没後100年、プッチーニのオペラを観よう!

 指揮者、演出家、キャスト、オーケストラ、合唱団、舞台スタッフ…クラシック音楽の中でもひときわ多くの人がかかわり、一夜の夢の世界を創り上げる“オペラ”。中には敷居の高さを感じ、あまり触れたことがない…というクラシック・ファンの方もいるのではないでしょうか。
 この記事ではそんな皆さまに向け、オペラ・キュレーターの井内美香さんが、今年没後100年を迎えるジャコモ・プッチーニ(1858~1924)に焦点をあて、その生涯、そして彼が残したオペラ作品の魅力をご紹介。井内さん一押しの動画もあわせて掲載しているので、記事を読んで気になった作品を“つまみ食い”することができます。また、本文の後には2024年に日本で上演されるプッチーニ作品の公演情報を掲載。生でしか味わえないオペラの迫力や感情の高まりを体感しに、ぜひ実際の公演に足を運んでみてください!

文:井内美香

 ジャコモ・プッチーニはイタリア・オペラでも特に人気のある作曲家のひとりだ。1858年12月22日にトスカーナ州の古都ルッカで産声をあげた。プッチーニ家はルッカで代々続く音楽家の家系であり、父ミケーレは大聖堂でオルガン奏者を務めつつ音楽学校の校長でもあった。父親はジャコモが5歳の時にこの世を去るが、やはり音楽家の多い家系だった母親の努力もあり、ジャコモはかつて父が教えていた音楽学校を優秀な成績で卒業して、地元でオルガン奏者の仕事を始める。だがジャコモはルッカの小さな世界にとどまる気はなかった。彼は教会音楽よりもオペラへの野望に燃えていたのだ。オペラに傾倒するきっかけは17歳の時に近郊の都市ピサで聴いたヴェルディの《アイーダ》。プッチーニ自身が後年、「ピサで《アイーダ》を聴いた時、私に音楽の扉が開かれた」と回想している。

ジャコモ・プッチーニ(1858~1924)

 奨学金や親戚からの援助を受け、プッチーニは21歳の時にミラノに向けて出発する。彼は3年間ミラノ音楽院で勉強した。オペラ《ラ・ジョコンダ》の作曲家ポンキエッリに師事して研鑽を積みつつ、卒業後には、《妖精ヴィッリ》《エドガール》という初期の二つのオペラを発表した。そしてプッチーニが34歳の時、3作目の《マノン・レスコー》がトリノ王立歌劇場で初演され大ヒットする。音楽的には、ワーグナーの影響を受けていた当時のイタリア音楽界の傾向を反映した、重厚なオーケストラが特徴であった。《マノン・レスコー》は観客と批評家の両方から高い評価を得る。

第4幕よりアリア〈一人寂しく捨てられて〉
(ビルバオ・オペラ、アイノア・アルテタ)

 《マノン・レスコー》成功の後には、現代まで世界の歌劇場の中心レパートリーを成す三つの傑作が生まれた。《ラ・ボエーム》《トスカ》《蝶々夫人》である。当時、オペラの市場はヨーロッパだけでなく、南北アメリカにも広がりつつあった。プッチーニが所属する音楽出版社リコルディの社長ジュリオ・リコルディは二人の強力な台本作家を招集し、チーム・プッチーニとでも呼べるような「黄金トリオ」を結成させる。その二人とは、台本の題材選びや構成に才能があるルイージ・イッリカと、台本を美しい韻文に整える役割を担ったジュゼッペ・ジャコーザだった。プッチーニは台本の選択から内容にまで細かく口を出し、書き直させることも多かったので、イッリカとジャコーザの苦労は大きかった。

ルイージ・イッリカ

ジュゼッペ・ジャコーザ

 当時はライバル同士の戦いも熾烈だった。《道化師》を書いたレオンカヴァッロはプッチーニよりも先にフランスの小説・戯曲を原作にしたオペラ《ラ・ボエーム》を構想していたが、チーム・プッチーニはレオンカヴァッロを出し抜いて自分たちの《ラ・ボエーム》を完成させ、トリノ王立歌劇場で初演する。プッチーニが37歳の時であった。前作の《マノン・レスコー》のような重厚なオーケストラと退廃的な雰囲気を期待していた評論家らは、美しいメロディが溢れる青春物語《ラ・ボエーム》に失望し批判した。だが聴衆は直ちにこのオペラを愛した。第1幕・第4幕の屋根裏部屋における恋人たちの愛の対話、第2幕の青春の輝き、第3幕の恋人たちの別れ。プッチーニはそれらを、自己紹介のアリア、愛の二重唱、合唱とソリストの華やかな見せ所、別れの四重唱等、オペラならではの最高の名場面に作り上げた。

