取材・文:高坂はる香
2010年のショパンコンクールのセミファイナリスト、今回が11年ぶり2度目の挑戦だった、レオノーラ・アルメッリーニさん。明るく愛にあふれた音楽が印象的。すでにポーランドでも人気の存在だったところ、ステージが進むごとにますます注目を集めていきました。ファイナルの演奏翌日にうかがったお話です。
── ファイナルのステージ、とてもハッピーそうに見えました。いかがでした?
マジカルな時間でした。ステージに出るたびに特別な雰囲気は感じていたけれど、昨日はとくに。直前まではすごく緊張していたんだけれど、ステージに出ていった瞬間、一瞬にして緊張が消えました。
── アルメッリーニさんの演奏は、楽器から自分の声を出している印象です。その秘密は?
あら……それはありがとう。ずっとそれを求めてきたところがあります。
私は子どもの頃から音がきれいだと言われていたけれど、家族が音楽家なので、それはそういう環境から得られたものなのかもしれないと思ってきました。
でもこの数ヶ月、それをさらに磨いてもっとパーソナルなものにしようとしてきました。いろいろな要素がからみあって実現するものではありますが、なかでも、鍵盤の特別な押さえ方は重要です。少しスポーツ的な要素があるかもしれませんが、すべての小さな動きを分析する必要があるのです。
家で練習しているときはそのことをいろいろ考えて、でもステージに出たら全部忘れ、その時に感じることに任せます。簡単なことではないけれど、うまくいくととってもうれしい。楽器との強い繋がりが感じられます。
── ショパンのキャラクターについてはどのように理解していますか?
ショパンについてさまざまな文献を読んできましたが……そうしてきたことで、彼の楽譜は、たとえばタイひとつとっても、長いもの、小さく切られているもの、それらがすべて感情の指標になっていると思いました。
あとはこの11年、たびたびポーランドで演奏するなか、ポーランドの方と知り合い、文化、音楽、感情を知るようになり、彼らのポーランド人であるという強い自覚やプライドを改めて知りました。
ポーランド語のzalという感情、ノスタルジア、故郷から離れている悲しみ、メランコリックなものは、ショパンの音楽にたくさん含まれていると思います。
── あなたの演奏からは、ショパンのそういう悲しみを包み込むようなものが感じられますね。
そうなろうとして…というか、その感覚は自然と感じるようになっていました。ショパンの音楽は私の心に語りかけてきます。彼の作品を愛しています。ショパンのキャラクターは大好きで、とても近くに感じます。
私、友だちになれたんじゃないかと思います(笑)。
── でもちょっと難しい人だったかも。
そうかもね(笑)。でも音楽だけ見ると、とってもラブリーな人だったと思う。
── そうしてショパンらしい演奏というものをつかんでいったのでしょうか。
チャレンジですよね。どの作曲家でも言えることですけれど、その部分が特別に求められる作曲家だと思います。 私たちはなにかを発見する必要はなく、音符の奥にあるもの、彼が何を伝えようとしているのかを理解することが大切です。
ショパンの演奏には伝統があります。それを知ることは興味深いし、そこからあまりかけ離れないようにという意識はあるけれど、自分の気持ちに沿って弾いているところもある。
ちょうどこの前も考えていたんです。もしも私が作曲家で、200年後に自分の曲が弾かれるとしたら、何を望むだろうか?って。きっと、私が生きている環境や時代、人生で起きたことを知り、私が言いたいことを理解し、つながってくれている人の演奏を望むだろうなと思って。だから大切なのは、調べていくこと、勉強していくこと、そして心をしっかりと込めるということだと思いました。
♪ 高坂はる香 Haruka Kosaka ♪
大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動。雑誌やCDブックレット、コンクール公式サイトやWeb媒体で記事を執筆。また、ポーランド、ロシア、アメリカなどで国際ピアノコンクールの現地取材を行い、ウェブサイトなどで現地レポートを配信している。
現在も定期的にインドを訪れ、西洋クラシック音楽とインドを結びつけたプロジェクトを計画中。
著書に「キンノヒマワリ ピアニスト中村紘子の記憶」(集英社刊)。
HP「ピアノの惑星ジャーナル」http://www.piano-planet.com/