松永ゆい(クラリネット) 大井健(ピアノ)
ライブ配信が仕事になる オンラインで生まれる演奏家の新たなステージ Vol.6

人との繋がりを通じて報酬を得る。
Pocochaで見出したプロの演奏家としての理想像とは

ライブ配信を通じてライバー(配信者)とリスナー(視聴者)が交流するライブコミュニケーションアプリ「Pococha」が、演奏家たちにとって新たなパフォーマンスの場として注目を集めている。この企画では全6回シリーズとして、ぶらあぼでもお馴染みのアーティストをインタビュアーに迎え、ライバーとして生きる演奏家との対談が実現! 最終回となる今回はテレビ・CM出演や著書も出版するなど幅広く活動するピアニスト大井健が再び登場し、Pocochaでも珍しいクラリネット奏者として活躍するライバー、松永ゆいと対談。〈演奏 × 配信〉にはいったいどんな可能性が秘められているのか。配信の世界を徹底解剖します!
左:大井健 右:松永ゆい

先輩に誘われて出逢えたクラリネット

大井 本連載にて2回目の登場ですので今回は質問する側に徹して、いろいろとお聞きしたいと思います。まずはクラリネットとの出会いから…

松永 中学の時に吹奏楽部をのぞいたら、初めましての先輩に「クラリネットやらない?」って誘われて。それまでは童謡の「クラリネットをこわしちゃった」とか民謡の「クラリネット・ポルカ」のイメージで明るいおもちゃみたいな楽器だと思っていたら、木のぬくもりが感じられるあたたかみのある素敵な音色で「やります!」って(笑)。音を出すまでが大変でしたが、その簡単じゃないところが逆に面白くて、学校の備品じゃ満足できなくて親に頼んで自分の楽器を買ってもらい、部活が終わってからも毎日吹いていました。先生も大好きで憧れの存在だったので、自分も将来は吹奏楽部の顧問になりたいと思って、先生と同じ武蔵野音楽大学に附属高校から進学を決めました。

大井 運命の出会いだったのですね。自分も“音高”からなんです! クラリネットは人数少なかったでしょう?

松永 はい、各クラスにひとりずつしかいませんでした。でも高校生活は楽しかった…体育はケガをしないように“音高”らしい授業で驚きましたけど(笑)。3年生の文化祭でオリジナル演劇をクラスごとに創作したのも良い思い出。ふだんソロ演奏ばかりだったので、ひとつの作品をみんなで作りあげた喜びは特別なものでした。

大井 大学になると、外からの進学組で人数も増えるので賑やかになりますよね。

松永 私の学年は特に多くて、一気に20人に増え「やったー! これでクラリネットだけのアンサンブルもできる」って喜びました。印象に残っている経験は、ある試験でクラリネットの試験官が1人しかおらず、打楽器の先生にリズムのことを指摘されたり、声楽の先生には「派手な曲をただ派手にしか吹けないの?」って言われて採点が厳しかったりしたこと。それからはクラリネット奏者としてのテクニックを磨くのはもちろん、どうやったらクラリネットに馴染みのない人の心を掴めるんだろうって意識するようになりました。それと、4年生の時にクラリネット・オーケストラの演奏会を企画したらみんなが参加してくれて、無事に成功させることができたことも忘れられません。師事していた先生が主催しているTCCPの楽譜をお借りしました。中でも印象に残ってるのが「髭ボレロ」という曲中で、ラヴェルの「ボレロ」が途中からチャルメラに変わるようなコミカルな楽曲ばかりを演奏しました。

大井 面白そう! ちなみにご自身が聴衆として体験したなかでいちばん感動した演奏会は?

松永 敬愛するスウェーデン人のクラリネット奏者マルティン・フロストが2012年の2月に来日して、読売日本交響楽団とフィンランドの現代作曲家カレヴィ・アホのクラリネット協奏曲を日本初演した公演です。彼のCDを買って何度も繰り返し再生したり、師事していた先生にお願いして楽譜を取り寄せてもらう程の大好きな作品だったので、生で聴いたら涙が止まりませんでした。

大井 いいですね。

演奏家としての進路

大井 大学卒業後はどんな活動を?

