名ピアニスト・東誠三がモーツァルト&シューベルト、ふたりの「晩年」にせまる

©Ariga Terasawa

 東誠三は、毎年春に東京文化会館の小ホールでピアノ・リサイタルを開催している。10回目の今回は、ウィーンで活躍したモーツァルトとシューベルト、その晩年の作品を集めたプログラムだ。

 「晩年といっても、2人ともまだ30代なんですよね。その濃密に凝縮された人生の、それぞれの特徴がよく出た作品を選びました」

 モーツァルトは、近しいけれども非常に遠い、神のようでもあり親友のようでもある、特別な存在。「デュポールのメヌエットによる変奏曲」は、シンプルなテーマがまず素晴らしい。

 「各変奏もそれぞれに世界を持ち、全体の構成もとてもよくできている。子どもの頃から親しんできた曲ですが、60歳を過ぎた実演の場でどんなアイディアが浮かんでくるのか、やってみようと思いました」

 続く「ロンド イ短調」は、モーツァルトの短調作品の凄みが端的にあらわれた曲。自分をさらけ出さざるを得ない。よほどの覚悟がないと弾けない、とても怖い作品だ。

 そしてヘ長調のピアノ・ソナタは、モーツァルトのソナタの中でも異質な作品。

 「右手と左手の役割がほぼ均等で、どちらかというとバッハに近い。第1楽章では当時の楽器の音域の限界まで到達し、展開がまるで読めない。もう少し長生きしていたらどうなっていたのだろう、と考えさせられる曲です」

 若いときから親しみ、演奏を重ねてきた曲にあらためて挑むモーツァルトとは対照的に、シューベルトの「幻想」ソナタは今回、初めて披露する。

 「シューベルトのいいところは、モーツァルトやベートーヴェンのような偉大な先人たちを尊敬しつつ、作品では徹底的に自分自身を書いたこと。他の誰も描けなかった、オリジナリティのある音響世界を作っています」

 後期のソナタは、長く大きな時間の経過を感じさせる。

 「さまざまなサイクルの音の波がゆったりと、幾重にも空間に広がっていくなかで、天上世界を目指すような高みに達したり、葛藤があったり。最大の特徴は第4楽章です。全体の作りも、個々の場面も本当に素晴らしい」

 このリサイタル・シリーズの客席には、自分の家がちょっと広くなったような安心感がある。

 「今日もここに来られてよかったな、と思えるんです。みなさんにもぜひ、春の暖かい空気の中で聴きながら想像力を広げ、さまざまな世界を追体験していただければと思います」

取材・文:山崎浩太郎

(ぶらあぼ2026年3月号より)

東 誠三 ピアノ・リサイタル 
2026.4/26(日)14:00 東京文化会館(小)
問:ムジカキアラ03-6431-8186 
https://www.musicachiara.com


山崎浩太郎 Kotaro Yamazaki

1963年東京生まれ。演奏家の活動と録音をその生涯や同時代の社会状況において捉えなおし、歴史物語として説く「演奏史譚」を専門とする。著書は『演奏史譚1954/55』『クラシック・ヒストリカル108』(以上アルファベータ)、片山杜秀さんとの『平成音楽史』(アルテスパブリッシング)ほか。
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