取材・文:高坂はる香
マルティン・ガルシア・ガルシアさん。1次予選のまるでセレナーデ風に歌うノクターンに衝撃を受け、なんて自由でエモーショナルなショパン、おもしろいピアニストだなと思っていたら、順調にファイナルまで進出。オーケストラと見事にコミュニケーションをとりつつ、統制のとれたフレッシュな音楽づくりをする一面も見せ、見事3位に入賞しました。
あの独創的で情感豊かなショパンはどのようにして生み出されるのか。3次予選のあとに行ったインタビューをご紹介します。そしてぜひまた予選のステージのプログラムを聴き直してみてほしい!
── 1次予選のガルシアさんのノクターン、あの歌いっぷりに感銘を受けて、私はそのことを記事に書いてしまいました。まるで夜に恋人の窓の下で歌うセレナーデのようだと思って…
その記事のことは知っています(笑)。うれしいですよ。それは、あのノクターン(Op.55-2)を選んだときに実際感じていたことだから。ドラマティックなノクターンは他にもありますし、あの曲は特に有名というわけではないけれど、とても長い夜を感じます。冒頭から長いラインが続いて、それが中間まで続いていく。まさに窓の下で歌うための音楽のようですよね。『ロミオとジュリエット』のシーンみたい。
ベースラインも歌っているし、その他にも何もかもが、あちこちで歌っている。そんな感じのノクターンです。
── 3 次予選もおもしろいプログラムでした。「24のプレリュード」から選んだ3曲ではじめるという…。
ソナタとマズルカに加えて何を弾こうか考えたとき、意味のある選曲をしようと思うとむずかしかったです。そもそもソナタはそれだけでリサイタルの一部分が成り立つような作品ですから。
それで「24のプレリュード」を見ていたとき、この作品で最初に雰囲気をつくるというのもおもしろいかなと。3つのスタイルを持つ小品を弾いている間に、聴いているみなさんの耳、そして僕自身を準備するという。
1曲目は僕の彼女のお気に入りで、長いラインで歌う小品です。動きを持つ2曲目のプレリュードの前に弾く曲としてぴったりだと思いました。そして3曲目の雰囲気は、何かが起きそうだという余韻を残して終わります。そこからソナタ、そしてダンスであるマズルカやワルツ。良い余韻を残して終わりたいと思いました。
── ガルシアさんのショパンへの理解には、オリジナルなものを感じます。ショパン・コンクールではショパンらしい演奏とはどんなものか、ということが話題になりますが、それについてはどう理解していますか?
ショパンのスタイルについて、僕の理解は、もしかすると音楽学者の方の意見からは少し離れているかもしれません。でも実際、ショパン自身の演奏を聴くことはできないのですから、正しいスタイルが何かは誰にもわからないはずです。とはいえ、楽譜や手紙、彼の音楽に影響を与えた作曲家たちについて知ることには意味があります。
ワルシャワには、ショパンが何度も即興演奏をした教会のオルガンがあります。彼はエレガントで優しい弾き方をしていたと言われるけれど、例えばオルガンのことを考えると、そもそも大規模な楽器ですから、優しい弾き方といっても限界があります。
つまり、ショパンらしい演奏というものには、いろいろな要素がありえるということ。どう演奏されるべきかは、作品ごとに考えなくてはいけません。例えばソナタなら、とても古典的で、和声の感覚などはバッハに近い。 僕の音楽はオリジナルに聴こえるかもしれませんが、僕が見ているのはあくまでショパンであって、僕自身を見ているわけではありません。楽譜の外にある何かを生み出そうとしているわけでもありません。いつでも、ショパンが楽譜上の表記をなぜそこにつけたのかというようなことを考えています。これは、ショパンの作品に限ったことではありませんけれど。
♪ 高坂はる香 Haruka Kosaka ♪
大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動。雑誌やCDブックレット、コンクール公式サイトやWeb媒体で記事を執筆。また、ポーランド、ロシア、アメリカなどで国際ピアノコンクールの現地取材を行い、ウェブサイトなどで現地レポートを配信している。
現在も定期的にインドを訪れ、西洋クラシック音楽とインドを結びつけたプロジェクトを計画中。
著書に「キンノヒマワリ ピアニスト中村紘子の記憶」(集英社刊)。
HP「ピアノの惑星ジャーナル」http://www.piano-planet.com/