第6回高松国際ピアノコンクール 入賞者&審査員インタビュー

 香川県高松市で4年に一度開催されている高松国際ピアノコンクール。2月23日に閉幕した第6回大会では、第1次審査から本選に至るまで、ハイレベルなステージが続きました。ウクライナ出身で、現在はオーストリアのグラーツを拠点とするロマン・フェディウルコが優勝。表彰式と記者会見を終え、ひと息ついたタイミングで、上位入賞の2名と審査員長の青柳晋さんにコンクールを振り返っていただきました。

取材・文:高坂はる香

◎[第1位]ロマン・フェディウルコさん(ウクライナRoman FEDIURKO

Roman FEDIURKO(表彰式より)

──ファイナルでは、ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番を選ばれました。

 ラフマニノフの作品はユニバーサルで、歴史の中においてもユニークであり、永遠の美しさを持つすばらしい音楽です。聴く人の心を開き、そこにつながることのできる曲です。弾き終えると、まるで地球上にいないかのような感覚があります。

 音楽のおかげで自分を開き、作品のメッセージを示すこともできます。まさに天才の音楽で、それを通じて自分の気持ちを伝えられることに感謝したいです。

本選の審査より ©BANAZO

──ファイナルの演奏からは、とてもダイレクトな情熱が伝わってきました。ラフマニノフの3番に対してどんな感情を抱いていますか?

 感性の豊かな音楽家ならみんな、これがどれほどの卓越した才能と美しさ、最高のクオリティが凝縮された傑作であるかに驚き、感嘆せざるを得ないと思います。

 私の演奏から情熱を感じたということですが、それは何もないところから突然現れるものではありません。 音楽以外の芸術や文学、風景、周囲の美しいものなど、さまざまなところから得たインスピレーションが影響しています。

 美に対する強い感性を持っていると、作品に自然と引き込まれ、特別なつながりを感じるものです。そしてこの曲が伝える誠実さや率直さに、心の奥底まで開かれたと感じる瞬間が訪れます。作品の魅力はすでにそこに存在するものです。それを引き出し、生き生きと表現するには、良い感性と感謝の気持ちが必要だと思います。

──ところでロマンさんのディスコグラフィーを拝見したら、3年前、18歳の頃、当時13歳の弟さんと2台ピアノで録音をされているのですね。

 はい! あのようないわゆる“天才少年”の時代はとっくの昔のことではありますけれど。僕たち兄弟がコンクールでそれぞれ優勝した直後の録音で、なかなか良い評価を得たアルバムでした。特別な経験でした。

──音楽以外でどんなことからインスピレーションを受けていますか?趣味などはありますか?

 残念ながら、音楽以外のことに費やす時間がだんだんと少なくなってきていますね。

 でもあらゆる興味関心が音楽活動と切り離せないと感じています。芸術や建築、文学、詩などはインスピレーションを与えてくれるだけでなく、より豊かな人間性と音楽家としての成長をもたらしてくれます。

 私たちの人生経験は非常に限られています。特に私はまだまだ若いですから、アーティストとして、人生経験がもっと必要です。不足している部分は、先人たちや、偉大な芸術家たちの傑作から学び、受け継ぐべきだと思っています。

 無意識のレベルで触れ続けている知識、好奇心、そして壮大で無限の芸術的なインスピレーションから得られる経験が、自分の解釈を高い次元へ引き上げていくと思っています。

──音楽のために生きている方なのですね。

 はい、その通りです!

◎[第2位]キム・ジョンファンさん(ドイツKIM Jeonghwan

KIM Jeonghwan

──ファイナルではサン=サーンスのピアノ協奏曲第4番を演奏して、とても強い印象を残されましたね。

 今回初めて演奏するレパートリーでしたが、あまり演奏される機会のない作品を弾きたいと思ってサン=サーンスの4番を選びました。自分にとって挑戦になると思ったので。そして実際、この曲を学んでいるうちに、いわゆる一般的な解釈というものがあまりない未知の作品を演奏する喜びを知りました。自分の想像力と解釈を働かせることが必要になるので、それがとても良いチャレンジとなりましたね。

──第3次審査の室内楽の課題でもサン=サーンスのピアノ四重奏曲を選んでいらしたので、サン=サーンスがお好きなのかと思いましたが!

 このコンクールを受ける前は、あまりサン=サーンスについて考えたことはなかったのですが、今回勉強してより深く作品を理解したことで、とても好きになりました。それにサン=サーンス自身、あの時代の最高峰のピアニストの一人でもありました。残されている彼の録音は、本当にすばらしいですよね。

本選の審査より ©BANAZO

──カワイのピアノを選ばれましたがいかがでしたか?

 もともとShigeru Kawaiが大好きなので、選択肢にある場合はだいたい選びます。楽器のアクションや音が、私が求めるもの、期待にぴったりあっていて、とても弾きやすく、理想的だからです。2週間前のピアノセレクションでも迷うことなく、持ち時間をずっと使ってShigeru Kawaiで練習していました。

──ピアノを弾くことや音楽は、あなたにとってどんな意味を持っていますか?

 答えるのがとても難しい質問ですね。それは私にとって、例えば、「韓国語を話すこと、ドイツ語を話ことにはどんな意味がありますか?」と尋ねられているようなものだからです。

 音楽は言葉のようなものであり、表現の手段です。尊敬する作曲家の意図を大切に、尊重しながら、同時に自分の個性も表し、音楽家としての姿も示してメッセージを伝える、そのちょうど良いバランスを取ることを目指しています。

 音楽を演奏する上で最も大切だと思っているのは、自分自身、そして聴き手に向けて明確なメッセージを見出し、それをしっかり伝えること。すべての音楽にはメッセージが込められていますから、それを聴衆に届けることが私の役割だと感じています。

◎審査員長 青柳晋さん AOYAGI Susumu

──優勝したフェディウルコさんは、どんなところが評価されたのでしょうか?

