この秋、N響と東響が相次いで取り上げる“知られざる大作”

文:奥田佳道
この劇的にして絵画的なオラトリオを初めて聴く音楽好きも、すでに体感している方も、曲の最初と最後に響く鮮やかなモティーフ(動機)に驚く。ホルン、木管楽器、弦楽に注目だ。
繰り返される「ド・レ・ソ・ファ(C-D-G-F)」の音型。モーツァルトの交響曲第41番ハ長調「ジュピター」の終楽章の主役「ド・レ・ファ・ミ(C-D-F-E)」音型、通称ジュピター・モティーフを思い浮かべる方もいらっしゃるかも知れない。ちなみにモーツァルトの4音はグレゴリオ聖歌に基づくモティーフで、彼の作品のここぞという場面に織り込まれているほか、サン=サーンスの交響曲第3番「オルガン付き」にも顔を出す。ブラームスの交響曲全4曲の調性がこの4音だ、などという素敵な空想も許される。
いっぽう、フランツ・シュミットの「ド・レ・ソ・ファ」音型に特に愛称はない。そもそも知られていない、か。
しかし、2026年9月の競演を契機に「封印のモティーフ」「黙示録を導くモティーフ」と呼んでも、フランツ・シュミット博士は怒ったり呆れたりしないのではないか。
曲は、ウィーン楽友協会合唱団の演奏を前提に1937年に完成した。同年は、1812年に産声を上げた楽友協会の創立125年を寿ぐアニヴァーサリーイヤーでもあった。この記念年に、ウィーン楽友協会の小ホールが正式に「ブラームスザール」と命名される。
そしてオーストリアが、国民社会主義ドイツ労働者党NSDAP(ナチス・ドイツ)率いるドイツ帝国の「州」(その後帝国の大管区)に併合された1938年の6月に、オズヴァルト・カバスタ(1896~1946)指揮ウィーン交響楽団、楽友協会合唱団により楽友協会大ホールで初演される。1937/1938年シーズンの白眉、楽友協会創立125周年祝祭シーズンの華だった。

フランツ・シュミット「7つの封印の書」は『ヨハネの黙示録』を題材としており、この木版画には、第6章で第一から第四の封印が解かれた際に現れる四騎士(征服・戦争・飢饉・死)が、人々に災厄をもたらす様子が描かれている。
Source: The Metropolitan Museum of Art (The Met Open Access, CC0)
昔話を少々。早40年前のウィーン留学中、時間を見つけては楽友協会のアルヒーフ(古文書資料室)や国立図書館に通い詰め、コルンゴルト、ツェムリンスキー、そしてフランツ・シュミットの資料や演奏記録を漁ったが、そこで出逢った博士や教授たちが「7つの封印の書」について、異口同音に「これはウィーンの音楽」と語っていたことを思い出す。
当時は何も知らなかった。ウィーン大学の教授や楽友協会の司書に「『7つの封印の書』は(題材は別として)20世紀のマタイ受難曲」「私たちの音楽」「あのハレルヤを知らないなんて」と力説されても、ピンとこなかった。ウィーン最高峰の音楽理論家・教育者のフランツ・シュミット博士が1937年に完成させた、きっと頭でっかちの現代音楽(失礼、ほんとうに失礼)、あるいは面白くない曲、と勝手に決めつけていた。
楽友協会のアルヒーフで目にしたフランツ・シュミットの自筆譜があまりにも「几帳面な筆致で整い過ぎていた」ことも、身勝手な先入観に輪をかけた。高価なスコアをすぐに買わなかった筆者が不勉強だった。
当方の無知ぶりに呆れた、かの地の要人が演奏記録を見せてくれた。NHK交響楽団で何度も聴き、ウィーン国立歌劇場ではワーグナーとリヒャルト・シュトラウスの重要な演目、とくに復活祭時の「パルジファル」を任されていた大好きなマエストロ、ホルスト・シュタイン(1928~2008)の十八番だった。シュタイン指揮ウィーン交響楽団、ウィーン楽友協会合唱団が1970年代以降、記録に遺らない依頼公演や教会での演奏を含めて何度も演奏していることを、ウィーン響のライブラリアンから教えてもらった。
やはりN響の常連だったハインツ・ワルベルク(1923~2004)も「何度も指揮しています。シンフォニカー(ウィーン交響楽団)やトーンキュンストラー管弦楽団の大切なレパートリーです。聴かれましたか?」と微笑みながら語ってくれた。

