INTERVIEW 牛田智大 〜ショパンコンクールを経て、まだ見ぬ自分へ〜

高坂はる香のワルシャワ現地レポート 第13回

取材・文:高坂はる香

 前回に続き、大きなプレッシャーの中で二度目のショパンコンクールへの挑戦を行い、セミファイナリストとなった牛田智大さん。この挑戦を振り返って、いま感じていること、ショパンとの距離、そしてこれからの展望について語っていただきました。

©Haruka Kosaka

──前回から今回のショパンコンクールの間の4年にわたるショパンへの旅路を振り返って、いかがですか?

 それ以前からのことも考えると、ショパンに取り組んでいる期間はとても長いですね。この4年ももちろんショパンばかりやってきたわけではなく、ドイツ音楽やロシア音楽などに取り組みながら、その期間も心の片隅にはショパンがあって、そのベースを作ってきたという感覚です。
 ショパンコンクールは終わりましたが、ショパンへの探求はこの後も多分ずっと続いていくと思います…。コンクールのためにショパンを勉強してきたわけでもなく、もちろんその過程にコンクールはありましたが、ここからも変わらずショパンとの関わりは続いていくのだろうと思います。

©Haruka Kosaka

──ショパンとの関係性や距離感は変化しましたか?

 そうですね…そもそも私にとって、もともとショパンはけっこう遠い人なんですよ。

──以前もそうおっしゃっていて驚きました!

 はい…だから結局すごく近づくわけでもなく、でも逆に遠いからこそ、数年経つと思い出す“詣でておくべき存在”みたいな感覚なのです(笑)。前回のショパンコンクールの後もしばらくショパンはほとんど弾かず、ドイツものばかり弾いていました。
 例えば、シューマンやブラームスはすごく自分の心に近くて、弾いていると自分自身と同化するような感覚があるぐらいの作曲家なんです。でもショパンは自分とは全く違うパーソナリティの作曲家なので、大きな壁があるのだけれど、ずっと離れていると戻らなくてはという気持ちになる存在です。

──違うパーソナリティというのは、どんなところがですか?

 音楽的にもですが、人間的にも複雑というか面倒なキャラクターで、そこが魅力でもあるのですけど…。

──ご自身もだいぶ複雑なタイプな気がしますけど、まるで他人事のように(笑)。

 いやー、似ているから嫌ということなんですかね(笑)。
 でもショパンって、ロマン派的に人間の心の内を表現するというよりは、そういう感情を、芸術的良心に基づいて作品にしているというか、古典派的なきれいさ、様式美をより重視した作曲家だと感じるんです。いわば“様式の檻の中に感情を閉じ込める”という、でもそれこそがショパンの美しさだなと。だから、心から尊敬すると同時に、自分自身ではないという憧れをもって見ている存在なのです。

©Wojciech Grzedzinski/NIFC

 一方でシューマンやブラームスは、自分自身を投影して考えたり、音楽そのものに彼らのパーソナリティを見て、愛おしいなと愛を持って向き合える存在です。もちろんブラームスや、あともう一人大好きな作曲家であるシューベルトも、とても様式に厳格な人ではあるのですが、なんでしょう…感覚的に少しまた別のものを感じるんですよね。
 とはいえ、子どもの頃からショパンはおそらく一番多く勉強してきているので、人間的には遠い存在だけれども、ピアニストとしてテクニカルな面ではショパンの考え方が基本にあるので、定期的に戻ることにはなると思います。
 今回このコンクールへの挑戦が終わってまた少し離れるかもしれませんが、節目節目で定期的に戻り、その都度新鮮な気持ちで彼の作品に関わっていくでしょうね。
 もしかしたら年を重ねたとき、今は尊敬の気持ちで対峙している作品に共感できるようになるかもしれないし、愛せるようになるかもしれないので、それも楽しみだなと思っています。

©Haruka Kosaka

──ショパンコンクールに再挑戦したこの経験については、いかがですか?

