ルービンシュタイン・コンクール 入賞者と審査員に聞く その2 審査員 小川典子さん

2023 高坂はる香のピアノコンクール追っかけ日記 from テルアビブ 10

text:高坂はる香

 日本人として審査員をつとめた小川典子さん。世界のさまざまな国際コンクールで審査員をつとめ、さらに来年秋に開催を控える浜松国際ピアノコンクールの審査委員長でもある小川さんは、今回のルービンシュタイン・コンクールの課題や審査の内容を、特別な気持ちで見ていらしたようです。結果発表翌日の朝、レセプションでお話をうかがいました。

ルービンシュタイン・コンクールの審査員たち

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── 長い審査、お疲れさまでした。印象はいかがですか。

 ファイナルが長くて、正直、相当混乱しました。室内楽、二つの協奏曲と、どこまで細分化して見ていけばいいのかと思うと、比べられなくなってしまって。まるでピアニストの耐性を試しているかのような面も感じていました。

 最終的には、私は他の審査員の先生方とまったく違う投票をしていたようです。あまりにもインテンスな内容になっていったので、ただただ素直な音楽を求めるようになっていたのだと思います。

── 今回、審査員の間では採点はオープンになったのですか?

 なっていないので、他の方の評価はわかりません。ディスカッションもしていないので、他の先生方が何を考えていらっしゃるかもわからないのですが、ただ、1位はわりとすんなり決まったようです。

小川典子さん ©︎Haruka Kosaka

── 1位のケヴィン・チェンさんの印象はいかがですか? 

 チェンさんの技術は、本当にすごいですね。どんな曲も怖いものなしで何でも弾きこなせるし、音にも磨きがかかっていて、すばらしいと思います。

── 2位のギガシヴィリさんはいかがでしょう? お客さんからとても人気で、今回はこのタイプもコンクールで評価されたのだなと思いました。

 それはそうでしたね。ああいった個性的なタイプが評価されるのはとても良いことだったと思います。彼の場合は、非常に個性的だけれど自分を信じて弾いているから、演奏に説得力がありました。取ってつけたようには感じられず、自分はこうなんだというものを、全てのステージを通して感じました。それに、他の演奏家とコラボレーションすることもうまかったですね。あの個性でも、共演者を自分の道に引き込んでいく力を持っています。

── 1位と2位は、とてもキャラクターの違う二人でしたね。

 そうですね、お二人ともとてもすばらしかったです。ただ、これからどうなっていくのかわからないところも少し感じます。チェンさんは、どこか壊れやすそうなものを感じますし、ギガシヴィリさんは、どこまで尖っていくのだろうかということを考えました。

── 3位の黒木雪音さんの印象はいかがでしたか?

 とても土台のしっかりした音楽を持っていて、洗練されています。タッチや音色がきれいですし、どんな曲も楽々と、楽しそうに弾いているところがとても良かったと思います。彼女も他の演奏家とのコラボレーションがうまく、協奏曲も室内楽もごく自然にぴったりとあっていました。順位は3位でしたが、人気もあったし、演奏活動のオファーがたくさん来ると思います。

古典派コンチェルト賞を受賞し、アリエ・ヴァルディ審査委員長から祝福を受ける黒木雪音さん

── ファイナリストの中で小川さんの印象に残ったのは、どなたですか?

 黒木さんと、あとはアルベルト・フェロさんが好きでしたね。

 このコンクールを聴いているうちに、私もだんだん追い詰められてきたところがあって、フェロさのようにすんなりと弾いてくれる方を求めるようになっていたのかもしれません。最初から最後まで奇をてらうことがなかったのが、最終的にすごく新鮮に映ったのだと思います。

 エリア・チェチーノさんは、ファイナルで少し緊張が出てしまったのがかわいそうでした。最近いろいろなところで聴かせてもらっていますが、すごくよく弾ける子なので、次のコンクールには全レパートリーをしっかり磨いて臨んでほしいと思います。

 パク・チェヨンさんは、自分の個性をよく知っているなと思いました。1次予選から選曲も気が利いていましたし、血の中に熱いものがあるというか、音楽づくりが熱を帯びているところに好感を持ちました。

── パクさんは1次予選で韓国出身の女性作曲家、ウンスク・チン Unsuk Chinさんの作品を演奏していましたね。

 あの演奏には説得力があったし、作品も良かったので、非常に印象に残りました。いい戦略だったと思います。

── 2次予選でタロン・スミスさんが自作の「24のプレリュード」を演奏していましたが、こういう場合、審査員の先生たちはどのように評価をするのでしょう?

 すごくおもしろい才能だとは思いましたが、やはりご自身の曲をお弾きになるのなら、作品が相当優秀なものでないと難しいだろうと思いました。あのタイプの作品なのであれば、もう少し短くてもよかったかもしれません。

── 作曲のセンスとピアニストとしての才能は別ものかとも思いますが、自作曲がよければ評価に繋がることもあるのですね。

 あると思います。ただ、他の方がプロコフィエフ、バルトーク、ラフマニノフを弾いているなか、自作を30分も弾くなら、相当凝った曲でないと勝負できないとは思います。

── 今回のコンクールを見ていて、ピアニスト側としても、コンクール側としても、結局、どんなバランスでなにを目指したらいいのか考えるよなぁ…ということを思いました。

 そうですね、ピアノコンクールというものはどこまで成長していくのだろうと考えてしまいました。テストするものが多すぎて、スポーツのオリンピックのような方向に進んでいる気がします。

 次回の浜松のコンクールはこれまで通りのスタイルを崩さないで行う予定ですが、それはそれで、ちゃんとした才能が浮かび上がってくるのではないかと思っています。

高坂はる香 Haruka Kosaka
大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動。雑誌やCDブックレット、コンクール公式サイトやWeb媒体で記事を執筆。また、ポーランド、ロシア、アメリカなどで国際ピアノコンクールの現地取材を行い、ウェブサイトなどで現地レポートを配信している。
現在も定期的にインドを訪れ、西洋クラシック音楽とインドを結びつけたプロジェクトを計画中。
著書に「キンノヒマワリ ピアニスト中村紘子の記憶」(集英社刊)。
HP「ピアノの惑星ジャーナル」http://www.piano-planet.com/