ルービンシュタイン・コンクール 入賞者と審査員に聞く その1

2023 高坂はる香のピアノコンクール追っかけ日記 from テルアビブ 9

ファイナリストたち

text:高坂はる香

 ここから、入賞者や審査員のお話を紹介していきます。
 まずは優勝したケヴィン・チェンさん、そして第2位のギオルギ・ギガシヴィリさん。それぞれにまったく異なる個性の持ち主ですが、その音楽の違いは、この短いインタビューからも伝わってきます。第3位の黒木雪音さんには、結果発表前にたっぷりお話を聞きましたので、またのちほど。そして、審査委員長のアリエ・ヴァルディ先生にも、この異なる個性を持つ入賞者たちをそれぞれどう評価したのか、お話をうかがいました。

第1位 ケヴィン・チェンさん

── 昨年秋にジュネーヴ・コンクールで優勝してから5ヵ月ほどたった後のこのコンクールでしたが、あの優勝以来、ご自分の中での変化は感じますか?

 そうですね…。あまりわからないですが、今この瞬間もまだ成長過程だとは思っています。この優勝は僕にとって、とても大きな出来事で光栄だし、みんなが僕の演奏を楽しんでくれたことがとても嬉しいです。

── リサイタルもそれぞれの舞台が印象的でした。ショパンのエチュードOp.10は鮮やかで、審査員がうらやましがるんじゃないかと思ったほどですが。

 いえいえ、審査員の先生方はすばらしい伝説的なピアニストばかりですから、そんなことはないはずです!

── もちろん冗談ですよ。コンクールでこのエチュードを弾こうと思ったのは?

 小さなキャラクターピースの集まりで、自分の音楽性を見せたいと思ったからです。ショパンのエチュードはテクニックを練習するための練習曲ではなく、それ以上のものだと思います。それが伝わったらいいなと思いながら演奏しました。

Kevin Chen


── ファイナルでは、ジュネーヴで弾いたショパンの協奏曲とまったく違うキャラクターのチャイコフスキーのピアノ協奏曲1番を選んでいました。弾いている時はどんなことを考えていましたか?


 ショパンとチャイコフスキー、どちらもとても好きな協奏曲です。演奏しているときは、なんでしょう…、音楽のことばかり考えていたような気がします。チャイコフスキーのこともハッピーにできていたらいいなと思いますけど(笑)。

── 最後に、どんなピアニストを目指していきたいか、または音楽家として大切にしている精神のようなものがあれば教えてください。

 どういうピアニストになりたいかは、これからも変わっていくことだからわからないけれど…。大切にしているのは、誠実さを保つこと、自分に正直であり、真の自分であり続けることです。僕は誰かの真似をしたいとは思いませんし。自分の芸術で人々を幸せにすることができれば、僕も幸せです。

第2位 ギオルギ・ギガシヴィリさん

── 2位に入賞して、ご気分は?

 とてもいい気分ですし、とても興奮していますし、とても感謝しています。聴衆のみなさんが私に愛情を示してくれたので、まずは聴衆に、そして審査員にも感謝しています。ファイナリスト6人は、みんながWinnerだと僕は思います。他の5人全員にも感謝しています。

Giorgi Gigashvili

── あなたにとっては2度目のルービンシュタイン・コンクールでしたね。このコンクールにまた戻ってきて挑戦するのは、どんな気持ちでしたか?

 前回のときはまだパンデミックの影響があり、ロックダウンのなか録音をするなど大変な状態で、また2次予選までは音源の審査で僕はここにきていないので、あまり戻ってきたという感じはないのです。でも、このコンクールは子どもの頃から憧れていて、いつか参加してみたいと思っていたので、夢が叶ったという感じです。

── 子ども時代はどんなふうに育ったのですか? とてもクリエイティヴな方なので、その感性はどうやって育まれたのかなと。

 そうですね、僕は4歳から歌手だったから、その影響はあるかもしれません。ピアノを始めたのはそのあとでした。今は、歌は趣味のような感じになりましたが、やっぱり歌っていますよ。

── なるほど、あなたの演奏があのような表現である理由がちょっとわかりました。あと、ファイナルのプロコフィエフの3番もおもしろい演奏でしたね。

 もうね、あれは僕なんです。プロコフィエフは僕なんです、僕! 彼の作品を弾いていると自分を感じます。ものすごく素晴らしい気持ちになって、どこまでも自由になれるんです。選曲はいつも、コンクールのためではなく自分のため、自分が好きな作品を選ぶということを一番大切にしています。そういう作品を弾いていると、感情を込めずにいられません。自然とあのような演奏になるのです。

審査委員長 アリエ・ヴァルディさん

── 18歳の優勝者、ケヴィン・チェンさんの印象はいかがですか? 彼はどんな才能なのでしょうか?

 彼はとてもすばらしい能力を持ち合わせています。1次予選、2次予選、室内楽、クラシカル・コンチェルト、そしてチャイコフスキーの協奏曲と、どれもレベルが高く、とても自然でした。彼は何かをアピールしようとか、特別なことをしよう、変わったことをしようということをまったく考えていませんし、聴衆に媚びるようなこともしようとはしません。ただひたすら、驚くべき完成度と繊細な感性を持った、自然なピアニストだと思いました。それこそがそのまま、彼の個性といういうべきものになっているのです。

左より ヨヘヴェト・カプリンスキー、カタジーナ・ポポヴァ=ズィドロン、アリエ・ヴァルディ

── 一方、2位のギオルギ・ギガシヴィリさんは、聴衆にものすごくうけるタイプのピアニストですね。

 そう、正反対のピアニストです。聴衆からとても人気があり、エネルギーに満ち、熱意にあふれている。私は2人とも大好きです。比較するなんてほとんど不可能なことですが、審査員は決断を下さなければなりませんでした。そして最終的にこのような結果となったことを、私はうれしく思います。このコンクールでは、2位にもとても価値がありますから。

── 最初から今回のコンクールにはどこか、エキセントリックVSコンサバティヴみたいな雰囲気がありましたね。

 そうですね、両方のタイプが共存していておもしろかった(笑)。

── 日本の黒木雪音さんの印象はどうでしたか?

 また、まったく違うタイプで、すばらしいと思いました。彼女の演奏は滑らかで、女性的で、とても魅力的なものがあります。心から出てくるとても自然な音楽で、そのうえ自分自身を驚くほどコントロールできている点で優れたピアニストです。

── それでは最後に、ヴァルディ先生の心を動かすのは、どんなアーティストですか?

 それはとてもシンプルです。私を微笑ませてくれる人。そして涙させてくれる人。それだけです。

高坂はる香 Haruka Kosaka
大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動。雑誌やCDブックレット、コンクール公式サイトやWeb媒体で記事を執筆。また、ポーランド、ロシア、アメリカなどで国際ピアノコンクールの現地取材を行い、ウェブサイトなどで現地レポートを配信している。
現在も定期的にインドを訪れ、西洋クラシック音楽とインドを結びつけたプロジェクトを計画中。
著書に「キンノヒマワリ ピアニスト中村紘子の記憶」(集英社刊)。
HP「ピアノの惑星ジャーナル」http://www.piano-planet.com/