第1幕よりアリア〈冷たき手を〉
(メトロポリタン歌劇場、ラモン・ヴァルガス)

第2幕よりムゼッタのワルツ〈私が街を行けば〉
(ユーリ・テミルカーノフ指揮サンクトペテルブルク・フィル、アンナ・ネトレプコ)

 1900年に初演された《トスカ》は20世紀音楽への扉を開いたオペラだ。41歳のプッチーニは芸術家としてまさに脂の乗り切った時期にあった。この物語のエロスと暴力の表現に、韻文を担当するジャコーザは強く反対したが、プッチーニは自分の意見を押し通した。息をもつかせぬ展開が見事に音楽化されているのは後の映画音楽にも通じる。和声の使い方も大胆で、20世紀の表現主義的なアプローチが見られる。ローマ歌劇場での初演にはマルゲリータ王妃が臨席するなど大きな話題となった一方、反対派も来場して不穏な空気が流れた。だが観客はこの作品に熱い拍手と喝采を送った。

第2幕よりアリア〈歌に生き、愛に生き〉
(英国ロイヤル・オペラ、アンジェラ・ゲオルギュー)

第3幕よりアリア〈星は光りぬ〉
(英国ロイヤル・オペラ、ヨナス・カウフマン)

 「黄金トリオ」が創造した最後のオペラは《蝶々夫人》となった。ロンドンでベラスコの芝居《蝶々夫人》を観たプッチーニはこの題材に惚れ込み、即座にオペラ化を決意する。当時、エキゾチックな東洋趣味は人気があったのだ。プッチーニは作曲にあたり、いつも行う緻密な調査を実施した。ローマ駐在の日本公使夫人・大山久子には日本音楽の素材を集める協力を仰いだ。それまでの、登場人物のバランスが取れたオペラと比べ、この作品はソプラノが歌う蝶々夫人が圧倒的な主人公で、声楽的にも負担が大きい。ミラノ・スカラ座における《蝶々夫人》初演は歴史的な大失敗となった。ミラノはリコルディ社のお膝元ではあるが、アンチの勢力も強かった。初日を観た翌日のプッチーニの妹ラメルデの手紙には「最悪の軽蔑すべき粗野な聴衆」が騒いで「第2幕は全く聴くことができなかった」とある。作品自体もその後の改作に比べると、テーマの残酷さが強調されていた面はあった。プッチーニはすぐに改作に取り組んだ。3ヵ月後のブレッシャにおける改作版初演は大成功となる。

第2幕よりアリア〈ある晴れた日に〉
(オランダ国立オペラ、エレナ・スティキナ)

 社会的なテーマなどが多いヴェルディのオペラとは違い、プッチーニはどの作品でも、女性の愛と苦悩を描いた。実際のプッチーニも恋多き人生を送った。生涯の伴侶となるエルヴィーラは、彼が26歳で出会った時には二人の子どもがいる人妻だった。プッチーニの子どもを孕ったエルヴィーラと駆け落ちのようにして一緒になり、息子アントーニオが生まれたが、二人が結婚できたのはずっと後だった。

 プッチーニは魅力的な男性で、仕事柄ヨーロッパ各地、そして世界を旅し、女性との出会いも多かった。エルヴィーラは《トスカ》を地で行くような気性の激しい、嫉妬深い女性で、自分を顧みないで浮気を繰り返す夫への不満がたまっていた。プッチーニに降りかかったもっとも大きな悲劇は、彼らの自宅に勤めていたドーリア・マンフレーディという若い召使いの女性が、ジャコモとの恋愛関係を疑ったエルヴィーラの誹謗中傷を苦にして自死した事件である。無実が証明されたドーリアの遺族はエルヴィーラを訴え、彼女は敗訴する(後に示談が成立)。この事件でプッチーニは大きな精神的な打撃を負うが、離婚が彼の名声に引き起こすであろうスキャンダルを考えてもエルヴィーラを見捨てることはできなかった。

