INTERVIEW 米良美一(カウンターテナー)

いずれ試練を乗り越えられるという気持ちで歌いたい

取材・文:室田尚子

 コロナ禍で困難な状況にある日本のクラシック音楽界を活性化させるために企画された全国規模のプロジェクト「クラシック・キャラバン2021」。10月8日にHakuju Hallで行われるコンサートに出演するカウンターテナーの米良美一は、この公演にかける思いをこう語る。

「全国的にもワクチン接種が進み、感染者の数が減ってきた状況の中、細心の注意を払いながら、新たな気持ちで一歩を踏み出す、という意味のあるコンサートだと思います。いらしてくださるお客様に私たち出演者自身も癒され、励まされ、気持ちを奮い立たせてもらう機会になるはず。そういうあたたかく、熱のあるイキイキとしたコンサートにしたいと思い参加を決めました」

 米良が歌うのは「アメイジング・グレイス」とガーシュウィン作曲の「サムワン・トゥ・ウォッチ・オーヴァー・ミー」の2曲。

「『アメイジング・グレイス』は、人間はいずれみんな神の元に行く、という内容の曲ですが、私たちは今コロナに怯えていますが決して闇の世界の住人になる必要はない、いずれ試練を乗り越えられるという気持ちで歌いたいと思っています。ガーシュウィンの方は、コロナになる前、ピアノの熊本マリさんとのコンサートで歌った作品。本来は男声の低音のあたたかい魅力にあふれた曲ですが、私なりの声の魅力で楽しんでいただきたい、と考えています」

コロナ禍で改めて学んだ「生きるということ」

 米良自身、このコロナ禍でいくつもの舞台が上演延期・中止に追い込まれた。将来への不安を感じた、という率直な思いを吐露しつつも、米良はさらにそこに大きな意味を見出している。

「これまで芸術家はどこか浮世離れしている存在でしたが、ここにきて芸術家だろうが市井の一市民だろうが関係なく天から試されていると思います。そんななかで、私たちはアーティストとしてどう生きていくのか、今後社会にどのように貢献していくのかが問われているのだと思うのです。音楽が人間の支えになれるのか、を突きつけられているのです」
 
 アーティストとしての活動は、その根底に「人間として」どう生きるか、があるのだと米良は言う。それは、これまで「激動の人生」を送ってきた彼が導き出した人生訓でもある。

「これまでずっと作っては壊す、を繰り返してきましたが、そのおかげで見えなかった景色が見えるようになったり、許せなかったものが許せるようになったり、自分の周りの人の気持ちがわかるようになったりしました。それは不器用すぎる私の人生における一種のギフトだったのかなと思います。私の歌にはその時々の自分がダダ漏れになってしまうんですけど(笑)、今は、ようやく基本は中道・中庸のところを目指しながら、作品によって右左を行き来できるようなあり方を目指せるようになりました」

故郷の音楽文化に貢献したい

 米良はこの4月から、生まれ故郷である宮崎県西都市の市民会館の館長職に就いている。「地元の音楽の殿堂である市民会館の広報大使のような気持ち」で引き受けたというが、実は8月半ばまでは会館が新型コロナウイルスのワクチン接種会場になっていたため、催し物を開けない状況が続いていた。9月28日から、ようやく米良自身が企画し西都市民会館が主催する「読み聞かせコンサート」がスタートした。

「市内の幼稚園から中学校に向けて無償でコンサートを行うという企画です。市民会館のスタッフと一緒に選んだ絵本を朗読しながら音楽を届けます。コロナ禍でいちばんつらい思いをしている子どもたちに希望を持ってもらいたい」
 
 館長としては、朝礼から始まり、庭や建物の掃除もしているというから驚きだ。

「いい歌さえ歌えればそれでいいと思っていた時期もありますが、いい歌ってそんな簡単には歌えないんですよね。一市民としてきちんとした生活を送り、その上で歌っていくことが大切なんだと気づいてから、夜は7時までにご飯を食べて、朝も6時には起きてます!」

 歌うという才能は「天からお借りしたものだから、できるだけ長く使わせていただくのが筋だと思う」という米良。そのためには生活者としての自身が大切であるという言葉は、彼でなければ出てこないものだろう。

「皆さんにファンタジーをお届けできるような役目があれば、ジャンルや媒体に関係なく挑戦していきたいです。私の持っているさまざまな技能を使って、ますますクリエイティブな活動をしていきたい」と語る米良美一の今後の展開も大いに期待したい。まずは10月8日、「米良美一の今」の歌声を聴きに行こうではないか。


米良美一(カウンターテナー)
1994年、洗足学園音楽大学を首席で卒業。第8回古楽コンクール第2位(1位なし)。1995年、奏楽堂日本歌曲コンクール第3位。1996年、オランダ政府給費留学生としてアムステルダム音楽院に留学。国内外でのコンサートや講演会、文筆活動、テレビ・ラジオ等幅広い活動を行っている。キングレコード他CDを多数リリース。2021年4月より西都市民会館館長就任。第12回日本ゴールドディスク大賞、第21回日本アカデミー賞協会特別賞として主題歌賞を受賞。
http://yoshikazu-mera.info/


クラシック・キャラバン2021
クラシック音楽が世界をつなぐ~輝く未来にむけて~

公演の詳細については下記公式ウェブサイトでご確認ください。
https://classic-caravan2021.com/