栄光のショパン弾きに憧れて ─ ショパン国際ピアノコンクールのこれまで

 今年で18回目を迎えるショパン国際ピアノコンクール。第一次大戦後間もない1927年に始まり、第二次大戦の空白期を経て、戦後もスター・ピアニストを数多く輩出してきたのは周知の通り。今日、世界最高の若手ピアニストの登竜門として不動の地位を築くに至った、ショパン・コンクールの歴史を改めて振り返ります。


文:青澤隆明

 ショパンは20歳でポーランドを出て、そのまま生きて帰ることはなかった。パリで客死し、姉が心臓だけをワルシャワに連れ帰った。ショパンは多くの作品を遺した、そして彼の曲を弾く、無数のピアニストたちを。

 いまも5年にいちど、最高のショパン弾きを目指して、世界中の若者たちがワルシャワに詰めかける。2020年の予定はコロナ・パンデミックで延期となったが、今年もショパンの命日が待つ10月に、第18回ショパン国際ピアノコンクールが現地開催される。

 ショパン・コンクールは、「真のショパン弾き」を顕彰して作曲家の故国で開催され、1927年以来の長い歴史を誇る名門コンクールとして注目を集めてきた。ショパンの作品を世界に改めて認識させるため、スポーツの熱狂と競合性を持ち込むことを創設者は考えていたそうだ。もう100年近く前の話だが、なかなかに先見の明があり、しかしそれは芸術を深めるためには間違った方向ともみられる。

 戦間期に創始され、第二次大戦後は東西冷戦下で高揚するナショナリズムもまた、この国家的行事には色濃く反映されてきた。コンクールが政治色を帯びるのは、国際コンクールというものが総じて米ソ冷戦を含む体制の思惑を受けて発展した時代背景からしていたしかたないのだろう。それでも、若者一人ひとりの夢と情熱が大人たちの思惑を超え、コンクールの3週間を経たさき、高らかに飛翔していくことを、聴き手としては願うばかりだ。

共産圏が優勢な黎明期から、多国籍の黄金時代へ

 ショパン国際ピアノコンクールは、現存するコンクールとして最長の歴史を誇る名門中の名門である。1927年の初回優勝者はレフ・オボーリンで、ソ連とポーランドが上位を独占した。後の大作曲家ドミトリー・ショスタコーヴィチもソ連から参加し、虫垂炎を患っていたと言われるものの、ディプロマを得た。

レフ・オボーリン

 ヤコフ・ザークをはじめ共産圏が上位を独占した末、開催国ポーランドから待望の優勝者が出るのは第4回、戦後の1949年のことだ。ハリーナ=チェルニー・ステファンスカが、ソ連のベラ・ダヴィドヴィッチと、ともに女性として初の第1位を分けた。次回55年にもアダム・ハラシェヴィッチが、ソ連のウラディーミル・アシュケナージを抑えて祖国の栄冠を継いだが、結果に対して審査員のミケランジェリはサインを拒んだ。中国のフー・ツォンは第3位、田中希代子が第10位となり、アジアからも入賞者が生まれた。

 1960年にマウリツィオ・ポリーニ、65年にはマルタ・アルゲリッチが優勝して、コンクールの栄光を広める世界的大スターとなった。イタリアの18歳が正確な技巧と精緻な統制で新時代を拓き、アルゼンチン生まれの個性は情熱と即興的な才気で圧倒した。65年には中村紘子が第4位を得た。1970年にはニューヨークからやってきたギャリック・オールソンが栄冠をつかみ、第2位を受けた内田光子はロンドンを拠点に知的な解釈を突き詰めていく。1975年は、見通しよい清潔な構築をするクリスチャン・ツィメルマンが、健全なショパンを弾くディーナ・ヨッフェを抑えて、ポーランドに20年ぶりの栄光を運んだ。

