高坂はる香のワルシャワ現地レポート♪11♪
反田恭平 インタビュー

取材・文:高坂はる香

(c) W. Grzędziński / The Fryderyk Chopin Institute

 ガジェヴさんと第2位を分け、日本人として51年ぶりの最高位となった反田恭平さん。
 こちらのインタビューをしたのは、ファイナル最終日の結果発表前。結果発表後のコメントについては各所で出ていると思いますので、こちらでは事前に伺った、そこまでの準備やコンクールにかける想いとして語っていらしたことをご紹介します。
 それにしても、コンクールに出場するうえでの意気込みが、すでに何かを背負っている人のそれという感じ。プログラムの選び方なども、今まで聞いたことのない回答で、コンクールを自分の夢を実現するための場として本当に楽しみにこの数年がんばっていたのだろうなと思いました。新しいタイプ。

(c) Haruka Kosaka

── ファイナルのステージで協奏曲を演奏して、いかがでしたか。

 なによりまず、6年間かけて選んだ曲を全部弾ききることができたという喜びが大きかったですね。
 ジャパン・ナショナル・オーケストラ(反田さんが仲間たちと立ち上げたオーケストラ)を有名にしたい、このワルシャワ・フィルハーモニーホールはじめ、カーネギーホールやウィーン楽友協会などの有名なホールに連れていきたいという気持ちが強く、演奏中もその想いがフラッシュバックしました。
 ファイナルは、僕自身弾き振りの経験があったので、オーケストラの他の楽器と合わせるところ、たとえばコンサートマスターが今回は視線を合わせられない真後ろに座っていたので、肩の動きで合図をするとか、そういうことをしながらうまく一体となることができたと思いました。とにかく楽しかったです。

── コンクールに向けての準備のなか、とくに意識したことは?

 2年ほど前から、日本の音楽雑誌をたくさん買って、2010年、2015年のコンクールの審査員の採点表を見たり、誰がどんな曲を弾いて一次に受かっているのかを、正の字を書きながら数えて調べるということをしました。受けるなら、全力で1位をとりにいかなければ他のコンテスタントにも失礼だと思いましたから。僕ができることは、まず戦略を立てることでした。今となっては、正の字を一つずつ書いていったのもいい思い出です。
 例えば1次では、その結果が今回の審査の特徴を示すと思ったので、とにかく落とされないもの、かつ、自分のスキルが出せるレパートリーとして、技術的なエチュード、後期のノクターン、そして自分の音楽性が出せるスケルツォを選びました。そのあとの2次以降はもう少し個性を出していいと思ったので、120%自分を出していきました。

 ピアノの選択は、1次のエチュードでなるべくミスが出ないよう、ホールとピアノの相性なども考えて、スタインウェイを選びました。
 最も大事にしたのは音響です。審査員からどう聴こえているのか、その立場を想像して演奏しなくてはいけません。ショパンだけ何百曲も聴くことになるコンクールですから、なおさらですよね。少しでもおもしろいもの、超絶ピアニシモや豊かでふくよかな音を届けるために、自分の演奏の前から審査員席の後ろで聴いて、どのくらいの音量を出せばいいかを研究しました。やっぱり耳は大事です。
 その意味で、配信には、音質、音色を伝える意味で限界がありますね。電子音の最大値と最低値には限りがあるので、会場とは違います。やはりホールの方がより細かいニュアンスがわかるし、だからこそ逆に YouTubeに助けられているところもあるかもしれません。コンクールはこのホールで行われているものだということを、改めて感じました。

── 私が反田さんの演奏を初めて生で聴いたのは、3年くらい前のオール・ショパン・プログラムだったのですが、あの頃に比べるとショパンの表現が大きく変わりましたよね。どうやって変わったのですか?

 純粋にパレチニ先生のもとで勉強してきたことと、僕のショパンに向かう姿勢が変わったことによると思います。最初はコロナで1年延期だなんて!と思いましたが、今となっては時間ができてよかったと思っています。最後の1年で、自分の音とショパンの音について研究できました。
 “あなたにはショパンは向いてない”と言われてくやしい思いをしたこともあります。それを見返したいという気持ちもありました。

ピオトル・パレチニ先生と (c) Haruka Kosaka

── ショパンコンクールでは必ず、ショパンらしい演奏とは何か、ということが話題になります。それについてはどう思いますか?

 幸いにも、ポーランドのテレビやラジオでショパニストと言っていただけました。大陸の違う日本出身のアーティストとしてそう言ってもらえるのは、最高の褒め言葉だと嬉しく思います。それと今回、やっぱり審査員がかっこいいなと思って。

── かっこいい?

 だって、歴代1位、2位の方たちが座ってらっしゃるんですよ!? 僕も将来あそこに座りたいというのが新しい夢ですね。

── なるほどそういう意味で! では、ショパンらしい演奏に大切なこととはなんだと感じていますか。

 ポーランド人って、どこかアバウトなところがあるんですよね。200年前のショパンの頃のポーランド人と今のポーランド人が同じだとは思いませんが、でもやっぱり、当時のショパンの手紙を読むことはとても大事だったと思います。本を買ってすごくよかったです。

── 当時のショパンのまわりの人たちのゆるさみたいなものも、手紙から感じられると。

 なんというか、ショパンもアバウトに音楽を作っていたところもあって、例えば水面に太陽の光が映る風景とか、自然だとか、淡い色だとか、そういうイメージが音楽になっている。2次予選で、僕はヘ長調の曲を3つ続けて弾いたのですが、これは本当にリスキーで、でもうまくいくかもしれないと思って演奏しました。それぞれの曲のテーマは、猫のワルツが動物、「マズルカ風ロンド」が人間のダンスと心情、そしてバラード第2番が自然です。こういうテーマやイメージが大事なんだなと。
 留学して最初の2年半くらいは、パレチニ先生から、「イメージを大事にしろ、イメージが足りない」とよく言われていたんです。だけど嬉しいことに、3、4年目からそういうことは言われなくなりました。

高坂はる香 Haruka Kosaka
大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動。雑誌やCDブックレット、コンクール公式サイトやWeb媒体で記事を執筆。また、ポーランド、ロシア、アメリカなどで国際ピアノコンクールの現地取材を行い、ウェブサイトなどで現地レポートを配信している。
現在も定期的にインドを訪れ、西洋クラシック音楽とインドを結びつけたプロジェクトを計画中。
著書に「キンノヒマワリ ピアニスト中村紘子の記憶」(集英社刊)。
HP「ピアノの惑星ジャーナル」http://www.piano-planet.com/