高坂はる香のヴァン・クライバーン・コンクール 現地レポ6 from TEXAS

個性的な6人が2曲の協奏曲で競うファイナルを終えて

メダリストとマリン・オルソップ審査員長ら Photo by Ralph Lauer

取材・文:高坂はる香

 今回のヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールは、韓国の18歳、イム・ユンチャンさんが金メダルを受賞。過去最年少の優勝者となりました。
 そして、銀メダルがロシアのアンナ・ゲニューシェネさん、銅メダルがウクライナのドミトロ・チョニさん。授賞式は、冒頭、2013年の金メダリストでウクライナ人のヴァデム・ホロデンコさんによるウクライナ国歌の演奏で幕を開け、各種特別賞(うちジョン・ジョルダーノ審査員長特別賞を、日本/フランスのマルセル田所さんが受賞)に続いて、銅メダルから順に結果がアナウンスされ、会場は大きな歓声に包まれました。

Yunchan Lim © Haruka Kosaka

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 2週間半にわたるコンクールの最後のラウンドとなったファイナルは、6月15、16日と18、19日、空き日1日をはさむ5日間にわたって行われました。
 6名のファイナリストが演奏したのは、審査委員長で指揮者のマリン・オルソップさん指揮、フォートワース交響楽団との共演による、2曲の協奏曲。タイプの異なる2つの群から1曲ずつ作品を選んで演奏するという規定です。どんな音楽で自分の強みを見せるか、選曲もとても重要です。

 その中で、コンクールのファイナルには珍しい選曲ながら鮮やかな印象を残したのが、アメリカのクレイトン・スティーブンソンさん。ジャズも学んだという彼は、ガーシュウィンのヘ調のピアノ協奏曲を選びました。パワフルかつ多様なタッチでガーシュウィンならではのハーモニーを響かせる演奏が楽しく、何よりその舞台の光景が画になっていて、不思議な感動を覚えてしまいました。しかし一方、難曲として知られるラフマニノフの3番では、懸命に弾いている印象を残してしまったところも…。

Clayton Stephenson Photo by Ralph Lauer

 コンクールの協奏曲ではどうしても、それを弾いて審査員に技術や音楽性の面で十分アピールができるのか?という点が気にされるところがあります。その意味でガーシュウィンという選曲はチャレンジですが、スティーブンソンさんの演奏を聴き終わったとき、自分に合い、聴かせたいと思うものを潔く選ぶことも良いものだなと感じました。

 ウクライナのドミトロ・チョニさんは、プロコフィエフの3番とベートーヴェンの3番という選曲。彼は、会場をバス・パフォーマンス・ホールに移してからニューヨーク・スタインウェイを選んで弾いていましたが、いずれの作品でもつやつやとした音を響かせていたのが印象的でした。特にベートーヴェンの時の音は、可憐な白い花を思わせるようなピアノが、爽やかな明るい希望を感じる選曲によく合っていました。

Dmytro Choni Photo by Ralph Lauer

 ロシアのアンナ・ゲニューシェネさんが演奏したのは、ベートーヴェンの1番とチャイコフスキーの1番。いずれも経験値の生きた、安定感とまとまりのあるステージ。唯一の女性ファイナリストでありながら、音のパワーや通りはむしろピカイチといえるほどです。チャイコフスキーでは自然な抑揚、焦燥感や憧れの感情を丁寧に表現し、聴き手を引き込みます。彼女もニューヨーク・スタインウェイを選択していました。

Anna Geniushene Photo by Richard Rodriguez

 ロシアのイリヤ・シュムクレルさんは、ラフマニノフの3番とグリーグを演奏。調子が出なかったとみられるところもありつつ、作品への熱い気持ちが感じられるステージでした。明るくオープンな性格がそのまま表れているかのような彼の音楽は、聴衆からも大人気です。

Ilya Shmukler Photo by Ralph Lauer

 ベラルーシのウラズラージ・カンドーイさんが選んだのは、ラフマニノフの2番とショパンの1番。心地よさそうに自分の音楽を貫くスタンスは、ソロの時と同様、コンチェルトでも保たれています。独特の歌い回しによる演奏を、オーケストラが支えていました。

Uladzislau Khandohi Photo by Ralph Lauer

 イム・ユンチャンさんは、まず初日にベートーヴェンの3番を演奏。オーケストラとのコミュニケーションに苦労しているコンテスタントが多い中、若さをものともせず、そのアンサンブル能力は申し分ないということを見せます。ベートーヴェンの天才性を存分に知らせてくれる演奏。
 そしてもう一曲目に選択していたのは、ラフマニノフの3番。ここまで一貫して若々しく圧倒的なテクニックによる演奏を披露してきた彼だけに、どんな完璧な弾きっぷりを見せ、さらに、テクニックだけでなくどれほどの音楽的な深みを見せてくれるかに期待を寄せていました。その演奏は、予想通りテクニックは見事、時折走るような瞬間もありながら、それもむしろ自分で何をしているかわかってやっているかのような説得力があるのがおもしろいところです。深さ以前に、耳を惹き付けられる何かを持った演奏で、共演するオーケストラも生き生きとした音楽を奏でていました。

Yunchan Lim Photo by Ralph Lauer

 メダリストはもちろん全てのステージの印象から選ばれたものですが、結果的に、ファイナルのプログラムまでしっかり準備ができる余裕のあったピアニストが上位に入った印象です。加えて、才能の輝きや音楽的な魅力、そしてなにより、将来への無限の可能性を感じさせたユンチャンさんが、頂点に輝いたということでしょう。
 このような賞に輝くに至った秘訣について尋ねられて、ユンチャンさんはこう答えていました。
「音楽を愛しているということ、自分を音楽のために発展させることに喜びを感じるということ。その2つだけです」
まだ韓国国内でのみ学ぶ若者。これから留学も予定しているようなので、歳を重ね、経験を積んで、どんな音楽的成熟を見せてくれるのか、楽しみです。

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© Haruka Kosaka

 パンデミックによる1年の延期を経て開催に漕ぎつけ、さらにはウクライナ情勢に世界が揺れる中で行われることになった今回のヴァン・クライバーン・コンクール。
 最初から最後まで、ウクライナのコンテスタントはもちろん、ロシア、ベラルーシからのコンテスタントもあたたかく迎えられていました。芸術の道を志す才能の未来を、彼らの祖国の政治の問題を理由に阻むべきではないという考えが、関係者はもちろん、会場に集ったたくさんの市民の間でも保たれていたことが印象に残りました。

高坂はる香 Haruka Kosaka
大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動。雑誌やCDブックレット、コンクール公式サイトやWeb媒体で記事を執筆。また、ポーランド、ロシア、アメリカなどで国際ピアノコンクールの現地取材を行い、ウェブサイトなどで現地レポートを配信している。
現在も定期的にインドを訪れ、西洋クラシック音楽とインドを結びつけたプロジェクトを計画中。
著書に「キンノヒマワリ ピアニスト中村紘子の記憶」(集英社刊)。
HP「ピアノの惑星ジャーナル」http://www.piano-planet.com/