NHK交響楽団 芸術主幹 西川彰一 × 東京交響楽団 楽団長 廣岡克隆

取材・文:高坂はる香 写真:有田周平
NHK交響楽団創立100周年、東京交響楽団創立80周年。それぞれ節目のシーズンを迎えた日本を代表する2つのオーケストラが、この9月、奇しくもフランツ・シュミットの大作《7つの封印の書》を相次いで上演する。まさに“奇跡の競演”を前に、両楽団を代表してN響 芸術主幹の西川彰一と東響 楽団長の廣岡克隆が、それぞれの歩み、そして作品への思いを互いへのリスペクトを込めて語り合った。
ーN響は100周年、東響は80周年と、それぞれに節目の年を迎えました。
廣岡 80年を振りかえると、これまでの音楽監督がとても重要な役割を果たしてきていることを改めて感じます。まずは40年にわたり東響を率いた秋山和慶が、楽団の礎である家庭的な雰囲気や温かい音色を作ってくれました。一時は経営破綻に陥り、そこから楽員と共に立ち直ることも経験していますが、それによって結束が強まり、家族のような楽団という特徴が確立されたと思います。
2代目の音楽監督、ユベール・スダーンは演奏に対して非常に厳しい姿勢を貫いた指揮者でした。私も楽員だった時代でとても怖かったですが(笑)、それによって機能的で精緻なアンサンブルができるようになり、古典なら誰にも負けないというプライドが楽員の中に培われたと思います。
西川 東響さんの歴代の指揮者の顔ぶれを見ると、すごくセンスを感じるというか、良い方を招いていらっしゃるなぁと思いますね。
廣岡 楽団員全員の意見を聞き、今必要なものは何か考えながらみんなで話し合って決めている結果です。例えば先の音楽監督ジョナサン・ノットは自発性を促すタイプだったので、楽員たちは、自分から積極的に音楽を発するようになっていきました。そこで次はその自発性をもったまま、一層の協調を目指す時期だろうと、ロレンツォ・ヴィオッティを迎えることになりました。彼は協働を大切にしながら、自身のこだわりに妥協なく高いクオリティを要求してくるので、オーケストラが全体により一体感が生まれればと思っています。

西川 ヴィオッティさんは私たちもずいぶん前からお呼びしたいと思っていたのですが、その間にコロナなどがあって実現しないままだったので、すごく良い方を選ばれたなと感じています。
N響は初期の頃から一貫して、指揮者はドイツから呼ぶのが主流でした。それに変化があったのはシャルル・デュトワが常任指揮者に就任した1990年代半ば以降です。
それでもやはり伝統的には独墺のサウンドを大事にしてきたオーケストラです。現首席指揮者のファビオ・ルイージは、イタリア人ですがウィーンで長く活動していたので、伝統の継承者という意味でもふさわしいだろうと、100周年を一緒に迎えることになりました。
就任した直後は一気に蜜月関係になるけれど、やがてそれも落ち着いてしまうのはよくあることだと思いますが、彼とは信頼関係がどんどん深まり、とても良い状態で100周年を迎えています。
廣岡 実は私たちがノットを迎えたときは、最初の1、2年は正直チケットが売れず苦心しましたが、ノットならではのプログラミングを、徐々に皆さんおもしろいと感じてくださるようになりました。時を重ねるにつれて、ノット&東響の熱狂的ともいえるようなファンの方がたくさんいらっしゃる状態になりましたから、音楽監督の交代を決断するのは勇気が必要でした。
でもヴィオッティと良いスタートが切れたので、ここから頑張っていきたいです。今シーズンはソリストなしのオ―ケストラ曲を中心にして、幅広い時代の作品を取り上げながら関係性を築いていく時だと思っています。

ーそして偶然にもこの9月、両オーケストラがシェフとともに、フランツ・シュミット「7つの封印の書」を取り上げます。このレアな曲が同じ9月に上演されると知ったときは、どう感じましたか?
西川 ウェブサイト(近日公開予定)に“惑星直列並みの珍事”と書きましたが、見た時は本当にひっくり返りましたね(笑)。しばらくは事務局もみんなショックを受けて、どうしよう…という状態でした。確か私たちが発表した1週間後くらいに東響さんも発表されて。
廣岡 はい、我々もひっくり返りました(笑)。
ヴィオッティは、知ったときこそ驚いていましたが、「昨今ウィーン以外での実演が少ないこの曲が、この短期間で異なるオーケストラ・指揮者で演奏されるのは、世界をみても東京だけ。これはとても価値のあり、尊敬すべきことです。日本のクラシック音楽界は本当に凄い」と喜んでいました。

西川 珍しいプログラムを取り上げてこういうことが起きるというのは、これまでにも稀にありましたが……時代や社会の雰囲気の中で無意識の何かが選ばせているんでしょうかねぇ。
廣岡 今はこういう曲をやるべきという流れがあるのかもしれませんね。このオラトリオはよく知られている通り、ウィーン楽友協会125周年の委嘱作品です。我々は80周年を迎えるにあたって、時代背景も考えると華やかで浮かれた曲をやるのではなく、何かを考えるきっかけになる作品をということで、ヴィオッティに提案しました。
西川 私たちの場合は、以前からルイージが任期中に自分の重要なレパートリーであるシュミットを取り上げたいと言っていて、これまでにも交響曲第2番(※コロナの影響により指揮は沼尻竜典)、第4番を取り上げました。そのため第2000回定期の曲目を決めるファン投票を行った際には「7つの封印の書」も候補に入れていたなか、その時は予想通りではありましたが、マーラーの「千人の交響曲」が選ばれました。ただ、ここで選ばれなくても次の何かのタイミングでやろうと決めていて、100周年のこの機会に取り上げることになりました。
廣岡 ルイージさんはシュミットもたくさん振っていらっしゃいますし、「7つの封印の書」の経験もおありなので、成熟した表現が期待できるでしょう。一方のヴィオッティはまだ36歳ですし、合唱で歌ったことはあるそうですが、初めて指揮する作品だからこそ、新鮮なアプローチによる演奏が期待されます。
この作品はすごく難しく聴こえるかもしれませんが、スコアを見ると、和声に独特なものはあるけれど複雑ではなく、とてもシンプルに書いてあるので、音楽の流れにもいろいろな表現の選択肢があると思います。指揮者によって全く違う演奏になるでしょうね。