松永 大学時代からオーケストラの奏者になる道は考えてなくて、クラリネット・アンサンブルの演奏が楽しかったので、卒業後は1年生の頃から組んでいた4人のユニットの活動を本格化して、吹奏楽のエキストラ演奏の仕事をいただいたりしてフリーで活動していました。もともと自分でいろんなことを企画して「こういうのやってみない?」ってみんなを巻き込むのが得意なんです。それから、そもそも吹奏楽部の顧問になりたくて音大に入ったくらいだから人に教えたりするのも好きで、個人レッスンの教室も始めました。

大井 それがコロナ禍で一変しましたよね!

松永 公演もなくなりレッスン・スタジオが閉鎖されて途方に暮れました。それから緊急事態宣言が発令されるって聞いて、これはどうにかしなきゃと思って、先輩でライバーをやってる方の事務所に相談しました。Pocochaのことは知っていましたが、綺麗でトークがうまい人じゃないとやっていけないんだろうなって勝手に思って、ずっと迷っていたので。

大井 大変な時期でしたよね。相談した結果、Pocochaを始められたのですね。

松永 はい、すぐに。最初の緊急事態宣言が発令された2020年4月7日の2日後あたりからスマホひとつで思いきってスタートしたんです。初めの頃は楽譜見ながら演奏して…コメント見て…アイテム(*1)のお礼を言って…と右往左往。演奏を目当てに聴きにきてくださる人もいれば、「クラリネットって何?」って興味を持って覗いてくださる方もいて、いろんなリスナーさんがいるんだなって驚いたりして。それで毎日配信を続けているうちに気がついたら楽しくなっていて。家にいて独りで練習しているよりよっぽど楽しい! みんなに演奏を聴いてもらえるし会話もいっぱいできる。知らない曲もたくさん教えてもらって勉強にもなるし、最高!って。

*1 アイテム
配信中にリスナーがライバーを応援するために使用するデジタルコンテンツのこと。
アイテムを使用することで配信・視聴中の画面に様々なエフェクトを発生させることができ、配信を盛り上げることができる。

大井 松永さんにぴったりのアプリだったんですね。当時楽器を弾いているライバーさんっていましたか?

松永 私が始めた時、クラリネットを演奏している人は知っている限り誰もいなかったです。サクソフォンの人はいたので、勉強のためにいっぱい覗いてみました。とにかく管楽器の人って口が塞がっている間はどうやってるんだろうって…ヴァイオリンの人とかは弾きながらお喋りできるけど。

大井 確かに管楽器の人はどうやってるの?

松永 2パターンあって、弾くのを完全にストップさせてそのつど対応している人と、ある程度弾いてからまとめて返す人に分かれます。私も両方試してみたのですが、演奏を途中でやめて喋りだしたらそのまま止まらなくなってしまって、これはダメだなって(笑)。それ以降、私は長い休符や曲が終わってからすべて反応するようにしています。

Pocochaライバーとして、生の演奏にも工夫が生まれる

大井 生の演奏会と配信でいちばんの違いは?

松永 生と配信の違いというより、私の場合はクラシックの曲とポップス曲とで区別して考えています。というのもクラシックの曲を演奏している時は、みんな静かに聴いてくれるので、弾く側の気持ちとしては生演奏とあまり変わらない。今ではクラシック曲を配信で演奏するのは特別な日やイベント中と決めていて、それ以外は基本的にPocochaではポップスを演奏しています。

大井 では生の演奏会はクラシックが多いのですね。

松永 いろんな考え方があると思いますが、Pocochaのリスナーの方がチケット買って会場まで聴きに来てくださる曲は配信しないようにしています。生でしか聴けないのを楽しみにしてほしいから。

大井 なるほど。では、あえてPocochaでクラシック曲を配信するメリットとは?

松永 会場でのアンケート結果とかよりも、リスナーの素直な気持ちがダイレクトに伝わってくるのがいい。「へえ、みんなこの曲に対してそんなこと思ってるんだ」とか…すごく参考になります。それにその場で「じゃあこの曲はどう?」ってお互いにやりとりができるのも素晴らしいと思います。

大井 クラシックやポップスという、色々なジャンルの音楽を配信するにあたって、マイクなど音響の面でのこだわりは?