1975年から2008年までN響の名誉指揮者を務めた
写真提供:NHK交響楽団
シュタインの演奏を受け継ぐ形でタクトを執ったのがローター・ツァグロゼク(1942~)、レオポルト・ハーガー(1935~)、そして2026年9月の主役のひとり、N響首席指揮者ファビオ・ルイージ(1959~)である。我らがルイージの「封印」好きはウィーンでは有名だ。彼、この20年間にウィーン響だけでも3回指揮している。
マンフレート・ホーネック(1958~)、インゴ・メッツマッハー(1957~)といった実力者たちも、嬉々として「封印」のタクトを執っている。2000年春にはニコラウス・アーノンクール指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団も演奏。CD録音は大いに話題となった。2009年にはクリスティアン・アルミンク(1971~)も新日本フィルで指揮している。そして…。
バトンは、2026年6月にウィーン・フィル定期でツェムリンスキーの交響詩「人魚姫」に腕を揮い、シェーンブルン宮殿でのサマーナイトコンサート、それにウィーン国立歌劇場でのプッチーニ「三部作」で喝采を博したロレンツォ・ヴィオッティ(1990~)に受け継がれた。
いっぽう日本で初めて鳴り響いたのは1977年12月。声楽を交えた秘曲・大曲の紹介に情熱を傾けていた山口貴指揮フィルハーモニー合唱団で、オーケストラは東京交響楽団だった。山口貴はその後も指揮している。
時は移ろい、1996年3月、ドイツ語圏の要職や東京都交響楽団の音楽監督、そしてN響正指揮者を務めた若杉弘(1935~2009)が、日本アマチュアオーケストラ連盟から誕生したJAO東京オーケストラ、関屋晋(1928~2005)指揮晋友会合唱団を交えて「封印」を指揮した際、パンフレット冊子や宣伝のために何度もインタヴューした。
「ドイツやオーストリアの先輩や同僚たちが、よく言うのです。フランツ・シュミットの『7つの封印の書』を指揮することになった、と。つまりそういう曲なのです。僕の世代に役割が回ってきました。腕が鳴ってきています」

フランツ・シュミットはウィーンの中央墓地に眠っている。
メトロノームの形状を思わせる墓碑はデザインからして美しい。裸像の女神に手を添えられたフランツ・シュミット晩年の顔も浮かぶ。そして墓碑の下部には、ただ1874‐1939 IHREM EHRENMITGLIED DR.FRANZ SCHMIDT DIE WIENER PHILHARMONIKER(ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の名誉会員フランツ・シュミット博士)と刻まれている。
一言で申せば、新約聖書の最後の巻にあたる預言「ヨハネの黙示録」の世界を壮大な筆致で描いた「7つの封印の書」は、音楽の都ウィーンゆかりの指揮者、合唱団の人々にとって「少し前」に書かれたオラトリオの最高傑作なのだ。
くっきりと刻印される前述の4音モティーフ、ひたすら歌い続けるヨハネ役(テノール)、時に主役の座を奪う壮麗なオルガンソロ、終盤の主役「ハレルヤ」の大合唱に胸ときめく。
あのハレルヤの調べは、実は古き良き時代のウィーンの教会で歌われた「聖歌」でもある。
1938年に初演され、今日まで大切に受け継がれている「7つの封印の書」を体感しない手はない。
N響100年特別企画|フランツ・シュミット《オラトリオ「7つの封印の書」》
2026年9月定期公演Aプログラム(第2069回)
2026.9/12(土)18:00、9/13(日)14:00 NHKホール
出演
指揮:ファビオ・ルイージ
ヨハネ(テノール):ミヒャエル・ラウレンツ
神の声(バス):ダーヴィト・シュテフェンス
ソプラノ:迫田美帆
メゾ・ソプラノ:藤井麻美
テノール:伊藤達人
バス:加藤宏隆
オルガン:新山恵理
合唱:新国立劇場合唱団
合唱指揮:冨平恭平
問:N響ガイド 0570-02-9502
https://www.nhkso.or.jp
《東京交響楽団創立80周年記念》シュミット:オラトリオ「7つの封印の書」
第745回 定期演奏会
2026.9/19(土)18:00 サントリーホール
問:TOKYO SYMPHONY チケットセンター044-520-1511
https://tokyosymphony.jp
ミューザ川崎シンフォニーホール×東京交響楽団×ロレンツォ・ヴィオッティ
フランツ・シュミット:オラトリオ「7つの封印の書」
2026.9/21(月・祝)14:00 ミューザ川崎シンフォニーホール
問:ミューザ川崎シンフォニーホール044-520-0200
https://www.kawasaki-sym-hall.jp/7siegeln/
出演
指揮:ロレンツォ・ヴィオッティ
テノール(ヨハネ):マキシミリアン・シュミット
バス(神の声):フランツ=ヨゼフ・ゼーリヒ
ソプラノ:クリスティーナ・ランツハマー
メゾソプラノ:カトリオーナ・モリソン
テノール:パトリック・グラール
バスバリトン:クレシミル・ストラジャナッツ
オルガン:大木麻理
合唱:東響コーラス
合唱指揮:冨平恭平


