【ゲネプロレポート】
NISSAY OPERA 2022 オペラ《セビリアの理髪師》

最高のロッシーニ歌手たちのベルカントに酔える、楽しく幸福な3時間

中央:小堀勇介(アルマヴィーヴァ伯爵)
黒田祐貴(フィガロ)

 だれもが心地よくなれる。そんなオペラの筆頭が《セビリアの理髪師》だろう。知恵者のフィガロの助けを借りて、アルマヴィーヴァ伯爵が意中のロジーナを救い出して結婚するまでが、愉快に、痛快に、さらには美しく描かれている。とはいえ、心から満足がいく公演を実現するためのハードルは案外高い。ロッシーニが歌手たちに、かなり高度なテクニックを求めているからだ。NISSAY OPERA 2022の《セビリアの理髪師》には、いま考えられる最高のロッシーニ歌手が集結。充実のベルカントを聴かせてくれ、その結果、楽しさも倍増した。公演日は日生劇場で6月11日と12日。12日組の最終総稽古(ゲネラル・プローベ)を取材した。
(2022.6/8 日生劇場 取材・文:香原斗志 撮影:寺司正彦)

左より:黒田祐貴(フィガロ)、小堀勇介(アルマヴィーヴァ伯爵)、久保田真澄(バルトロ)、山下裕賀(ロジーナ)

 序曲が終わると、舞台奥の緞帳が描かれた壁面が開き、月夜にロジーナの家が見える。緞帳が組み込まれていることからわかるように、粟國淳演出のこの舞台は、劇場の舞台機構を装置にしているのだ。それぞれの場面は劇場の舞台機構のなかで演じられる。つまり一種の劇中劇である。沼尻竜典が指揮する序曲は、シャンパンの泡のような軽快さよりは、劇的興奮が強調され、劇場が強調された舞台との相性は悪くない。

 アルマヴィーヴァ伯爵は小堀勇介。甘い声を軽やかに響かせ、同時に音圧もあるので、耳の充足感が高い。装飾歌唱のテクニックもすぐれたテノールだ。この日は、いつものようには声が伸びず、回らないようだったが、それも徐々に解消されていった。

山下裕賀(ロジーナ)
左より:小堀勇介(アルマヴィーヴァ伯爵)、斉木健詞(ドン・バジリオ)、久保田真澄(バルトロ)

 理髪師フィガロの黒田祐貴(バリトン)(※祐は示へんが正式表記)は、舞台裏から聴こえる「ラララ」という第一声からシャープな美声だ。ミニチュアの町からくしやハサミなど床屋の道具が飛び出す楽しいセットを背景に、登場のカヴァティーナを歌ったが、歌われる内容に即して声の色彩を巧みに変化させる。ただ者ではない。長身の惚れ惚れする容姿と相まって、最初から聴き手の心を鷲づかみにしてしまう。

 アルマヴィーヴァ伯爵とフィガロの二重唱は、明るくつややかな小堀の声に、黒田の美声が色彩を微妙に変化させつつ重なり、聴き応えがあった。

左より:山下裕賀(ロジーナ)、久保田真澄(バルトロ)
左より:守谷由香(ベルタ)、斉木健詞(ドン・バジリオ)山下裕賀(ロジーナ)、小堀勇介(アルマヴィーヴァ伯爵)黒田祐貴(フィガロ)、久保田真澄(バルトロ)

 ロジーナの山下裕賀(メゾソプラノ)は、昨秋のNISSAY OPERA《カプレーティとモンテッキ》のロメーオ役でも驚かされたが、第一声から潤いのある磨かれた声が日本人離れしている。〈今の歌声は〉では、アジリタの切れもよく、なにより声の質がどの音域でも一定に保たれているので、歌に高い品位が感じられる。フォルテで歌うときの声にさらなる広がりが得られると、無敵になるのではないだろうか。

 ロジーナの後見人バルトロの久保田真澄(バス)、音楽教師ドン・バジリオの斉木健詞(バス)らも役柄にふさわしい歌唱だ。歌手がそろった結果、第1幕フィナーレの六重唱など、この作品ならではの愉悦感が得られる場面で楽しさが増した。

左より:小堀勇介(アルマヴィーヴァ伯爵)、木幡雅志(隊長)
左より:木幡雅志(隊長)、小堀勇介(アルマヴィーヴァ伯爵)、黒田祐貴(フィガロ)、久保田真澄(バルトロ)、斉木健詞(ドン・バジリオ)、守谷由香(ベルタ)、山下裕賀(ロジーナ)

 演出が冴えているのは、たとえば第2幕の嵐の場面。波打つ音楽に合わせて傘が吹き飛ばされそうになり、装置が揺さぶられ、紙が吹き飛ぶ。先の六重唱における人の動きもそうだが、粟國は音楽を視覚化するのが上手い。

 そんな演出のお膳立てもあって、貧しいリンドーロだと思っていた相手がアルマヴィーヴァ伯爵だったとロジーナが知ってからの、2人の二重唱と、フィガロが加わっての三重唱は、愉悦感に満ちていた。小堀の声もすっかり温まり、傑出した3声によるすばらしいアンサンブルを味わえた。

左より:黒田祐貴(フィガロ)、久保田真澄(バルトロ)、小堀勇介(アルマヴィーヴァ伯爵)、山下裕賀(ロジーナ)
守谷由香(ベルタ)

 そして、アルマヴィーヴァ伯爵が歌う大アリア〈もう逆らうのをやめろ〉。ロジーナの結婚を阻止するつもりが、かえって助けることになってしまったバルトロが抵抗すると、伯爵は威厳をもって歌う。細かく並んだ音符の連なりを敏捷に歌うアジリタなど装飾歌唱の技巧が高度に求められるこのアリアを、小堀は華麗に歌いきった。

 語るように歌われるレチタティーヴォは、ところどころカットされることが多いが、この上演ではカットが少なく、その点でも聴き応えがあった。フィナーレは「この素晴らしく幸せな結びつきを」という歌詞が歌い継がれ、よろこびの合唱で終わるこのオペラ。そこで歌われる幸福感が、聴き手の幸福感とそのまま重なる3時間だった。

【Information】
NISSAY OPERA 2022 ロッシーニ《セビリアの理髪師》全2幕
(原語(イタリア語)上演・日本語字幕付)

2022.6/11(土)、6/12(日)各日14:00 日生劇場 

演出:粟國 淳(日生劇場芸術参与)
指揮:沼尻竜典 
管弦楽:東京交響楽団
合唱:C.ヴィレッジシンガーズ

出演
アルマヴィーヴァ伯爵:中井亮一(6/11) 小堀勇介(6/12)
ロジーナ:富岡明子(6/11)山下裕賀(6/12)
フィガロ:須藤慎吾(6/11) 黒田祐貴(6/12)
バルトロ:黒田 博(6/11) 久保田真澄(6/12)
ドン・バジリオ:伊藤貴之(6/11) 斉木健詞(6/12)
ベルタ:種谷典子(6/11) 守谷由香(6/12)
フィオレッロ:宮城島 康(6/11) 川野貴之(6/12)

問:日生劇場03-3503-3111
https://www.nissaytheatre.or.jp
https://opera.nissaytheatre.or.jp/info/2022_info/siviglia/