ついに完結! N響&東響「7つの封印の書」本公演レポート
奇跡の競演、その先に見えたもの

取材・文:林 昌英

 2026年9月、フランツ・シュミット「7つの封印の書」が、NHK交響楽団と東京交響楽団により10日間の間に2回ずつ、計4回連続上演された。世界的にも例がない、記念すべき幸福な10日間は、この上ない盛り上がりを見せ、多くのものを私たちに残してくれた。

 それぞれの演奏についての詳述は割愛するが、各論としては各「リハーサルレポート」の通りで、それぞれの要素がより深化していた(レポートであまり触れられなかった東響公演のソリストは感動的なすばらしさで、独唱4人の“Heilige…”の場面は思わず涙を誘われた)。

 そして、ファビオ・ルイージ&N響とロレンツォ・ヴィオッティ&東響、両者の個性が存分に発揮された結果、好対照なカラーをもちながら、いずれ劣らぬ世界最高水準の演奏が実現したのである。

 筆者は4公演すべてと各リハーサル1回ずつを体験できたが、それぞれの演奏の特徴をあえてひと言にまとめるなら、ルイージ&N響は「儀式的」、ヴィオッティ&東響は「ドラマ的」。もちろんそれぞれ逆の要素も多分にあったが、要所での解釈、そして会場のもつ空気もあわせてみると、そのような印象に行き着く。

NHK交響楽団

 ルイージは情緒的になりすぎないように、全編にわたり厳しい響きでオーケストラを統率し、堅固に構築。新国立劇場合唱団の圧巻の発声が、より厳格な空気感を生み出す。約110分間を休憩なしで進め、さらには各部の最後の音から10秒も開けずにオルガンソロを始めさせる。休憩どころか「間」もほとんど置かないことで、全体が一つの儀式のような緊張感と一体感を帯びていく。それをNHKホールの広大な空間自体が増加。客席全体が固唾を飲んで舞台を見守る構図になり、ソリッドな音響、右側高所に位置したパイプオルガンの威容、そこに立つ「神の声」の厳粛な歌が助長する。強靭な音響による「ハレルヤ」後の男声合唱の「神への感謝の歌」で、ルイージが最後の一節「地を滅ぼした者たちを滅ぼす時が来た」を強調した(スコアに強弱指示はない)のも、メッセージ性とテキストへの共感を伝えるものだろう。全曲のラスト、冒頭の「ドレソファ」が再現する場面はテンポを緩めず、原初に回帰する円環のイメージを強調。残るのは偉大なものに触れた感動と、「黙示録」を精妙に音化した作品への畏怖の念だった。

東京交響楽団 ©池上直哉/ミューザ川崎シンフォニーホール

 ヴィオッティはやはり堅固に作り上げるものの、情緒的なものも巧みに引き出して、大きなうねりを作り出す。オーケストラと独唱陣に対しては大振りはせず、ハーモニーやメロディの美しさを適切に繊細に表現させる一方で、東響コーラスが歌い上げる場面では情熱を全面に見せ、ときに猛然と、かつ合唱が歌いやすい美しい動作で、最大限の歌唱を引き出す。第1部の終わりで休憩を取ることでコンサートとして集中する空気を作り、ラストの「ドレソファ」はテンポを落として壮大に力強く終結させる。本作を宗教的作品ととらえれば回帰する円環の要素は薄まるが、ドラマティックな大曲の演奏会ととらえればこれ以上の終わり方はない。彼の生み出す華のあるグルーヴ感と感情に訴えるような流れは、サントリーホールとミューザ川崎シンフォニーホールという空間も大きく貢献している。豊かな残響、正面に見えるパイプオルガンの迫力、その前で包み込むように歌う「神の声」に加えて、いずれもヴィンヤード形式で舞台を囲む客席で(Pブロックは合唱団)、輪になって中心を見る形状も精神的な影響がありそうだ。終演後は大きな高揚感と明るい感慨に包まれた。

©池上直哉/ミューザ川崎シンフォニーホール

 それぞれの演奏に対する意見や考察は尽きず、両方体験した方はその議論を楽しんでいることだろう。一つ間違いなく言えるのは、好みや解釈論から離れれば、「いずれ劣らぬ世界最高水準の名演」だったということ。この4公演は日本の音楽界の充実を、最高の形で示してくれたのである。出演者とそれに関わるサポートをしたすべての方に最大限の賛辞を。とくに両方の合唱団を最高の状態に仕上げた、合唱指揮の冨平恭平の貢献は特筆しておきたい(本作の2プロジェクトに“同時”参加した人は世界初では?)。

 今回の幸福な偶然は、思わぬ効果も生み出した。

 まず、本作への理解が飛躍的に深まったこと。実のところ、20世紀の重要な大作であることは知っていても、フランツ・シュミットが好き、「黙示録」に関心が強い、等の理由がないと、なかなか深く理解するまで音源で聴きこめた人は多くなかったのでは。それが2種類の対照的な名演で体感できたことで、一気に感覚が開き、理解や愛着が深くなった方も多いはず。聴衆にとって幸せな体験だったことはもちろん、これをきっかけに「7つの封印の書」はマイナー曲ではなくなったとすれば、他の楽団も演奏候補に入れやすくなるかもしれない。ぜひとも続く実演の機会を待ちたい。

