世界遺産 法隆寺で“夢”のオペラが開催中!

ジャパン・オペラ・フェスティヴァル 2023 法隆寺公演
野外オペラ「トロヴァトーレ〈吟遊詩人〉」

取材・文:編集部
写真提供:さわかみオペラ芸術振興財団

真紅に染まる法隆寺 大講堂

 5月18日、世界最古の木造建築、法隆寺でオペラが上演された。4年ぶりの開催となるジャパン・オペラ・フェスティヴァル。さわかみオペラ芸術振興財団が中心となり、日本の歴史的建造物を舞台の借景とし、イタリアからトップレベルの歌手とオーケストラを招聘、これまでに姫路城、平城京大極殿、熊本城、名古屋城で野外オペラ公演を行ってきている。

 今回の演目は《イル・トロヴァトーレ》。ジュゼッペ・ヴェルディ中期の傑作で、引き裂かれた兄弟を中心に展開する男女の愛、家族の絆が描かれた愛憎渦巻く復讐劇だ。指揮を務めるのは、同財団の芸術監督 吉田裕史。オーケストラはモデナ・パヴァロッティ歌劇場フィルハーモニー、合唱はヴェローナフィルハーモニー合唱団とさわかみオペラ選抜合唱団。この公演のために総勢およそ120人がイタリアからやってきている。また、オーケストラには演奏協力としてさわかみオペラオーケストラから15人が出演しているが、モデナ・パヴァロッティフィルの首席クラスがオーディションを実施、選抜されたメンバーがイタリアまで行ってリハーサルに参加している。同財団は「日本にオペラ文化を広め、多くの人に『感動』とともに『心の贅沢』を味わっていただきたい」というモットーを掲げているが、海外からの招聘に加え日本人音楽家の育成まで行なっているところにこのプロジェクトに懸ける意気込みが伝わってくる。

 上演にあたり大講堂、金堂、五重塔に囲まれた法隆寺 西院伽藍の中心部にステージと客席が設営された。大講堂の前面いっぱいに組まれた舞台は全幅およそ36mもの広さ。演者は、エンタシスで名高い回廊からステージに登場するという趣だ。夕闇がせまる18時30分、野外公演ならではのウグイスやカワラヒワなど野鳥の声、厳かな境内を吹き抜ける静かな風音の中、オーケストラの響きが鳴り渡る。この公演の大きな特徴のひとつだが、演奏はマイクやスピーカーを使わず、すべて生声、生音で行われる。音楽がよりストレートに届くのはもちろん、周囲の環境にも自然と溶け込みストレスなくリラックスして音楽空間に身をおける。周囲を伽藍が取り巻いているからか音量も十分、“響き”も感じられ歌手もオーケストラも無理をしている様子はまったくない。

 日が落ちて周囲を闇が包む。暗さが増すにつれ講堂が真紅に染まっていく。《トロヴァトーレ》らしく炎、血の色、情念を彷彿とさせる。今回演出を務めたフランチェスコ・ベッロットと照明デザインのジャン・ポール・カッラドーリは、光と影というテーマで2つの対照的な空間を意図し舞台設計している。現地視察の際に見た大講堂前に立つ灯篭が、光と影の世界を二分するシンボルだと気付いたという。そして舞台上には歌手とは別に黙役として白い天使、黒い天使が登場、ビジュアル的にも美しいうえ物語の深さに絶妙な効果を発揮している。

大講堂の几帳が特別に一部外され、
客席からご本尊の薬師三尊像のお姿を臨むことができる

 会場全体が物語に引き込まれていき、広い空間を一瞬支配する静寂から観客たちが集中しているのがわかる。エンディングは奏者全員が一体となった圧倒的なパフォーマンスで会場はスタンディングオベーションに。カーテンコールに登場した出演者は、観客より先にまず大講堂の御本尊に深く頭を下げ、そのあと客席に向かっていた。法隆寺への畏敬の念は海外のアーティストにとっても変わらないのだ。

カーテンコール

 会場でふと気付いたのがカメラマンが立つ台の脚にまかれたスポンジ。地面は砂利なのだがそれでも養生するという意味だ。ほかの舞台設備も当然、杭などを打つことはできないから特殊な工法をとっているという。国宝や重要文化財に囲まれた法隆寺、設営だけでなく搬入・搬出の際にも相当な神経を使っているのであろう。そもそも、拝観時間外に法隆寺に入れるというだけで貴重な機会だということも書き添えておこう。

 最後に、さわかみオペラ芸術振興財団の理事長 澤上 篤人がしばしば口にすることがある。

「公演が終わるとステージや客席は跡形もなく消え去ってしまう。夢から覚めたように。でも音楽はそれがいいんだ。その時その空間だけの輝きだからこそ、他には変えがたい価値があるのだから」

 法隆寺で見られる“夢”は5月21日まで。次に見られるのはいつになるのだろう?

ジャパン・オペラ・フェスティヴァル 2023 法隆寺公演
野外オペラ「トロヴァトーレ〈吟遊詩人〉」
~炎の復讐劇~

2023.5/18(木)・19(金)・20(土)・21(日)[全4日間公演]
各日18:30開演
※休憩は2幕終了後に1回の予定

会場:法隆寺特設ステージ
作曲:ジュゼッペ・ヴェルディ
台本:サルヴァトーレ・カンマラーノ
   レオーネ・エマヌエーレ・バルダーレ(補作)

出演(ダブルキャスト)
ROSSO
ルーナ伯爵:アルベルト・ガザーレ
レオノーラ:ラナ・コス
アズチェーナ:マリア・エルモラエワ
マンリーコ:アンジェロ・ヴィッラーリ
BIANCO
ルーナ伯爵:マルチェッロ・ロジェッロ
レオノーラ:クラリッサ・コスタンツォ
アズチェーナ:シェイ・ブロホ
マンリーコ:ディエゴ・ゴドイ

フェッランド:アレッサンドロ・アビス
イネス:原璃菜子
ルイス:武井基治
老ジプシー:藤山仁志

指揮:吉田裕史
演出:フランチェスコ・ベッロット
照明デザイン:ジャン・ポール・カッラドーリ
演奏:モデナ・パヴァロッティ歌劇場フィルハーモニー

問:0570-023-223(平日10時~17時)
https://sawakami-opera.org