 20代の少なくない時間をショパンの作品のために費やす機会を得られたことはとてもよかったと思っています。ショパンに限らず、コンクールがあるとそれに向けて自分自身を見つめ直すことにもなりますから。
 あとこのコンクールは一人の作曲家にフォーカスしますよね。その素晴らしさは、偉大な作曲家がもつ「多様さ」を若いピアニストに気づかせてくれることにあるのではないかと思っています。
 普段私たちは何人もの作曲家を一度に勉強するので、ときどき作曲家ごとにレッテルを貼ってしまうというか、例えばベートーヴェンなら力強く、ラヴェルなら古典的に…というように、こうあるべきだというスタイルに従って捉えようとしてしまうことがあります。でも実際には、ベートーヴェンにも脆さはあるし、ラヴェルにはロマン派的なところもある。いわゆる歴史に名が残るような偉大な作曲家の音楽には、すべてがあるんですよね。でも、この作曲家はこういうスタイルだという呪縛にとらわれて作品と向き合ってしまうと、別の一面を見逃してしまうことが多いのです。
 集中してショパンだけに向き合っていると、彼の作品は、古典的なもの、ロマン派的なもの、理性や感情の要素と本当にいろいろなスタイルが複合しているとあらためて気づかせてくれます。作曲家の中にある多面的な要素に目を向けさせてくれるのです。
 そういう意味でこのコンクールを経験したことには意味がありました。これがまたどこかに繋がっていったらと思います。

©Krzysztof Szlezak/NIFC

──ワルシャワでの留学も4年がたち、このあとのプランは?

 当面はワルシャワにいる予定で、そこから先どんなふうに勉強を続けるかは考えているところです。今まで続いてきたことがこれからも続いていくのだろうなとは思います。なんとなく(笑)

──ショパンコンクールが始まる前に発表された来年3月のリサイタル・プログラムがオール晩年ブラームスだったのでびっくりしましたが、その時、次に弾きたい作曲家がブラームスという心境だったのでしょうか?

 もちろんずっと憧れてきた作品ですし、ドイツ・ロマン派の作品はライフワークにしていきたいと思っているので、20代のうちに取り組むことに決めました。コンクール直前にショパンに集中し続けることも必ずしも良いことではないので、ほかの作曲家のプロジェクトのことも並行して考えられたのは良かったと思います。
 ショパンの準備をしながら室内楽にもいくつか取り組んでいましたし、コンクールが終わったあとのシーズンは違う作曲家に取り組もうとずっと決めていました。それで、来年は3月にはオール・ブラームス、秋にはR. シュトラウスの室内楽作品と、ドイツものに取り組むつもりです。とくにシュトラウスはずっとやりたくて温めてきた企画で、同世代の若手で集まって演奏できるのを今から楽しみにしているところです!

Chopin Competition
https://www.chopincompetition.pl/en


【Information】
第19回ショパン国際ピアノ・コンクール2025 優勝者リサイタル
2025.12/15(月)19:00 東京オペラシティ コンサートホール
2025.12/16(火)19:00 東京芸術劇場 コンサートホール

第19回ショパン国際ピアノ・コンクール 2025 入賞者ガラ・コンサート
2026.1/27(火)、1/28(水)18:00 東京芸術劇場 コンサートホール
2026.1/31(土)13:30 愛知県芸術劇場 コンサートホール

出演
第19回ショパン国際ピアノ・コンクール入賞者(複数名)、アンドレイ・ボレイコ(指揮)、ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団

他公演
2026.1/22(木) 熊本県立劇場 コンサートホール(096-363-2233)
2026.1/23(金) 福岡シンフォニーホール(092-725-9112)
2026.1/24(土)大阪/ザ・シンフォニーホール(ABCチケットインフォメーション06-6453-6000)
2026.1/25(日) 京都コンサートホール(ABCチケットインフォメーション06-6453-6000)
2026.1/29(木) ミューザ川崎シンフォニーホール(神奈川芸術協会045-453-5080)

牛田智大 ピアノ・リサイタル
2026.3/21(土)14:00 東京芸術劇場コンサートホール
《オール・ブラームス・プログラム》
ブラームス:
7つの幻想曲 op. 116
3つの間奏曲 op. 117
6つの小品 op. 118
4つの小品 op. 119
https://www.japanarts.co.jp/concert/p2192/


高坂はる香 Haruka Kosaka

大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動。雑誌やCDブックレット、コンクール公式サイトやWeb媒体で記事を執筆。また、ポーランド、ロシア、アメリカなどで国際ピアノコンクールの現地取材を行い、ウェブサイトなどで現地レポートを配信している。
現在も定期的にインドを訪れ、西洋クラシック音楽とインドを結びつけたプロジェクトを計画中。
著書に「キンノヒマワリ ピアニスト中村紘子の記憶」(集英社刊)。
HP「ピアノの惑星ジャーナル」http://www.piano-planet.com/