高坂はる香のワルシャワ現地レポート 第14回
取材・文:高坂はる香
4年前、2021年のショパン国際ピアノコンクールでそれぞれ第2位、第4位に入賞している反田恭平さん、小林愛実さんご夫妻。過去の入賞者としてのChopin Talkへの出演、コンクールに挑戦する友人の応援のため、ファイナルの期間ワルシャワ入りしていました。

小林愛実さんが、カーティス音楽院の仲間で、10年前のショパンコンクールに一緒に挑んだエリック・ルー Eric Lu。やはりカーティス音楽院、しかもマンチェ・リュウ門下の妹弟子であるワン・ズートン Zitong Wang。そして、さらにはご夫婦ですっかり推しているというヴィンセント・オン Vincent Ong。その交流について話を聞いてみたら、どうやら彼らの入賞にはこのご夫婦が大きな功績を果たしていた可能性が!
今回の現役コンテスタントたちとの交流、愉快なエピソードをお届けします。
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──第3位となったワン・ズートンさんには、ファイナルの直前、お二人でコンチェルトについていろいろなアドバイスをされたそうですね。
小林 はい、彼女はオーケストラとこの曲を弾くのが初めてだったので、ピアニストがオーケストラをリードすべきところなど、全部理解するのはどうしても難しかったと思います。本番の前日、練習室で演奏を聴いてアドバイスをし、当日のリハーサルも気づいたことをメモしながら聴いて、ここだけは直したほうがいいだろうというところを伝えました。「弾く直前にあまり言うのも混乱するから良くないかな」と思ったのですが、逆に彼女は、本番直前で頭が冴えていたのか、いろいろなことをしっかり吸収してくれていましたね! 私たちは同じ先生のもとで勉強しているので、基本にある技法として同じものを持っていますから。

反田 アドバイスを理解して自分のものにするのが、本当に早かったよね! 手や体の大きさという意味では愛ちゃんからのアドバイスのほうが的確でしょうから、僕は指揮者でもある別の角度から、オーケストラがどういう演奏をするか、オーケストラのどの音を聴いて合わせていくべきかということを中心にアドバイスしました。
全部一つずつ説明すると時間がかかるから、ファイナル初日にオーケストラを聴いた印象を反映させて、きっとこういうふうに来るだろうという想定のもと、ピアノでオーケストラパートを通して伴奏してあげました。しっかり意識すべきオーケストラの音を、少しいじわるだけれど誇張して弾いてみたり。
…まあ、でも、採用されていたのはほとんど愛ちゃんの意見で、僕のは少ししか反映してもらえていなかったですけどね。8:2くらいかな!
ズートンが3位を取れたのは僕らのおかげじゃないかな(笑)!?

©Wojciech Grzedzinski/NIFC
──優勝したエリック・ルーさんも、お二人がすごく支えてくれた、ただ、1年前に再挑戦すると伝えたら、二人ともショックを受けていたと話していました。
小林 そうですね。もう一度受けると聞いたときは、「1位か2位を取れないなら、受ける意味ないよ」と言いました。実際に2回ショパンコンクールを受けている身として、これは切実に思ったことなんです。
反田 僕は、びっくりしたけど「いいんじゃない?」という感じでしたが、愛ちゃんはすごくストレートに現実的に物を言うタイプだから…彼女の意見はエリックにとってすごく大きいのだろうなと思って見ていました。

小林 だから時々、ケンカになったりするんですけれどね(笑)。「上位取れないなら、受ける意味どこにあるの?」って言ったら、エリックが、「どうしてますますプレッシャーがかかること言うの?」とか言いだして。
──でもそう言って追い込まれたことで、特別な力が発揮できたのかも…。
小林 「私から追い込まれたくらいで心が折れるなら、どうやってあのコンクールの本番で弾けるの?」って言いました。大変だよって。私は実体験で本当に辛かったので。
──そしてあとは、反田さんがヴィンセント・オンに眼鏡留めをプレゼントしたという功績もありますね! SNSでも話題になっていました。
反田 あの効果は、けっこうあったのではないですかね(笑)。今回のショパンコンクール、予備予選からできるだけ聴くようにしていたのですが、実はヴィンセントのことはそのときから気になっていました。おもしろいんだけれどしっかり真面目な演奏ですし、あと、ノクターンを弾いているのを見たときに“手の中の空間がしっかりある”と感じて。特殊な才能があるピアニストだと思いました。
無事に1次に出てきたときには、4月からさらに成長していて、これは行くかもしれない…と思って見守っていました。そうしたらだんだんYouTubeのチャット欄に、「メガネが落ちそうで気になる」とか「前髪切った方がいい」というコメントが続出しはじめて、「余計なお世話だよな」と思いながらも僕も少し気になってきてしまって(笑)。
それで、今回ワルシャワに来る前に、愛用している眼鏡留めの新品を用意して、絶対ヴィンセントにプレゼントしよう!と思って持ってきたんです。

