【ゲネプロレポート】
NISSAY OPERA 2021《ラ・ボエーム》

ミミの死が深く突き刺さる、いつもよりもっと悲しい《ラ・ボエーム》

 “ボエーム”とはフランス語でボヘミアン、つまり若い芸術家の卵のこと。19世紀パリのボエームたちの青春と恋愛、とりわけ死で幕を閉じる儚い恋を描いたプッチーニの傑作は、だれもの胸に刻印されている青春の甘酸っぱい味わいと苦みを思い起こさせる。しかも、プッチーニの詩情豊かで甘美な音楽に心を煽られるから、ヒロインのミミが息を引き取る終幕には、客席の方々からすすり泣きが聞こえる。なかでも日生劇場の《ラ・ボエーム》は、悲劇の核心であるミミの死に焦点を当てるという点で、ひとつの回答だったように思う。すなわち、泣ける舞台であった。公演日は6月12日、13日。13日組の最終総稽古(ゲネラル・プローベ)を取材した。
(2021.6/9 日生劇場 取材・文:香原斗志 撮影:寺司正彦)

左より:岸浪愛学(ロドルフォ)、迫田美帆(ミミ)、池内 響(マルチェッロ)
左より:迫田美帆(ミミ)、池内 響(マルチェッロ)、岸浪愛学(ロドルフォ)、近藤 圭(ショナール)、山田大智(コッリーネ)
中央:清水良一(ベノア)

 幕が上がって一瞬、戸惑った。聴こえる音楽は第4幕の後半のもので、舞台上には病気のミミがベッドに寝ていたからだが、すぐに第1幕からオペラは始まった。しかし、ベッドから起き上がたミミが最初から舞台にいる。そこで気づいたが、これから展開するのは死を目前にしたミミの回想なのだ。客席の私たちはミミの目を通して、リアルに構築されたパリの屋根裏部屋で起きたさまざまを眺めることになる。

 二人の男声の掛け合いで始まったが、岸浪愛学のロドルフォは若々しく、情熱的というよりも誠実なイメージだろうか。マルチェッロの池内響は艶のある深い声で、どの音域も音質と響きが安定し、非常に存在感のある歌だった。注目すべきバリトンである。

 そして、あらゆる場面に回想する側、また当事者として存在しているミミは迫田美帆。第一声から、少し湿って明るすぎない抒情的な声がミミそのものだった。この若いソプラノの歌は、サントリーホール オペラ・アカデミー時代から長く聴いているが、元来高いポテンシャルがいま開花している。日本語で歌ってもフレージングは美しく、フォルテでは十分な量感を与えることができる。

 話が前後するが、この公演は宮本益光訳詞による日本語で歌われる。たとえば「私はミミ/どうして なぜ?/毎日一人で食べてミサには行かず/でも祈るの 一人で生きて」という具合で、原語の響きを極力損なわないように工夫されている。むろん、迫田の歌の卓越した抒情性、洗練された声のラインと歌のフォームは、日本語の歌詞のもとでも存分に味わうことができた。

左:三浦克次(アルチンドロ) 右:冨平安希子(ムゼッタ)

 第2幕の場面は賑わうカルチェ・ラタンだが、同じ屋根裏部屋で展開する。だから子どもたちも群衆も舞台に現れない。演出の伊香修吾は、ソーシャルディスタンスを確保する必要性からバンダや合唱を舞台裏に配置したのだろう。しかし、全体がミミの回想とされているので、賑わいが見えないことに違和感がなく、むしろミミの心中に焦点が集まるというプラスの効果を生んでいた。唯一の休憩の後、第3幕も同様に、屋根裏部屋からミミの目で、雪のアンフェール門での場面を眺めることになり、するとミミの痛切な訴えとマルチェッロの美声が、いつもより深いドラマ性を帯びてくる。

 第4幕、ミミが息を引き取る直前でいったん音楽が止まり、舞台が暗くなる。部屋に明かりが戻るとミミは息絶えているから、以後はもう彼女の回想ではない。ミミの目を通して眺めた愛しき日々の前に、突きつけられた死。それを前にしての悲しみは、いつもの《ラ・ボエーム》よりも濃かった。

 深く濃い悲しみを導いたのは、指揮の園田隆一郎でもあった。園田が紡ぐ音楽は以前から、イタリア仕込みのカンタービレと、様式感のある端正なフォームが魅力だった。こうした美点はそのままに、よい意味でのアクが加わってきた。休符の活かし方、間合いの取り方、絶妙な弱音と、その後の盛り上げ方。むろん、それらは楽譜を尊重しての表現だが、いままで以上に歌と言葉のニュアンスに寄り添って、聴き手の心を煽ってくる。喜怒哀楽いずれもの振幅が大きい《ラ・ボエーム》では、なおさらそれが活きていた。


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【Information】
NISSAY OPERA 2021《ラ・ボエーム》 全4幕
(宮本益光訳詞による日本語上演・日本語字幕付)

2021.6/12(土)、6/13(日)各日14:00 日生劇場

指揮:園田隆一郎 
演出:伊香修吾 
訳詞:宮本益光
管弦楽:新日本フィルハーモニー交響楽団
合唱:C.ヴィレッジシンガーズ

出演
ミミ:安藤赴美子(6/12) 迫田美帆(6/13)
ロドルフォ:宮里直樹(6/12) 岸浪愛学(6/13)
ムゼッタ:横前奈緒(6/12) 冨平安希子(6/13)
マルチェッロ:今井俊輔(6/12) 池内 響(6/13)
ショナール:北川辰彦(6/12) 近藤 圭(6/13)
コッリーネ:デニス・ビシュニャ(6/12) 山田大智(6/13)
ベノア:清水宏樹(6/12) 清水良一(6/13)
アルチンドロ:小林由樹(6/12) 三浦克次(6/13)
パルピニョール:工藤翔陽(両日)

問:日生劇場03-3503-3111 
https://www.nissaytheatre.or.jp