「春の旅」――クラシック音楽でめぐる諸国の春

 クラシック音楽には「季節」を題材にした作品が数多くあります。この記事では、その中でも「春」にまつわる名曲を、音楽ジャーナリストの飯尾洋一さんが国ごとに厳選してご紹介♪ さらに飯尾さんおススメの音源を、記事ページからすぐ、Spotifyで聴くことができます!
 最大10連休となる今年のゴールデンウィーク、アウトドア派の方はお出かけのおともに、インドア派の方は「おうちタイム」でじっくりと――音楽を通した世界各国の「春」をめぐる旅に出発です!

文:飯尾洋一

🇩🇪ドイツ

ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第5番「春」

 春を感じさせる名曲として、まっさきに挙げたいのが、ベートーヴェンの「スプリング・ソナタ」ことヴァイオリン・ソナタ第5番「春」。この曲に「春」のニックネームを与えたのがだれなのかはわからないが、幸福感にあふれたうららかな曲想を聴けばだれもが「春」だと納得できるはず。のびやかな第1楽章のみならず、快活な第4楽章まで、一貫して喜びの気分が続く。こんな曲はベートーヴェンには珍しいのでは。フランク・ペーター・ツィンマーマンのつややかなヴァイオリンと、マルティン・ヘルムヒェンのみずみずしいピアノが、春の到来を告げる。第1楽章のぐんぐんと進む快速テンポが吉。春はアクティブな季節なのだ。

ヴァイオリン・ソナタ第5番「春」:トラック1~4

シューマン:交響曲第1番「春」

 春は花咲く季節だ。桜が一斉に咲き、ツツジ、タンポポ、ハナミズキ、スズラン……。色とりどりの花が街にあふれる。新緑も目にまぶしい。が、そんな自然のあまりに旺盛な生命力を目にすると、少し落ち着かない気分にならないだろうか。あまりの勢いに心がざわざわして、不穏な気配を感じる。そんな春のダークサイドと共鳴するのが、シューマンの交響曲第1番「春」だと思う。第1楽章のファンファーレにはたしかに春の喜びが感じられるのだが、第2楽章はどうだろう。耽美だけど、どこか怖い。第4楽章には満たされない情熱が渦巻いている。ロビン・ティチアーティ指揮スコットランド室内管弦楽団の演奏には、春の嵐を思わせる勢いがある。フレッシュだ。

交響曲第1番「春」:トラック1~4

🇦🇹オーストリア

ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「春の声」

 ヨハン・シュトラウス2世といえば「ワルツ王」。おびただしい数のウィンナワルツを作曲した。そのなかでもとりわけ傑作とされる作品を「十大ワルツ」と呼んだりする。もちろん、「春の声」も「十大ワルツ」に含まれる。が、正直言えば「十大」では数が多すぎてインパクトが今ひとつ。私見では「春の声」「皇帝円舞曲」「美しく青きドナウ」を「三大ワルツ」としてまとめたいところである。弾むようなリズム、旋回するようなメロディは、いかにも春の喜びにあふれている。ウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートでもおなじみの曲だが、季節感からいえばお正月よりも今こそ聴きたい。1989年、カルロス・クライバー指揮ウィーン・フィルのはつらつとした演奏で。

モーツァルト:歌曲〈春への憧れ〉

 モーツァルトに春めいた曲はたくさんあるが、はっきり「春」と銘打たれた曲はほんの少ししかない。その一曲が歌曲〈春への憧れ〉K.596。歌詞はクリスティアン・アドルフ・オーファーベック。5月の青々とした木々、小川のほとりに咲くすみれの花への憧れを、簡潔なメロディに乗せて歌う。まるで民謡みたいに自然で、さりげない。これを聴くと春だなと思う。が、同じメロディをモーツァルトは最後の協奏曲であるピアノ協奏曲第27番の第3楽章にも使っている。こちらを聴くと、淡々とした曲調にうっすらとした寂しさが漂っていて、むしろ秋だなと感じてしまうのがおもしろいところ。春と秋は表裏の関係なのか。エリー・アメリングの清澄な声は曲想にふさわしい。

