都交響楽団の超絶的な演奏に触れない訳にはいかない。オーケストラピットでは考えられないような、複雑に入り組んだスコアに真っ向から取り組む姿勢には敬服せざるを得ない。今季最大の話題作をお観逃しなきよう。



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(ぶらあぼ2018年11月号より)

【公演情報】
新国立劇場創作委嘱作品・世界初演
オペラ《紫苑物語》


2019.2/17(日)14:00、2/20(水)19:00、2/23(土)14:00、2/24(日)14:00 
新国立劇場オペラパレス 

原作:石川 淳 作曲:西村 朗 台本:佐々木幹郎

指揮:大野和士
演出:笈田ヨシ

美術:トム・シェンク
衣裳:リチャード・ハドソン
照明:ルッツ・デッペ
振付:前田清実
監修:長木誠司
舞台監督:髙橋尚史

●キャスト
宗頼:髙田智宏
平太:大沼 徹(17・24日)、松平 敬(20・23日)
うつろ姫:清水華澄
千草:臼木あい
藤内:村上敏明
弓麻呂:河野克典
父:小山陽二郎

合唱指揮:三澤洋史
合唱:新国立劇場合唱団
管弦楽:東京都交響楽団

●チケット料金(税込)
S¥16,200 A¥12,960 B¥8,640 C¥6,480 D¥3,240 Z¥1,620

問:新国立劇場ボックスオフィス03-5352-9999
https://www.nntt.jac.go.jp/opera/asters/

【イベント】※詳細は下記ウェブサイトでご確認ください。
●オペラ《紫苑物語》西村朗・大野和士サイン会&原作本プレゼント企画
2019.2/20(水)、2/23(土)公演終了後(終演時間は後日発表いたします)
新国立劇場オペラパレス ホワイエ
https://www.nntt.jac.go.jp/opera/news/detail/6_014303.html