 ラフマニノフの3番は、コンクールという場で審査員が何度も聴いているレパートリーですが、フェディウルコさんの演奏はどの部分をとっても期待を裏切られることなく、とてもよく弾いていました。彼自身の“言葉”に合っている作品だったのでしょう。21歳の若さでありながら、コンクールを通してどのステージでも大きな曲に挑戦していました。自分のスタイル、音楽への考え、センスの芯がしっかりしていることが感じられました。

表彰式で講評を述べる青柳晋審査員長

──第2位のキムさんはいかがですか?

 ファイナルのサン=サーンスは見事でした。他に誰も弾かないと思ったから選んだそうですが、初めて演奏したというのが信じられませんよね。セミファイナルのサン=サーンスのクァルテットも初めて弾いたと言っていました。

 本当にピアノが上手な人なんだなと思います。何でも軽々と弾けてしまう。その意味でちょっとずば抜けていましたね。柔軟性もあるし、楽器も十分に鳴っていて、でも音は絶対に割れません。私はとても評価しました。

──室内楽、委嘱作品の最優秀演奏者賞には、どちらもキムさんが選ばれていましたね。

 そうでしたね。1位と2位は本当に僅差でした。

 評価が分かれたとすれば、キムさんの華やかな音楽性を“showy”と捉えるか否かに差があったのかもしれません。でも、本番で集中してあそこまで自由に楽器を操り、場を盛り上げることができるというのは、才能です。なかなかできることではありません。

──第3位のエリザベス・ツァイさんのブラームスもとても良かったですね。

 私は大好きでしたね! 知性と感性のバランスがすごくよく取れている演奏でした。1次からセンスが良く、でも大胆なところもあって、とてもいいピアニストだと思いました。どこかピレシュのようなものを感じるというか。彼女のような洗練された知性的なピアニストが参加してくれたことは、このコンクールのレベルアップにつながったと思います。

── 19歳のパク・ヘリムさんは、マスターピースであるチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番を演奏して第4位となりました。

 私も何十回も弾いている作品ですけれど、難しいパートも全部ちゃんと考えられていて、賢く弾いていることがわかり、あの若さで立派な演奏だと思いました。セミファイナルの課題だったベートーヴェンのピアノ・ソナタは、これからもう少し熟していくといいなと思いましたが、まだお若いですし、それは他の方たちにも言えることです。とても優秀なピアニストです。

──第5位のハ・ギュテさんはベートーヴェンの4番のコンチェルトを演奏しました。

 繊細で、哀しい表現がすごく得意なピアニストです。1次のリスト「雪嵐」の出だしなど、雪景色が見えてくるようですごく雰囲気がありましたし、2次のブラームスのヘンデル・ヴァリエーションは、ブラームスがまだ若さとエネルギーに満ち溢れていた頃の曲だというのに、既に後期の哀愁が感じられました。その意味で、ベートーヴェンの4番のコンチェルトは彼によく似合うレパートリーでした。そういうものをちゃんと選んで演奏していたのだと思います。

──ところで今回、結果発表の直後にすぐ審査員の採点表が貼り出されて驚きました。

 そうですか! 私もまだ見ていないのですけれど。

 今回の採点システムは、シンプルな方法に立ち戻る形になりました。前回まで、最低点と最高点のカットをはじめいろいろな調整を加えていたのですが、そうすると逆に矛盾が出るようだったので、今回は上下カットなしで、その代わりに最低で14点以上をつけるというルールを採用しました。またこれまで同様、弟子には点数を入れられないルールですが、ファイナルには偶然誰も残りませんでした。

会場に貼り出された採点表。1位と2位は僅差だったことがわかる

 各ラウンドの後、審査員たちはまずスコアだけを見せられて、同点がいないかどうか、この点数差でここで通過者をカットして良いという同意がとれたら、コンテスタントの名前を開示して、結果を発表するという形でした。

──審査員長を務められて、いかがでしたか?

 今回、みなさんフェアで、誠実で、音楽が本当に好きという審査員の先生方が集まりました。とてもフレンドリーなムードの中、もちろんそれぞれに趣味の違いは多少あるけれど、最初から最後まで一度も意見が割れることもなく、気持ち良いくらいスッと結果が決まっていった印象です。

 参加者についても、この人が通るならこの人も通ってもおかしくないのに……と感じる場面がたくさんあって、ますますコンクールのレベルが高くなっていることを感じました。今回の入賞者たちが活躍することが、さらなるコンクールの発展につながると思います。今後にも期待したいですね。

5人の入賞者(前列)と審査員、指揮者の広上淳一(左端) ©BANAZO

高松国際ピアノコンクール
Takamatsu International Piano Competition
https://www.tipc.jp


高坂はる香 Haruka Kosaka

大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動。雑誌やCDブックレット、コンクール公式サイトやWeb媒体で記事を執筆。また、ポーランド、ロシア、アメリカなどで国際ピアノコンクールの現地取材を行い、ウェブサイトなどで現地レポートを配信している。
現在も定期的にインドを訪れ、西洋クラシック音楽とインドを結びつけたプロジェクトを計画中。
著書に「キンノヒマワリ ピアニスト中村紘子の記憶」(集英社刊)。
HP「ピアノの惑星ジャーナル」http://www.piano-planet.com/