西川 せっかくの機会ですから、聴き比べて両方の良さを見つけてほしいですね。歌手の人選はヴィオッティさんの提案ですか?
廣岡 それもありますし、私たちからの提案もあります。
西川 すばらしいですね。うちはヨハネと神の声以外は、日本のオーケストラなので日本の歌手から選ぼうということで、オーディションで決めました。
廣岡 ソリストはもちろん、合唱団の特徴も違いますし、それぞれのホールでオルガンも違いますから、いろいろな面で聴き比べができそうですね。
最初は曲が重なったことについて、なんでこんなことが起こるんだ!と思いましたけれど、だからこそ、より一層それぞれにいい演奏をしないわけにいかない、自分たちにできる最高を見せなくてはという意識になっています。一緒に盛り上げていくのが一番ですよね。
西川 そうですね!……万が一具合の悪い楽員さんが出たりしたら、いつでも対応できるのではないかと(笑)。
廣岡 ありがとうございます(笑)。それじゃあ逆に我々も対応できるように早めに仕上げておくようにしないと!

ー「7つの封印の書」を初めて生で聴く方も多いと思います。会場で聴いてこその魅力を最後にお聞かせください。
廣岡 まずはとにかく豪華ですよね。ソリストがいて、合唱とオルガンも入るという、オーケストラの総合芸術の醍醐味を味わえると思います。また20世紀前半のウィーン独特の退廃的なロマンティシズムが漂う場面もあれば、「ヨハネの黙示録」ならではの強いメッセージやストーリー性も感じ、バランスよく組み立てられているので、 1時間45分の大曲でも短く感じるでしょう。
西川 スケールの大きな作品ほど、その場でその空気に触れないと体験できないものがあると思います。放送ではやっぱり味わえないものがある…… NHK交響楽団としてこんなことを言うとまずいのかもしれませんが(笑)。
そして、戦争、飢餓、救済など、音楽だけで何が示唆されているのかがすぐにわかる作品なので、初めて聴いても十分に楽しめると思います。悲惨な場面がたくさん出てきますが、最後は救済が訪れるので、聴けば「希望を失うな」というメッセージを受け取ってもらえると思います。
廣岡 最後はとても美しい盛り上がりを見せて閉じられます。コンサートではいろいろなドラマを感じた末、最後に余韻みたいなものが残ると思うのですが、それが悪いものではないということが、聴いてくださったみなさん、特に若い方々にとって、今の世の中に希望を託すことにつながるといいなと思いますね。 AI やテクノロジーがますます進歩する現代に、生の世界の良さ、音楽の必要性を感じていただけたらと願っています。

N響100年特別企画|フランツ・シュミット《オラトリオ「7つの封印の書」》
2026年9月定期公演Aプログラム(第2069回)
2026.9/12(土)18:00、9/13(日)14:00 NHKホール
出演
指揮:ファビオ・ルイージ
ヨハネ(テノール):ミヒャエル・ラウレンツ
神の声(バス):ダーヴィト・シュテフェンス
ソプラノ:迫田美帆
メゾ・ソプラノ:藤井麻美
テノール:伊藤達人
バス:加藤宏隆
オルガン:新山恵理
合唱:新国立劇場合唱団
合唱指揮:冨平恭平
問:N響ガイド 0570-02-9502
https://www.nhkso.or.jp
《東京交響楽団創立80周年記念》シュミット:オラトリオ「7つの封印の書」
第745回 定期演奏会
2026.9/19(土)18:00 サントリーホール
問:TOKYO SYMPHONY チケットセンター044-520-1511
https://tokyosymphony.jp
ミューザ川崎シンフォニーホール×東京交響楽団×ロレンツォ・ヴィオッティ
フランツ・シュミット:オラトリオ「7つの封印の書」
2026.9/21(月・祝)14:00 ミューザ川崎シンフォニーホール
問:ミューザ川崎シンフォニーホール044-520-0200
https://www.kawasaki-sym-hall.jp/7siegeln/
出演
指揮:ロレンツォ・ヴィオッティ
テノール(ヨハネ):マキシミリアン・シュミット
バス(神の声):フランツ=ヨゼフ・ゼーリヒ
ソプラノ:クリスティーナ・ランツハマー
メゾソプラノ:カトリオーナ・モリソン
テノール:パトリック・グラール
バスバリトン:クレシミル・ストラジャナッツ
オルガン:大木麻理
合唱:東響コーラス
合唱指揮:冨平恭平

高坂はる香 Haruka Kosaka
大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動。雑誌やCDブックレット、コンクール公式サイトやWeb媒体で記事を執筆。また、ポーランド、ロシア、アメリカなどで国際ピアノコンクールの現地取材を行い、ウェブサイトなどで現地レポートを配信している。
現在も定期的にインドを訪れ、西洋クラシック音楽とインドを結びつけたプロジェクトを計画中。
著書に「キンノヒマワリ ピアニスト中村紘子の記憶」(集英社刊)。
HP「ピアノの惑星ジャーナル」http://www.piano-planet.com/