マウリツィオ・ポリーニ(c)Mathias Bothor and DG
マルタ・アルゲリッチ(c)Adriano Heitman2

アジアの時代、1位なしの混迷を経て

 そして1980年、国際コンクールの権威と影響力が揺るぎ始めたのはこの前後からだろう。「だって彼は天才よ!」という審査員アルゲリッチの一言が、共産圏の審査員が評点を与えず、第三次予選で姿を消した若きイーヴォ・ポゴレリッチの運命を大きく変えた。彼が逆説的に人気を博すいっぽう、優勝を手にしたのはハノイに生まれたダン・タイ・ソン。前者の毒気も孕む強烈な個性に対し、同じくモスクワ音楽院で学んだアジアの新星が健康な音楽を聴かせたのは好対照だ。パリで研鑽を積んだ海老彰子も第5位に入賞した。

イーヴォ・ポゴレリッチ(c)Malcolm Crowthers
ダン・タイ・ソン(c)佐藤寛敏

 1985年にはソ連のスタニスラフ・ブーニンが優勝して、名門ネイガウス家のサラブレット登場と騒がれ、日本でもフィーバーともいうべき人気を博した。この年には小山実稚恵が第4位となった。1990年には綿密な技巧を誇る横山幸雄が3位、ワルシャワで学んだ高橋多佳子が5位、95年には宮谷理香も5位に入賞するが、いずれの回も1位は空席とされた。

 2000年に中国からユンディ・リが出て、15年ぶりとなる第1位の栄冠を獲得した。アジアの若手が整った技術で席巻する時代の反映だろうか。2005年には、韓国と日本の4人の入賞者—イム・ドンヒョクとイム・ドンミンの兄弟、山本貴志と関本昌平をおいて、ラファウ・ブレハッチが古典的な構成観を持ち味に、ポーランドのショパンの心を清らかに謳った。

ユリアンナ・アヴデーエワ (c)Christine Schneider

 ショパン生誕200年を記念する2010年は、ロシアのユリアンナ・アヴデーエワがひさびさの女性覇者として注目された。このとき第3位のダニール・トリフォノフは次いでチャイコフスキーに優勝して、さらに躍進する。アジアからはファイナリストが出なかった。

 そして、前回2015年は、韓国のチョ・ソンジンが優勝。シャルル・リシャール=アムラン、ケイト・リウ、エリック・ルー、イック・トニー・ヤン、ドミトリー・シシュキンと続き、ポーランドからの入賞者は不在となった。

チョ・ソンジン (c)Christoph Köstlin

 ますますSNS時代が加速する2021年秋、もっともショパンに近づくのは誰で、もっとも輝きを放つピアニストはいったい誰だろう?


ショパン国際ピアノコンクール 歴代の主な上位入賞者

1927年 第1回
第1位
 レフ・オボーリン Lev Oborin(ソ連)
第2位 スタニスワフ・シュピナルスキ Stanisław Szpinalski(ポーランド)
第3位 ローザ・エトキン Róża Etkin(ポーランド) 
第4位 グリゴリー・ギンズブルク Grigory Ginzburg(ソ連)

1932年 第2回
第1位
 アレクサンドル・ウニンスキー Alexander Uninsky(国籍不詳)
第2位 イムレ・ウンガール Imré Ungár(ハンガリー)
第3位 ボレスワフ・コン Bolesław Kon(ポーランド

1937年 第3回
第1位
 ヤコフ・ザーク Yakov Zak(ソ連)
第2位 ローザ・タマルキナ Roza Tamarkina(ソ連)
第3位 ヴィトルト・マウツジンスキ Witold Małcużyński(ポーランド)
第8位 ヤン・エキエル Jan Ekier(ポーランド)

1949年 第4回
第1位 ハリーナ・チェルニー=ステファンスカ Halina Czerny-Stefańska(ポーランド)
第1位 ベラ・ダヴィドヴィチ Bella Davidovich(ソ連)
第2位 ローザ・タマルキナ Roza Tamarkina(ソ連)
第3位 ヴィトルト・マウツジンスキ Witold Małcużyński(ポーランド)

1955年 第5回
第1位
 アダム・ハラシェヴィチ Adam Harasiewicz(ポーランド)
第2位 ウラディーミル・アシュケナージ Vladimir Ashkenazy(ソ連)
第3位 フー・ツォン Fou Ts’Ong(中国)
第10位 田中希代子 Kiyoko Tanaka(日本)