松永 始めた時に普段レコーディングの仕事をしている人に相談しました。クラシックだけじゃなくてポップスも演奏することを伝えて、最適な機材などを教わりました。やはり音楽配信の場合そこはおざなりにはできませんよね。

大井 そうですよね。コロナ前に比べてオンライン配信の文化が広がってきたと思うのですが、やっぱり食べていかなきゃいけないじゃないですか。ズバリ、演奏家にとってPocochaは、続けたいと思えるマネタイズできる仕組みになっているのでしょうか?

松永 たとえリスナーからアイテムがもらえなくても、配信するだけで時間に応じて報酬をもらうことが可能なのは良い仕組みだと思います。でもやっぱり、アイテムって私の演奏に対して満足してもらえた証だから、いただくと素直に嬉しい。報酬アップに繋がる応援ランクも、上がればリスナーはまるで自分のことのように喜んでくれて励みになる。ファン・コミュニティの「ファミリー」を通じて深い交流の場が生まれ、人との繋がりを通じて報酬が得られるのって、プロの演奏家として理想かもって。

大井 特にクラシックの演奏家って一定のファンが付くまでがたいへんで、そのための手段がこれまではコンクールで優勝するかCDを出すかしかなかったから…Pocochaはいいね! 魅力を持った演奏家が埋もれないで力を発揮できるのがいい。

松永 本当に皆さんにお薦めします。とりあえずダウンロードしてみませんか?って(笑)。

大井 では最後に…松永さんの今後のライバーとしての夢を教えてください。

松永 すべての演奏家にとって「ライバー」っていう言葉が特別じゃなくもっと身近なものになるように、広くいき渡らせることでしょうか。例えば音楽大学とかに普通に「ライバー」向けのカリキュラムがあってもいいと思います。マイクの効果的な使い方とか配信のテクニックが学べるような。

大井 いいですね。その時はぜひ、講師として教壇に立ってくださいね。

協力:Pococha
構成:東端哲也
撮影:市川広宝

松永ゆい(クラリネット)

武蔵野音楽大学附属高等学校及び同大学卒業。
学内選抜ウィンドオーケストラ及び卒業演奏会に出演。
読売クラシックらぶ主催「真夏の夜のコンサート」出演。他多数演奏会企画及び出演。
第9回クラリネットアンサンブルコンクール 第1位及びザ・クラリネット賞受賞。
2017年、2019年グラーツ春期国際現代音楽アカデミー、2018年ダルムシュタット夏季国際現代音楽アカデミーにてE・モリナーリ氏に現代音楽を受講。
クラリネットを三倉麻実、十亀正司の両氏に師事。現在アンサンブルを中心に都内で演奏をする他後進の指導にあたる。

大井健(ピアノ)

幼少期に渡欧しメンデルスゾーンの子孫の下で研鑽を積む。
2015年『Piano Love』(キングレコード)でメジャーデビュー。セカンドアルバムでビルボードランキング1位を記録。
ソニー『Xperia』のTVCMに出演。2020年『Piano man』(集英社)を発表。2021年に最新アルバム『reBUILD』をリリース。
演奏の他、執筆、講座など活動は多岐にわたる。
(株)イープラスパートナーアーティスト。オンラインサロン「PianoLabo」主宰。ピアノスクール「PianoRoom」代表。
https://www.takeshioi.com/

ライブコミュニケーションアプリ「Pococha」

ポコチャ(Pococha)とは、株式会社ディー・エヌ・エーが運営するライブコミュニケーションアプリです。一般の方からモデル、歌手まで、様々な個性溢れるライバーたちが毎日配信中。いつでも気軽に視聴・配信を楽しむことができます。
熱く応援してくれるファンに出会える、アットホームなコミュニティ・プラットフォームとして、ライバー・リスナーの両者にとって居心地のよい場を提供しています。
2022年12月末時点で日本国内で累計456万以上ダウンロードされています。

https://www.pococha.com/ja-JP