🇮🇹イタリア

ヴィヴァルディ:ヴァイオリン協奏曲集「四季」より〈春〉

 季節を題材とした楽曲のチャンピオンがヴィヴァルディの「四季」。作曲者がイメージしたのはヴェネツィアの春夏秋冬だろうが、日本の季節感ともマッチしている。各々の曲にはソネットが添えられており、曲がなにを描写しているのかは明らか。有名な〈春〉の第1楽章では、独奏ヴァイオリンが小鳥のさえずりを表現する。小川のせせらぎも心地よい。第2楽章では羊飼いが居眠りをしているところに、ヴィオラの猟犬が鋭く吠える。ヴィオラ犬だ。全般に動物成分高めなところも楽しい。名録音はたくさんあるが、佐藤俊介とコンチェルト・ケルンほどこの曲が新鮮に感じられるものはまれだろう。ここにあるのは胸躍る春。

ヴァイオリン協奏曲集「四季」より〈春〉:トラック4~6

🇫🇷フランス

リリ・ブーランジェ:「春の朝に」

 春はあけぼの。フランスでもそう言われているのかどうかは知らないが(たぶん言わない)、春の朝は文句なしに気持ちよい。散歩をするならだんぜん朝。そんな春の爽快さを感じるのがリリ・ブーランジェ作曲の「春の朝に」。作曲者は教育者として有名なナディアの妹で、女性として初めて「ローマ賞」を受賞したものの、病により24歳の若さで世を去った。近年、女性作曲家に光が当てられる機会が増えており、それに伴ってこの曲への注目度も上がっているように思う。ピアノ三重奏曲版やフルート版などもあるが、ヤン・パスカル・トルトゥリエ指揮BBCフィルハーモニックの色彩感豊かで磨き上げられた演奏を聴くと、オーケストラ版にまさるものはないと感じる。

🇪🇸スペイン

アルベニス:「イベリア」第1巻 第3曲〈セビリアの聖体祭〉

 スペインの作曲家アルベニスの代表作が、全4巻からなるピアノ曲「イベリア」。華やかで洗練されたピアニズムと、ローカル色豊かなスペイン情緒が融合して、独自の世界が築かれている。第1巻の第3曲は〈セビリアの聖体祭〉。移動祝祭日なので年により異なるが、春に開かれるカトリックのお祭りだ。聖体の行列が遠くから近づいてきて、また去っていく。そんな様子がピアノで巧みに表現される。この高揚感と開放感は日本のゴールデンウィークにもよく似合う。ラ・フォル・ジュルネ等でたびたび来日しているスペインのピアニスト、ルイス・フェルナンド・ペレスが浮き立つような興奮を伝えてくれる。なんという輝かしさ。

🇬🇧イギリス

ディーリアス:「春初めてのカッコウの声を聞いて」

 春は出会いと別れの季節。職場でも学校でもそうだ。これまでお世話になった方から異動や退職のあいさつをもらったり、新人を紹介されたり、担当者が変わったりする。しんみりと感慨にふけることもしばしば。それというのも日本の年度が4月はじまりだから。この感覚は西洋にはあるまい……と思いきや、そんな心情にぴたりと寄り添ってくれるのが、ディーリアスの「春初めてのカッコウの声を聞いて」だ。春だけどどこか物悲しい。クラリネットによるカッコウの鳴き声を際立たせながら、陰影豊かな音楽が綴られる。ネヴィル・マリナー指揮アカデミー・オブ・セント・マーティン・イン・ザ・フィールズの情感豊かな演奏でしみじみしたい。

🇺🇸アメリカ

コープランド:「アパラチアの春」

 「春」を題材とした楽曲で、意外とわかりづらいのがコープランドの「アパラチアの春」かもしれない。知らずに聴くと「あ、これはアパラチア山脈の大自然を描いているのかな」などと思ってしまうが、題材となっているのはアメリカ開拓民の営みだ。新しい家を建てた農家に遠くの村から花嫁がやってくる。ここにあるのは若い夫婦の門出であり、農村の質実剛健な暮らしぶりを連想させる。アウトドア系のムードがあるので、春のキャンプやドライブにもぴったりの曲では。最大の聴きどころは第7曲。有名な「シンプルギフト」のメロディが変奏される。ジョン・ウィルソン指揮BBCフィルハーモニックのサウンドは明快で、すがすがしい。

アパラチアの春:トラック11~17