小林 会ってみるまでどんな人かわからないし、「渡しても迷惑がられちゃうかもしれないよね」と言っていたんです。でもズートンの練習に付き合うためカワイの練習室に行ったら彼がいて、初めて会ったらすごくいい人で!
反田 愛ちゃんは、練習中だから迷惑かもしれないよと言うんだけど、僕は会いたかったからノックして自己紹介したら、「What?? What?? I know you of course!!!」って言ってくれて。
それで、「君の眼鏡がずっと気になっていたから日本から持ってきたんですけど…これはmade in Japanだから、もしよかったら、ガラコンサートあたりで気が向いたら使って」って言って渡したんです。
そうしたら、ファイナルで早速使ってくれていました。後で連絡がきて、「集中してうまく弾けた」と言ってくれて、うれしかったです(笑)。
小林 練習室でちょっとおもしろかったのが、彼、3時間くらい1楽章の呈示部の第2テーマに入る前までのところをずっと弾いていたんです。いつになったら第2テーマ弾くの?って心配になるくらい。
それで、あそこはあんなに真剣に練習していたんだから大丈夫だろうと思って当日聴いていたら、ちょっと外すっていう(笑)。…でも、確かにあの部分ってピアニストとしては怖いところで、オーケストラの演奏を3、4分待っていきなり始めないといけないから、緊張するんですよね。私も本番前には何回か練習して確かめておくパートではあるんです。ただ、本当にそこしか練習していなかったから、おもしろかったんですよね。
反田 みんなが気になっていた髪は、ファイナル終わってから友達に少し切ってもらったっていってたよね。
小林 しかも前髪じゃなくて、襟足(笑)。
反田 本当に、ヴィンセントという人を知ることができて嬉しかったなって思います。彼は今回の順位にかかわらず、何十年と活躍していくであろう演奏家だと思いますね。「君と出会えてよかった、これからは友達だね」って話しました。
小林 そう、私も今回はヴィンセントを聴けてすごく楽しかったなと思いました。あと、彼の性格なのでしょうけれど、いつもChillな雰囲気で、なんだか楽しそうなんです、生きているのが。一緒にいるほうもハッピーになるんですよね。ああいうキャラクターは本当に貴重だなと思いました。
Chopin Competition
https://www.chopincompetition.pl/en
【Information】
第19回ショパン国際ピアノ・コンクール2025 優勝者リサイタル
2025.12/15(月)19:00 東京オペラシティ コンサートホール
2025.12/16(火)19:00 東京芸術劇場 コンサートホール
第19回ショパン国際ピアノ・コンクール 2025 入賞者ガラ・コンサート
2026.1/27(火)、1/28(水)18:00 東京芸術劇場 コンサートホール
2026.1/31(土)13:30 愛知県芸術劇場 コンサートホール
出演
第19回ショパン国際ピアノ・コンクール入賞者(複数名)、アンドレイ・ボレイコ(指揮)、ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団
他公演
2026.1/22(木) 熊本県立劇場 コンサートホール(096-363-2233)
2026.1/23(金) 福岡シンフォニーホール(092-725-9112)
2026.1/24(土)大阪/ザ・シンフォニーホール(ABCチケットインフォメーション06-6453-6000)
2026.1/25(日) 京都コンサートホール(ABCチケットインフォメーション06-6453-6000)
2026.1/29(木) ミューザ川崎シンフォニーホール(神奈川芸術協会045-453-5080)

ヴィンセント・オン ピアノ・リサイタル ピアノ・リサイタル
2026.2/5(木)19:00 浜離宮朝日ホール
ショパン:
ポロネーズ第7番 変イ長調「幻想」0p.61
24のプレリュード op.28
ノクターン第17番 ロ長調 op.62-1
ノクターン第18番 ホ長調 op.62-2
ピアノ・ソナタ 第3番 ロ短調 op.58
https://www.japanarts.co.jp/concert/p2200/

高坂はる香 Haruka Kosaka
大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動。雑誌やCDブックレット、コンクール公式サイトやWeb媒体で記事を執筆。また、ポーランド、ロシア、アメリカなどで国際ピアノコンクールの現地取材を行い、ウェブサイトなどで現地レポートを配信している。
現在も定期的にインドを訪れ、西洋クラシック音楽とインドを結びつけたプロジェクトを計画中。
著書に「キンノヒマワリ ピアニスト中村紘子の記憶」(集英社刊)。
HP「ピアノの惑星ジャーナル」http://www.piano-planet.com/



