高坂はる香のワルシャワ現地レポート♪10♪
ショパン・コンクール優勝のブルース(シャオユー)・リウ インタビュー

取材・文:高坂はる香

 卓越したテクニック、その場で生まれるかのような生命力あふれる音楽で聴衆を魅了し、見事優勝に輝いた、ブルース(シャオユー)・リウさん。とくに2次や3次で多めにセレクトしていた舞曲系の音楽がもたらしてくれる高揚感は、特別でした。

 コンクール終了後、ガラコンサート第2夜を終えたあとに、ホテルに帰る道すがら歩きながら行ったインタビューをご紹介します。ブルースさんの音楽がいかにしてあのようになっているのか、その理由がうっすら感じられると思いますので、どうぞお読みください!

(c) Haruka Kosaka

──(ホールから一緒に出てきたとたん、出待ちしていた地元のファンから次々写真撮影をお願いされるのが一段落したところで)…優勝おめでとうございます。やっぱり一夜にして人生が変わりました?

 そうですね、本当に! でも実際には、ステージごとにこういう人が増えていったんですよ。だけどもちろん、優勝のあとはより一層クレイジーになった(笑)。

──(審査員でブルースさんの師である)ダン・タイ・ソンさんと話しましたよ。あなたの音楽は「太陽みたいで私を魅了する」っておっしゃってました。

 アハハ、太陽ですかー。先生が自分について良いことを言ってくれたと聞くのは、いつでも嬉しいことです。ピアニストは批判を耳にすることに慣れていますからね。でもそれは別にいいんです、僕は自分で自分をいつも批評するようにしているから。いずれにしても、そうやって先生も喜んでくれているというのは、最高の瞬間です。

 音楽というものは、演奏家のパーソナリティを反映しますから、太陽といわれるのは自然なことだと思います。僕はとてもジョイフルな人間なので(笑)。

──ダン・タイ・ソンさんの音楽性とは全く違うタイプだというのもおもしろいですね。個性を伸ばすのがうまい先生なのだなと改めて思います。

 そこがまさに、僕がダンをすばらしい先生だと思う理由です。彼はとてもフレキシブルなので、生徒たちがみんな彼のようになるということは、絶対にありません。

 各人が持つ本質は、みんな異なります。ダンはそれを磨き上げ、 それぞれの生徒が本質を表現するために最も説得力のある方法を見つけてくれるのです。これはとても重要なことで、だからこそ、僕は彼のもとで学ぶことを楽しめているのだと思います。

 ダンはすばらしい演奏家であるだけでなく、人間としてもすばらしく、僕たちはまるで良い友達同士みたいな関係なんですよ(笑)。音楽の話だけではなく、人生とか、あとは小さなこと……例えばどこのレストランがおいしいとか、安いチケットがどこで買えるとか、新しいスーパーで売っていたこの果物が美味しいから食べてみてとか、そんな話までするんです。

 でもそもそも、音楽は人生から生まれるものですからね。全部そこから来ている。そういう話をするのは当然です。

(c) W. Grzędziński / The Fryderyk Chopin Institute

──ところでこのコンクールでは、よくショパンらしい演奏が求められると言われますね。あなたにとって、ショパンらしい音楽とはどんなものでしょうか?

 ちょっとおもしろいことなんだけど、実はダンのもとで勉強し始めたころ、僕はほとんどショパンを勉強したことがなかったんです。それまでは、ロシア音楽やベートーヴェン・・・というより、ショパン以外のほとんどのレパートリーを全部勉強していました。

 ショパンを勉強するようになったのは、この2年です。それも言ってみれば、最初に予定されていたコンクールの1年前に勉強を始めて、結果的に2年になったという感じです。

 僕はこれまで、自分がショパンの演奏に向いていると思ったことはありませんでした。一般的にショパンというのは、哀しげでノスタルジック、苦しみにあふれた人で、音楽もそういうものだと思われているでしょう。だけど僕自身は、完全に真逆のキャラクターです。
 でも、ショパンだって人間でした。彼は生涯でずっと悲しんでいたわけではありませんし、彼にも幸せな時間があったはずです。

