ぶらあぼONLINE新コーナー:海の向こうの音楽家
テレビなどで海外オケのコンサートを見ていると「あれ、このひと日本人かな?」と思うことがよくありますよね。国内ではあまり名前を知られていなくとも、海外を拠点に活動する音楽家はたくさんいます。勝手が違う異国の地で、生活に不自由を感じることもたくさんあるはず。でもすベては芸術のため。このコーナーでは、そんな海外で暮らし、活動に打ち込む芸術家のリアルをご紹介していきます。
全記事一覧はこちら>>
第1回は、編集部とのつながりも深いコントラバス奏者、幣さんです。彼は、ドイツに渡って20年、シュトゥットガルトのSWR交響楽団に15年在籍しています。シェフは、世界を席巻するカリスマ指揮者、テオドール・クルレンツィス。近いうちに彼が指揮する演奏会の話も聞けるでしょう。まずは、今のドイツの様子、そして久々のホームでの演奏の模様を書き綴ってもらいました。
ドイツ、シュトゥットガルトを本拠地に置く、SWR交響楽団のコントラバス奏者、幣隆太朗です。
今回は、ドイツよりフライブルクで、指揮はアンドルー・マンゼさん、ソリストにイザベル・ファウストさんを迎えての演奏会の模様をレポートします。
ドイツでは未だ有観客での演奏会は認められておらず、今回はラジオの収録のみとなりました。
SWR交響楽団は、旧シュトゥットガルト放送交響楽団と旧バーデンバーデン、フライブルクSWR交響楽団という2つの楽団(母体は同じ南西ドイツ放送局)が、2016年に合併して出来た大所帯のオーケストラで、首席指揮者にテオドール・クルレンツィスを迎えて新たに活動を開始しました。
本拠地はシュトゥットガルトですが、3回の定期演奏会は必ずシュトゥットガルトで2回、フライブルクで1回開催します。
今回はフライブルクで4日間の練習(4日目はGPのみ)、1日の収録だったのですが、演奏前に必ずオーケストラのメンバー全員の抗原検査をします。
まず初めに、打楽器、管楽器奏者と事務所の方、その後コントラバス(何故か弦楽器で1番最初、特に優越感を感じているわけではありません笑)チェロ、ヴィオラ、ヴァイオリンの順にホール内に作られた検査室に入っていきます。
そして、結果が陰性の人から順に待合室からホールに入り、音出しを始めるという形です。(ちなみに私はこの制度のおかげで2月は16回検査をしました。知り合いに今会うのに1番安心感があると言われました)
初日は打楽器のメンバーに誕生日の人がいました。うちのオケでは、指揮者が構えるといきなり小太鼓が鳴り、誕生日を祝う演奏が始まります。
その時のいろんな指揮者の「何が起こったんだ?」と状況を理解するまでの顔に個性的でバリエーションがあり大変面白いです。そしてその当人は指揮台へ行きその曲の指揮をします。私は、誕生日の朝、それがプレッシャーで胃がキリキリと痛みます(笑)
さて、肝心の演奏ですが、1曲目はイザベル・ファウストさんのバルトークのヴァイオリンコンチェルト。まあ彼女が素晴らしかった!!技巧的なところはとことん突き詰められ、一分の隙もないのに、少しも技術だけに偏らず音楽に溢れ、バルトークの歌を彼女の解釈で余す事なく聞かせてくれました。2楽章の美しさといったら。。オケも全員彼女に脱帽していました。
ツィンマーマンさん、ムターさん、カヴァコスさん、シャハムさんなど素晴らしいヴァイオリン奏者と演奏してきましたが、彼女は間違いなくそのラインナップに入ってきました。
指揮のアンドルー・マンゼさんとは初共演で、彼自身もヴァイオリンの名手です。性格は温厚で、一点の曇りも無く純粋に音楽を愛しているというような人でした。
2曲目は、シューマンの2番のシンフォニー。オーケストラの合わせでは思うようにいかず、ストレスがかかる状況になる事もあるのですが、終始にこやかに、根気強く、そして一切妥協せず、自分のシューマンへの思いをウィットを交えながら伝えていきます。
話も大変面白く、「シューマンは当時指揮者としてあまり良い評価を得たわけではなかった。なぜなら、頭の中で流れている自分の理想を夢見ながらただ振っているだけで、その場のオーケストラが奏でている音には留意しなかったんだ」などタイミング良く注目を引くような話をすることも上手なので、集中力が切れません。
そして出来上がった音楽は、無駄な贅肉のない、愛情に満ちたシューマン、とても素晴らしかったです。
今このコロナ禍で、団員同士2mの距離を取って演奏せざるを得ず、音楽的に意思の疎通を図るのが難しく、物理的距離は精神的な距離でもあるのだなと感じています。
それでも、お二人の様な優れた音楽家と、そして気心知れた仲間と一緒に演奏する事は至福の時間でした。
この困難を乗り越え、団員との絆がより強固になり、そして普通の距離に戻った時に今の経験を存分に発揮できる様に、腐らずしっかり準備しようと思えた5日間でした。
以上、ドイツ・フライブルクからのコンサートレポートでした。ありがとうございました!
Profile
幣 隆太朗 Ryutaro Hei(コントラバス)
10歳より、故・奥田一夫に手ほどきを受ける。
1999年、兵庫県立西宮高校音楽科卒業、同年、東京藝術大学入学。
2001年、渡独。ドイツ・ヴュルツブルク音楽大学入学。DAAD外国人のための学内コンクールで1位となり、奨学金を授与される。
05年、同大学ディプロマ試験を最高得点で卒業、同大学院マスターコースに入学。同年ベルリン国立歌劇場オーケストラ(シュターツカペレ・ベルリン)のアカデミー試験に合格、首席指揮者ダニエル・バレンボイム指揮のもと、オーケストラの一員として研鑽を積む。
07年、首席指揮者サー・ロジャー・ノリントンのもと、ドイツ公共放送局オーケストラの1つ、SWRシュトゥットガルト放送交響楽団に入団。
09年ヴュルツブルク音楽大学マイスタークラスの修了試験を審査員の満場一致で合格、「コントラバスマイスター」の称号を得る。
現在、シュトゥットガルト放送交響楽団団員として、ドイツ国内外でのソロリサイタル、小菅優、樫本大進、庄司紗矢香、ボリスベ・レゾフスキー、フィリップ・トゥーンドゥル、セバスティアン・マンツなど、 世界を代表するソリストの室内楽の共演等、精力的に活動している。
日本では毎夏、日本ツアー帰国リサイタルを開催。
10年よりサイトウ・キネン・オーケストラのメンバーとして公演に参加。文屋充徳、奥田一夫、河原泰則、永島義男、南出信一、村上満志、山本修、マティアス・ヴィンクラーの各氏に師事。
12年より上野製薬株式会社より1670年製コントラバスの名器「ブゼット」を貸与されている。
14年白井圭、横坂源とともにルートヴィヒ・チェンバー・プレイヤーズ結成。15年兵庫県芸術奨励賞、神戸市文化奨励賞、同時受賞。
ぶらあぼONLINE新コーナー:海の向こうの音楽家
テレビなどで海外オケのコンサートを見ていると「あれ、このひと日本人かな?」と思うことがよくありますよね。国内ではあまり名前を知られていなくとも、海外を拠点に活動する音楽家はたくさんいます。勝手が違う異国の地で、生活に不自由を感じることもたくさんあるはず。でもすベては芸術のため。このコーナーでは、そんな海外で暮らし、活動に打ち込む芸術家のリアルをご紹介していきます。
全記事一覧はこちら>>