左より:息子のアントーニオ、ジャコモ、妻のエルヴィーラ

 「黄金トリオ」の一人、ジュゼッペ・ジャコーザが1906年に病死する。イッリカは気性が激しいところがあり、プッチーニと彼の二人では作品を生み出すのが難しかった。だがプッチーニは他の協力者を探し、《西部の娘》、《つばめ》、彼が書いた唯一の喜劇《ジャンニ・スキッキ》を含む《三部作》、そして最後のオペラ《トゥーランドット》まで、新たなる試みを続けた。《トゥーランドット》は特に難産だった。プッチーニのオペラには元になった寓話や先行作品には存在しない女奴隷リューが登場する。作品の完成が近くなった頃、喉頭がん治療のための手術を受けたプッチーニは、1924年11月29日に65歳でその生涯を閉じる。《トゥーランドット》は未完のまま遺作となった。最後のオペラなのに音楽のインスピレーションはまったく枯れていない。プッチーニならではの、誰でも聴いたら忘れられない名旋律がそこにはある。天才プッチーニの死によって、芸術性と娯楽性を兼ね備えたイタリア・オペラの長い時代は終わりを告げたと言われている。

《ジャンニ・スキッキ》より〈私のお父さん〉
(メトロポリタン歌劇場、クリスティーナ・ムヒタリアン)

《トゥーランドット》第3幕より〈誰も寝てはならぬ〉
(1994年・三大テノールコンサート、ルチアーノ・パヴァロッティ)


♪その他の井内さんおススメ動画♪

《マノン・レスコー》
《トスカ》
《蝶々夫人》

●今後のプッチーニ作品の上演情報

英国ロイヤル・オペラ 2024年日本公演
《トゥーランドット》

2024.6/23(日)15:00、6/26(水)18:30、6/29(土)15:00、7/2(火)15:00
東京文化会館

演出:アンドレイ・セルバン
指揮:アントニオ・パッパーノ

トゥーランドット姫:ソンドラ・ラドヴァノフスキー
カラフ:ブライアン・ジェイド
リュー:マサバネ・セシリア・ラングワナシャ

合唱:ロイヤル・オペラ合唱団
管弦楽:ロイヤル・オペラハウス管弦楽団

問:NBSチケットセンター03-3791-8888
https://www.nbs.or.jp

新国立劇場
《トスカ》

2024.7/6(土)14:00、7/10(水)14:00、7/14(日)14:00、7/19(金)19:00、7/21(日)14:00
新国立劇場 オペラパレス

演出:アントネッロ・マダウ=ディアツ
再演演出:田口道子
指揮:マウリツィオ・ベニーニ

トスカ:ジョイス・エル=コーリー
カヴァラドッシ:テオドール・イリンカイ
スカルピア:ニカラズ・ラグヴィラーヴァ
アンジェロッティ:妻屋秀和
スポレッタ:糸賀修平
シャルローネ:大塚博章
堂守:志村文彦
看守:龍進一郎
羊飼い:前川依子

合唱:新国立劇場合唱団
児童合唱:TOKYO FM 少年合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

問:新国立劇場ボックスオフィス03-5352-9999
https://www.nntt.jac.go.jp/opera

佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ2024
プッチーニ 没後100年・初演120周年
歌劇 《蝶々夫人》(改訂新制作)

2024.7/12(金)、7/13(土)、7/14(日)、7/15(月・祝)、7/17(水)、7/18(木)、7/20(土)、7/21(日) 各日14:00
兵庫県立芸術文化センター KOBELCO 大ホール

原演出:栗山昌良
再演演出:飯塚励生
指揮:佐渡裕

蝶々さん:迫田美帆★ 高野百合絵☆
スズキ:林美智子★ 清水華澄☆
B.F.ピンカートン:ノーマン・レインハート★ 笛田博昭☆
シャープレス:エドワード・パークス★ 髙田智宏☆
ゴロー:清原邦仁★ 高橋淳☆
ヤマドリ:晴雅彦★ 町英和☆
ボンゾ:斉木健詞★ 伊藤貴之☆
ケイト・ピンカートン:キャロリン・スプルール
役人:的場正剛★ 湯浅貴斗☆
★7/12、7/14、7/17、7/20 ☆7/13、7/15、7/18、7/21

