開幕直前! 舞台稽古レポート 藤原歌劇団 創立90周年記念公演 ロッシーニ《ラ・チェネレントラ》

優雅な歌と美しい舞台に支えられて映える極上の音楽

 チェネレントラとはイタリア語で「シンデレラ」のこと。オペラ《ラ・チェネレントラ》はまさにシンデレラの物語だ。でも、ロッシーニのオペラは、有名なペローの童話とはちょっと違う。かぼちゃの馬車もガラスの靴も出てこない代わりに、シンデレラは強い意思をもって幸福をつかみ、玉座へと昇る。親しみやすい童話と、ヒロインが自立した大人の物語の、いわばハイブリッドなのだ。
 そんな最強のオペラを藤原歌劇団が、4月27日、28日にテアトロ・ジーリオ・ショウワで上演する。27日組の舞台稽古を取材したが、ロッシーニによる美しすぎるほどの音楽に酔いしれ、アンサンブルに心躍らせ、稽古ながら極上の時間を味わうことができた。
(2024.4/23 テアトロ・ジーリオ・ショウワ 取材・文:香原斗志、舞台稽古写真:長澤直子)
*稽古のため、衣裳、照明、その他細かい演出が本番と異なります。

左より:楠野麻衣(クロリンダ)、但馬由香(アンジェリーナ)、米谷朋子(ティーズベ)

 この日はまだ管弦楽が入らずピアノ伴奏だったが、指揮台には本番同様、鈴木恵里奈が立った。彼女がロッシーニの作品を指揮するのを聴くのははじめてで、じつをいえば、少し心配した。ところが、序曲から軽やかで、ロッシーニの音楽に欠かせない肩の力が抜けた軽快さとエレガンスさがある。メリハリが利いたなかでクレッシェンドは爽快に沸き立ち、なかなか鮮やかなロッシーニだ。
 
 また、全体を統率しつつ、歌手の自発性を活かした指揮ぶりで、歌い手が力を出しやすそうだ。実際、アンジェリーナ、すなわち「チェネレントラ(灰かぶり姫)」と呼ばれるヒロインの2人の姉、クロリンダ(楠野麻衣)とティーズベ(米谷朋子)が、冒頭からロッシーニのスタイルに即した歌唱美を味わわせてくれた。大事なアンサンブルにもからむこの2人の歌が、上演水準を占うことが多く、幸先のいいスタートとなった。
 
 フランチェスコ・ベッロットの演出は、テーブルの上に置かれた童話の本から登場人物たちが抜け出し、ドラマを展開するというもの。ファンタジーあふれる美しい舞台で、童話に寄せられている分、そこに収まりきらないアンジェリーナや王子ドン・ラミーロの強い意思や感情が浮き彫りになるともいえる。

左より:小堀勇介(ドン・ラミーロ)、岡昭宏(ダンディーニ)、押川浩士(ドン・マニーフィコ)、但馬由香(アンジェリーナ)、久保田真澄(アリドーロ)
左より:米谷朋子(ティーズベ)、押川浩士(ドン・マニーフィコ)、楠野麻衣(クロリンダ)

歌手がそろっているからアンサンブルも映える

 アンジェリーナの但馬由香は、適度に深みがある磨かれた声で、けれん味のない歌を聴かせる。ていねいな歌唱に好感がもて、ものごとの表面にだまされず、まっすぐに本質を見つめるというこの役の性質が伝わる。
 
 王子ラミーロの小堀勇介は、第一声からハッとさせられる甘い声を優美につむぎ、技巧的な装飾を鮮やかに加えていく。第1幕でこの2人が歌う二重唱は、出会いのときめきが極上の音楽で彩られ、古今の出会いの場面のなかでも、私はもっとも美しいと思う。それをこの2人が歌うと、それぞれの純真さが強調され、陶然とさせられた。
 
 小堀のラミーロは、第2幕のアリアもじつに鮮やかだった。小さな音符の連なりを敏捷に歌うアジリタが鮮やかで、高いドの音は拡声器でもつけたかのように輝かしく響く。また、ロッシーニのオペラでは、同じ旋律を繰り返すときは変奏するが、小堀の変奏は洗練されていて、アリアの魅力が倍増する感があった。

小堀勇介(ドン・ラミーロ)

 ほかの歌手も概ね健闘した。アンジェリーナの継父のドン・マニーフィコを歌う押川浩士は、滑稽さをたくにみ表し、王子の従者ダンディーニの岡昭宏は、流麗さと滑稽な表現の両立が求められるこの役で、存在感を示した。

 歌手がそろった結果、第1幕フィナーレの七重唱や、第2幕、ホンモノの王子が明らかになって歌われる、1音1音をスタッカートで強調した六重唱など、このオペラの核心のひとつであるアンサンブルが美しく活気づいた。もちろん、鈴木の指揮もそれを支え、人物の動きを音楽と見事に一致させるベッロットの手腕も冴えた。
 
 最後にテアトロ・ジーリオ・ショウワの「功績」も強調したい。一人ひとりの歌手の声を客席に届け、さらには絶妙にブレンドさせる音響のよさ。そして、ロッシーニのオペラに最適の広さ。この空間を得たことは、作品にとっても、鑑賞する私たちにとっても幸福なことだと思う。

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■2018年 藤原歌劇団公演《ラ・チェネレントラ》舞台写真 

©公益財団法人日本オペラ振興会

【Information】
藤原歌劇団創立90周年記念公演
《ラ・チェネレントラ》
全2幕・字幕付き原語(イタリア語)上演
 
2024.4/27(土)、4/28(日)各日14:00

テアトロ・ジーリオ・ショウワ


指揮:鈴木恵里奈
演出:フランチェスコ・ベッロット
 
出演
アンジェリーナ:但馬由香(4/27) 山下裕賀(4/28)
ドン・ラミーロ:小堀勇介(4/27) 荏原孝弥(4/28)
ドン・マニーフィコ:押川浩士(4/27)坂本伸司(4/28)
ダンディーニ:岡昭宏(4/27)和下田大典(4/28)
クロリンダ:楠野麻衣(4/27)米田七海(4/28)
ティーズベ:米谷朋子(4/27)髙橋未来子(4/28)
アリドーロ:久保田真澄(4/27)東原貞彦(4/28)
 
合唱:藤原歌劇団合唱部
管弦楽:テアトロ・ジーリオ・ショウワ・オーケストラ
 
問:日本オペラ振興会チケットセンター03-6721-0874
https://www.jof.or.jp
https://www.jof.or.jp/performance/2404-cenerentola