1960年 第6回
第1位
 マウリツィオ・ポリーニ Maurizio Pollini(イタリア)
第2位 イリーナ・ザリツカヤ Irina Zaritskaya(ソ連)
第3位 タニア・アショット=ハロウトウニアン Tania Achot-Haroutounian(イラン)

1965年 第7回
第1位
 マルタ・アルゲリッチ Martha Argerich(アルゼンチン)
第2位 アルトゥール・モレイラ・リマ Arthur Moreira Lima(ブラジル)
第3位 マルタ・ソシンスカ Marta Sosińska(ポーランド)
第4位 中村紘子 Hiroko Nakamura(日本)

1970年 第8回
第1位
 ギャリック・オールソン Garrick Ohlsson(アメリカ)
第2位 内田光子 Mitsuko Uchida(日本)
第3位 ピオトル・パレチニ Piotr Paleczny(ポーランド)
第6位 ヤノシュ・オレイニチャク Janusz Olejniczak(ポーランド)

1975年 第9回
第1位
 クリスチャン・ツィメルマン Krystian Zimerman(ポーランド)
第2位 ディーナ・ヨッフェ Dina Yoffe(ソ連)
第3位 タチアナ・フェドキナ Tatiana Fedkina(ソ連)
第4位 パーヴェル・ギリロフ Pavel Gililov(ソ連)

1980年 第10回 
第1位
 ダン・タイ・ソン Dang Thai Son(ベトナム)
第2位 タチアナ・シェバノワ Tatiana Shebanova(ソ連)
第3位 アルチュン・パパジアン Arutyun Papazyan(ソ連)
第5位 海老彰子 Akiko Ebi(日本)
第5位 エヴァ・ポブウォツカ Ewa Pobłocka(ポーランド)

1985年 第11回
第1位
 スタニスラフ・ブーニン Stanislav Bunin(ソ連)
第2位 マルク・ラフォレ Marc Laforêt(フランス)
第3位 クシシュトフ・ヤブウォンスキ Krzysztof Jabłoński(ポーランド)
第4位 小山実稚恵 Michie Koyama(日本)                     
第5位 ジャン=マルク・ルイサダ Jean-Marc Luisada(フランス)

1990年 第12回
第1位
 該当者なし not awarded                          
第2位 ケヴィン・ケナー Kevin Kenner(アメリカ)
第3位 横山幸雄 Yukio Yokoyama(日本)
第5位 高橋多佳子 Takako Takahashi(日本)

1995年 第13回
第1位
 該当者なし not awarded
第2位 フィリップ・ジュジアーノ Philippe Giusiano(フランス)
第2位 アレクセイ・スルタノフ Alexei Sultanov(ロシア)
第3位 ガブリエラ・モンテーロ Gabriela Montero(アメリカ)
第5位 宮谷理香 Rika Miyatani(日本)

2000年 第14回
第1位
 ユンディ・リ Yundi Li(中国)
第2位 イングリット・フリッター Ingrid Fliter(アルゼンチン)
第3位 アレクサンダー・コブリン Alexander Kobrin(ロシア)
第6位 佐藤美香 Mika Sato(日本)

2005年 第15回
第1位
 ラファウ・ブレハッチ Rafał Blechacz(ポーランド)
第2位 該当者なし not awarded                          
第3位 イム・ドンヒョク Dong Hyek Lim(韓国)
第3位 イム・ドンミン Dong Min Lim(韓国)
第4位 関本昌平 Shohei Sekimoto(日本)
第4位 山本貴志 Takashi Yamamoto(日本)

2010年 第16回
第1位
 ユリアンナ・アヴデーエワ Yulianna Avdeeva(ロシア)
第2位 ルーカス・ゲニューシャス Lukas Geniušas(ロシア/リトアニア)
第2位 インゴルフ・ヴンダー Ingolf Wunder(オーストリア)
第3位 ダニール・トリフォノフ Daniil Trifonov(ロシア)

2015年 第17回
第1位
 チョ・ソンジン Seong-Jin Cho(韓国)
第2位 シャルル・リシャール=アムラン Charles Richard-Hamelin(カナダ)
第3位 ケイト・リウ Kate Liu(シンガポール)
(作成:編集部)