珠玉のフランス歌曲で感じる芳香
日本を代表するソプラノ森谷真理が、フランス・オペラのアリアを歌うとき、筆者が最も強く感じ取るのは「声の鮮やかな色合い」である。それは、鮮紅色とも呼びたいぐらいに強烈なもの。声の圧と心の情熱が、閃光となってこちらの心を貫いてくる。
一方、同じフランス語のレパートリーでも、森谷が歌うメロディ(フランス近代歌曲はmélodieと呼ぶ)には、声の色よりもいっそう強く届くものがある。それが「香り」なのだ。香水にもいろいろあるが、森谷が仏語をさらっと放つ場合にはシングルフローラルの爽やかさ、旋律にしっとり乗せたいときには香木系の高い薫りが漂うかのよう。女性に併存する乙女心と艶めかしさが、テクストの訴えかけに寄りそう形でシンボリックに表出するのが、名ソプラノならではの表現力なのだろう。
この5月、「言霊 Vol.1」と銘打つ彼女のリサイタルでは、名ピアニストの山田武彦とともに、フランス象徴主義を代表する3名の詩人による歌曲集を取り上げるとのこと。都会的なアンニュイさを有するボードレール(ドビュッシー「ボードレールの5つの詩」)、実人生は破滅的でも詩句は清々しくロマンチックなヴェルレーヌ(フォーレ「優しき歌」全9曲)、完璧を求めて深遠な境地を拓いたマラルメ(ラヴェル「ステファーヌ・マラルメの3つの詩」)と3作それぞれの世界観が展開するなかで、「声の芳香」が客席を自然に包み込むひとときを、じっくりと味わってみたい。
文:岸 純信(オペラ研究家)
(ぶらあぼ2024年5月号より)
2024.5/31(金)19:00 王子ホール
問:王子ホールチケットセンター03-3567-9990
https://www.ojihall.jp