合唱:ひょうごプロデュースオペラ合唱団
管弦楽:兵庫芸術文化センター管弦楽団

問:芸術文化センターチケットオフィス0798-68-0255
https://www.gcenter-hyogo.jp/butterfly

ザクセン州立歌劇場(ゼンパーオーパー・ドレスデン)、デンマーク王立歌劇場およびサンフランシスコ歌劇場との共同制作
東京二期会オペラ劇場
《蝶々夫人》

2024.7/18(木)18:30、7/19(金)14:00、7/20(土)14:00、7/21(日)14:00
東京文化会館

演出:宮本亞門
衣裳:髙田賢三
指揮:ダン・エッティンガー

蝶々夫人:大村博美★ 髙橋絵理☆
スズキ:花房英里子★ 小泉詠子☆
ケート:杉山由紀★ 石野真帆☆
ピンカートン:城宏憲★ 古橋郷平☆
シャープレス:今井俊輔★ 与那城敬☆
ゴロー:近藤圭★ 升島唯博☆
ヤマドリ:杉浦隆大★ 小林由樹☆
ボンゾ:金子宏★ 三戸大久☆
神官:大井哲也★ 菅谷公博☆
青年:Chion
★7/18、7/20 ☆7/19、7/21

合唱:二期会合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

問:二期会チケットセンター03-3796-1831
https://nikikai.jp

2024セイジ・オザワ 松本フェスティバル
小澤征爾音楽塾オーケストラによるOMFオペラ
《ジャンニ・スキッキ》

2024.8/25(日)15:00
まつもと市民芸術館・主ホール

演出:デイヴィッド・ニース
指揮:沖澤のどか(OMF首席客演指揮者)

ジャンニ・スキッキ:町英和
ラウレッタ:藤井玲南
ツィータ:牧野真由美
リヌッチオ:澤原行正
ゲラルド:髙畠伸吾
ネッラ:別府美沙子
ベット:市川宥一郎
シモーネ:平野和
マルコ:駒田敏章
ラ・チェスカ:十合翔子

管弦楽:小澤征爾音楽塾オーケストラ

6/8(土)発売
問:セイジ・オザワ 松本フェスティバル実行委員会0263-39-0001
https://www.ozawa-festival.com

2024年度 全国共同制作オペラ 歌劇《ラ・ボエーム》 新制作

2024.9/21(土)、9/23(月・休) 各日14:00 東京芸術劇場 コンサートホール 5/25(土)発売
管弦楽:読売日本交響楽団
9/29(日)14:00 宮城/名取市文化会館 5/18(土)発売
管弦楽:仙台フィルハーモニー管弦楽団
10/6(日)14:00 ロームシアター京都 メインホール
管弦楽:京都市交響楽団
10/12(土)14:00 兵庫県立芸術文化センター KOBELCO大ホール
管弦楽:兵庫芸術文化センター管弦楽団
10/19(土)14:00 熊本県立劇場 演劇ホール 6/19(水)発売
管弦楽:九州交響楽団
10/26(土)14:00 金沢歌劇座  6/15(土)発売
管弦楽:オーケストラ・アンサンブル金沢
11/2(土)14:00 ミューザ川崎シンフォニーホール 6/19(水)発売
管弦楽:東京交響楽団

指揮:井上道義
演出・振付・美術・衣裳:森山開次

ミミ:ルザン・マンタシャン★ 髙橋絵理☆
ロドルフォ:工藤和真
ムゼッタ:中川郁文★ イローナ・レヴォルスカヤ☆
マルチェッロ:池内響
コッリーネ:スタニスラフ・ヴォロビョフ★ 杉尾真吾☆
ショナール:高橋洋介★ ヴィタリ・ユシュマノフ☆
ベノア:晴雅彦
アルチンドロ:仲田尋一
パルピニョール:谷口耕平
ダンサー:梶田留以、水島晃太郎、南帆乃佳、小川莉伯

★東京、名取、京都 ☆兵庫、熊本、金沢、川崎

問:東京芸術劇場ボックスオフィス0570-010-296
  名取市文化会館022-384-8900
  ロームシアター京都チケットカウンター075-746-3201
  芸術文化センターチケットオフィス0798-68-0255
  熊本県立劇場096-363-2233

  金沢芸術創造財団076-223-9898
  ミューザ川崎シンフォニーホールチケットセンター044-520-0200
  https://la-boheme2024.jp