 たとえばマズルカやポロネーズは、ダンスです。彼にもある意味で、“パーティー・アニマル”の一面があった。とくにロマン派時代はサロン文化が盛んで、貴族社会の舞踏会も頻繁に行われていました。人間には、複数の側面があります。ショパンにも確実に、そんなエモーションにあふれる部分がありました。

 これがショパンへの新しいアプローチなのかはわかりませんが、僕の性格からして、あの演奏こそが、今もっとも確信をもってできるショパンの表現だったのです。

(c) W. Grzędziński / The Fryderyk Chopin Institute

──なるほど、あなたの演奏が聴き手の気持ちを高揚させる理由が、今改めてわかった気がします。では、マズルカやワルツにおいて大切なものはなんでしょうか。

 ショパンのマズルカはとても複雑です。民族音楽から着想を得て書かれたもので、すべてが異なるキャラクターを持っています。踊るためにつくられたものではありませんが、ダンスの要素があり、ピアニスティックです。情感豊かで、あるものは祖国を思い出そうとする気持ちにあふれていてとても悲しく、あるものはとにかくシンプルで、純粋なジャンプや喜びが感じられる。
 ショパンの他の作品にも言えることですが、いくら聴いていても飽きないのは、音楽がとても複雑だからだと思います。

──今、社会はこのような状況で、私たちにはあなたのような音楽家が必要なのかもしれないと思うのですが、最後に、これから音楽家として何を目指しているか、音楽家としての目標は何かお聞かせください。

 答えるのがとても難しい質問ですが・・・まず思うのは、誰かのために演奏することも大切だけれど、自分自身でいることも同時にとても大切だということです。言ってみれば、コンクールの前でも後でも、僕は僕で、変わりません。はたから見ると、ゼロから100%になった大ジャンプをした人に見えるかもしれませんけれど。

 それでもこれからも同じように、できるかぎり穏やかで、誠実な自分でありたい。決してイライラしたり、自分で自分をスターだなんて思うような人にならないように気をつけたい。これは、音楽にとってもすごく大事なことです。
 常に誠実であり、音楽に対して謙虚であること。すべての音楽家が目指すべきは、それだと思っています。

(c) D. Golik / The Fryderyk Chopin Institute


【今後の出演予定公演】
2021.11/8(月)19:00 東京/Bunkamuraオーチャードホール
NHK音楽祭2021~未来へ NHK交響楽団

ショパン:ピアノ協奏曲第1番または第2番
第18回ショパン国際ピアノコンクール最高位入賞者(予定)
※完売
https://www.nhk-p.co.jp/event/detail.php?id=1680

2021.11/11(木)18:00 東京オペラシティ コンサートホール
第18回ショパン国際ピアノ・コンクール2021 優勝者リサイタル

ブルース(シャオユー)・リウ ピアノ・リサイタル
※完売
https://www.japanarts.co.jp/concert/p934/

●第18回ショパン国際ピアノ・コンクール2021 入賞者ガラ・コンサート
*新型コロナウイルス感染症に係る入国規制の状況から、公演中止となりました。
2022.1/23(日)ザ・シンフォニーホール【中止】
1/28(金)オーバード・ホール【中止】
1/29(土)15:00 愛知県芸術劇場 コンサートホール【中止】
1/30(日)15:00 栃木県総合文化センター【中止】
2/1(火)、2/2(水)各日18:00 東京芸術劇場コンサートホール【中止】
☆リサイタル公演 ★オーケストラ公演
https://www.japanarts.co.jp/concert/p932/

高坂はる香 Haruka Kosaka
大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動。雑誌やCDブックレット、コンクール公式サイトやWeb媒体で記事を執筆。また、ポーランド、ロシア、アメリカなどで国際ピアノコンクールの現地取材を行い、ウェブサイトなどで現地レポートを配信している。
現在も定期的にインドを訪れ、西洋クラシック音楽とインドを結びつけたプロジェクトを計画中。
著書に「キンノヒマワリ ピアニスト中村紘子の記憶」(集英社刊)。
HP「ピアノの惑星ジャーナル」http://www.piano-planet.com/