取材・文:高坂はる香
反田恭平さんと第2位を分けた、アレクサンダー・ガジェヴさん。2015年の浜松コンクール優勝者、そしてコンクール直前の9月にも2週間隔離を受け入れて日本でリサイタルを行うなど、日本の聴衆をとても大切にしてくれているピアニストなので、応援していた方も多いのではないでしょうか。
ガジェヴさんには、入賞者ガラコンサート第3夜、すべての演奏を終えたあとにインタビューをしました。コンクールの感想を伺いたいなと思っているのに、彼の頭はもう今日この日の演奏のことでいっぱい……冒頭その話が止まらない様子が、ガジェヴさんぽいです。
とはいえ、コンクール全体のお話、さらにはこれからどんな音楽家になりたいかも伺っているので、どうぞご覧ください。
── コンクールを終えて、ショパンへの感情って変わりましたか?
そうですね。変わったと思います。とくに今、この最後のコンサートで!
今日も、実験してみたんです。結果発表のあとは忙しくてなかなか練習ができなかったでしょう。だけど、それによってより自由になれたり、余計に考えないことでなにかが自然に降りて来たりする部分もあるような気がして。今日はより自然発生的な演奏ができたと思います。
コンクール中は、緊張して舞台に立ち、それが一度ゆるめられて、また緊張して舞台に立つ、その繰り返しの時間の流れが、物事を正しい場所に戻してくれたような気がします。
そして結果発表の後の時間がまた、僕に、新しいことができるという気持ちを与えてくれたんです。だから今日の「幻想ポロネーズ」は、3次予選と全然違うことをやったんだよ!
── でもあなた、いつもそうですよね、毎回違うことをする。
……うん。
── どうしていつもそういうふうにできるのかなと思うのですが。楽譜を読んで、計画して、でもステージで何かが起きて、いつも変わってしまうという。
そう。でも特に今、コンクールのすべてが終わったことで、今日の「幻想ポロネーズ」はとても変わったと思うんです。ファンタジーの性格をものすごく感じて、強く表現できたような気がする!
コンクール中も、特別な集中があって、それはそれでよかったけれど。
── ところで今回は、ソナタ賞も受賞されましたね。
このツィメルマン賞がなによりうれしかったかもしれない。もしかすると2位より、というのは冗談だけど。ツィメルマンさんが直接電話をくださって、これはとても感動的な瞬間でした。
── 2番のソナタ、浜松コンクールの時も演奏していますよね。
そうです、あの頃は若かったから、だいぶ違う演奏だと思いますけれど。
一つの曲を長く演奏しすぎるのは少し怖いところもあって、一定の時間が過ぎるとだんだんどう弾いたらいいかわからなくなることもあるのですが、今は逆に、いつでもなにか違うことができると感じるくらい、アイデアをたくさん持った状態になりました。
── ショパンコンクールの入賞者となったわけですが、今後、どんなピアニストを目指していきたいですか?
まず、何か一つのことに特化しない音楽家になりたい。いろいろなレパートリーを勉強するのはもちろん、少し別のジャンルになるけれど、即興演奏にも取り組んでいきたいです。
それから、大きなものを感じていられる音楽家でありたい。集中する瞬間はあっても、何かに固執して視野を狭くするのではなく、いつも可能性を感じられる自分でいたい。これはこうだと決めつけたり、簡単に結論をつくらないようでありたい。常に何か新しいことを見つけられる音楽家でいたいですね。
── そういう人生がおもしろいっていうことですね。
そうじゃないと、すぐ飽きちゃうから。
あと、若い人に語りかけることのできる音楽家でいたい。もちろん、すばらしいホールでも演奏したいけれど、エリート的な存在でなく、小さな場所とか、全然違う気持ちになれるところでも弾き続けたい。さまざまな経験をし続けることは、重要なことだと思います。
── それが、あなたの音楽を大きくする。
そうですね。新しい呼吸を音楽に吹き込むために、必要だと思っています。
♪ 高坂はる香 Haruka Kosaka ♪
大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動。雑誌やCDブックレット、コンクール公式サイトやWeb媒体で記事を執筆。また、ポーランド、ロシア、アメリカなどで国際ピアノコンクールの現地取材を行い、ウェブサイトなどで現地レポートを配信している。
現在も定期的にインドを訪れ、西洋クラシック音楽とインドを結びつけたプロジェクトを計画中。
著書に「キンノヒマワリ ピアニスト中村紘子の記憶」(集英社刊)。
HP「ピアノの惑星ジャーナル」http://www.piano-planet.com/