 そして、「ぶらあぼ」編集部が中心となった企画で、N響と東響が協力して本作の公演を盛り上げたこと。大阪と名古屋ではそれぞれ4つのオーケストラによる「4オケ」公演など、楽団同士の協力関係が進んでいる。しかし東京は楽団数や公演数が多いこともあり、そういった協力は滅多にない。それが今回、楽団を代表しての特別対談、コンサートマスター同士の対談、SNSでの相互の応援、さらにはリハーサルレポートまで実現したのである。東響公演はミューザ川崎シンフォニーホールも共同主催で、公演も取材もホールの熱心な協力があり、オーケストラとホールのさらなる連携の可能性が感じられたことも申し添えたい。

 公演が近づいてからは、東響コンサートマスターの小川ニキティングレブがN響のリハーサルを見学、ヴィオッティはN響の本番に足を運ぶなど、企画を通して生まれた交流は、演奏の現場にまで広がっていった。また、公演後に心動かされたのは、東響の最終公演にN響宣伝担当者が来場し、心からのメッセージをSNS(X)に綴ったこと。これまでは想像できなかったことで、100周年のN響の新たな時代の象徴とすら感じられたのである。そして東京の楽団同士でもこのような関係性ができて、しかもN響が動いて発信したことに驚きと感激を覚えた。

ファビオ・ルイージとロレンツォ・ヴィオッティ
NHKホール楽屋にて ⒸTSO

 切磋琢磨するべき関係ではあっても、敵ではない。共に盛り上げる仲間である。この意識で東京のオケが柔軟に連携していけば、クラシック音楽界にも明るい光が生まれるのではないだろうか。実際、今回の2楽団が協力した4公演は、話題としても集客面でも、相当の成果があったものと思われる。

 今回の取り組みのすばらしさについては、ここに寄せられたNHK交響楽団 芸術主幹 西川彰一と東京交響楽団 楽団長 廣岡克隆によるコメントほど、端的に伝えるものもないだろう。いまだ各実演の感動が鮮明に残るなか、人生を豊かにする名曲の名演に出会えた喜びを改めて実感するばかり。

“惑星直列並みの珍事”を逆手に取ったコラボ企画が話題を呼び、結果的に両方のチケットが期待を上回る売れ行きを示しました。ぶらあぼさんの粋な発想に大感謝です。
オケ同士が互いに協力し、新しいファンを開拓していくための道筋が見えたような気がします。
演奏にも各々の個性がよく出ていて、まさに“音楽を聴く楽しみ、ここに極まれり”でした。

NHK交響楽団 芸術主幹 西川彰一


こうした大規模公演では、いかに多くの方々に音楽を届けられるかが最も大切です。
今回の両楽団の連携により多くのお客様にご来場いただくことができ、大きな手応えを感じました。関わった全ての人が全力を尽くし、互いを尊重しながらエールを送り合う中で多くの感動が生まれたことに、改めて日本の音楽文化の豊かさと可能性を感じています。
今回の連携にあたりご尽力いただきました、ぶらあぼの皆様、NHK交響楽団の皆様、ミューザ川崎シンフォニーホールの皆様に、心より感謝申し上げます。

東京交響楽団 楽団長 廣岡克隆


林 昌英 Masahide Hayashi

出版社勤務を経て、音楽誌制作と執筆に携わり、現在はフリーライターとして活動。「ぶらあぼ」等の音楽誌、Webメディア、コンサートプログラム等に記事を寄稿。オーケストラと室内楽(主に弦楽四重奏)を中心に執筆・取材を重ねる。40代で桐朋学園大学カレッジ・ディプロマ・コース音楽学専攻に学び、2020年修了、研究テーマはショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲。アマチュア弦楽器奏者として、ショスタコーヴィチの交響曲と弦楽四重奏曲の両全曲演奏を達成。


N響100年特別企画|フランツ・シュミット《オラトリオ「7つの封印の書」》
2026年9月定期公演Aプログラム(第2069回)
2026.9/12(土)18:00、9/13(日)14:00 NHKホール

https://www.nhkso.or.jp

出演
指揮:ファビオ・ルイージ
ヨハネ(テノール):ミヒャエル・ラウレンツ
神の声(バス):ダーヴィト・シュテフェンス
ソプラノ:迫田美帆
メゾ・ソプラノ:藤井麻美
テノール:伊藤達人
バス:加藤宏隆
オルガン:新山恵理
合唱:新国立劇場合唱団
合唱指揮:冨平恭平

《東京交響楽団創立80周年記念》シュミット:オラトリオ「7つの封印の書」
第745回 定期演奏会

2026.9/19(土)18:00 サントリーホール
https://tokyosymphony.jp

ミューザ川崎シンフォニーホール×東京交響楽団×ロレンツォ・ヴィオッティ
フランツ・シュミット:オラトリオ「7つの封印の書」

2026.9/21(月・祝)14:00 ミューザ川崎シンフォニーホール

https://www.kawasaki-sym-hall.jp/7siegeln/

出演
指揮:ロレンツォ・ヴィオッティ
テノール(ヨハネ):マキシミリアン・シュミット
バス(神の声):フランツ=ヨゼフ・ゼーリヒ
ソプラノ:クリスティーナ・ランツハマー
メゾソプラノ:カトリオーナ・モリソン
テノール:パトリック・グラール
バスバリトン:クレシミル・ストラジャナッツ
オルガン:大木麻理
合唱:東響コーラス
合唱指揮:冨平恭平