《完全版》オーケストラの楽屋から 〜N響編〜

ぶらあぼONLINEリニューアル特別企画:オーケストラの楽屋から
普段なかなか見ることのできないアーティストの素顔や生の声、意外な一面などを紹介していきます。音楽家としてだけでなく、“人”としての魅力をクローズアップし、クラシック音楽をより身近に、そして深く楽しんでもらいたい、そんな思いを込めたコーナーです。
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第1回 白井圭 長谷川智之 久保昌一

白井 久保さんはたぶん調布国際音楽祭で先にお会いしましたよね。

久保 そうですね。

白井 アカデミーで。

久保 アカデミーもあったしフェスティバルオーケストラ?

白井 そうそう。アカデミーという名前ではなかったですね。そして長谷川さんとは実はすごく長い。

長谷川 大学。学生の頃から。

白井 キャラバン 一緒だったよね?あれはいつだっけ?
※コンサート・キャラバン:小澤征爾(指揮)とムスティラフ・ロストロポーヴィチ(チェロ)が、若い音楽家の育成と、日頃、生演奏を聴く機会の少ない地域へ音楽を届けるため、2002年と05年に行われたプロジェクト。巨匠2人と若手によるオーケストラが、岩手県を中心にホームステイをしながら学校やお寺などで無料コンサートを開催した。

長谷川 2回行ってるんだけどっちだったっけ。

白井 ハイドンのコンチェルトとロココと全部ロストロポーヴィチで。

長谷川 一回目だ。じゃあ2002年。

白井 僕はまだ大学2年生のとき。

久保 (長谷川さんに)先輩なの?

長谷川 はい

白井 僕後輩です。どこにいても生意気だって言われる(笑)

♪楽器との出会い

白井 お二人は楽器をはじめたきっかけってありますか?

久保 きっかけですか。僕からいいですか?よくある話で「たまたま」ですね。僕小学校にオーケストラがあって、コントラバスを弾いていた。中学校にあがったら、オーケストラ音楽の楽器やりたかったんですけどなくって、鹿児島なんですよ出身が。テレビ見てたらジュニアオーケストラ団員募集ってあって、これ面白そうだから受けてみようって。ただ中1だからその頃背がまだ低かった。君ちょっとコントラバスは…とか言って。そこにティンパニあるから叩いてみない?となって、それで打楽器で入ることになったんです。それからオーケストラはずっと大学行くまでジュニアオーケストラで。

白井 小学生でコントラバスって弾けるんですか?大体。

久保 4弦でね(動作をしながら)こんなんなって弾いていた。

白井 フルサイズ?

久保 うん。分数楽器 がなかったから。今はあるらしいけど。
※身体の小さい人や子どもが演奏する為の小さいサイズの弦楽器

長谷川 コントラバスという楽器はどうやって選んだんですか?

久保 たまたま。

一同 

白井 メロディより、そういうの(バス)が好きだったんですか?

久保 オーケストラだとそういう楽器の方が楽しそう。まあね(お二人を指し)、ヴァイオリンとかトランペットとかは花形楽器だけど、縁の下の力持ちっぽい楽器が。

白井 なるほど。トランペットはどんなきっかけで?

長谷川 まあ色々なところでもう言っているんですけど、

白井 すいませんかぶって。

長谷川 いえいえ。きっかけだからしょうがない(笑)僕はもともと函館出身で。小学校2年生の誕生日プレゼントがコンサートのチケットだった。

久保 おしゃれ~

長谷川 普通小学1年とか2年ってプラモデルとかおもちゃをもらうのが普通だけど。あるとき親に「これちょっと誕生日プレゼントだから」って。

白井 すごいね。札響?

長谷川 じゃない。すごいがっかりして、紙だし。なんだこれって。

久保 一枚の紙だもんね。

長谷川 それはニニ・ロッソっていう有名なトランペット吹きので。ジャンルはなんなのかな。トランペットのソリストで、「夜空のトランペット」っていう曲とか。

久保 大ヒットしたやつね

長谷川 ちょっとヒーリング的なもので、PAとかつけてやるような人で、その人の日本ツアーのコンサートだったの。親もどこからかもらってきて。

久保 ひとりでいったの?

長谷川 親と行きました。がっかりしながらイヤイヤついていったみたいな。でも見たらもう、かっこいいー!と思って。なんだこれ!と。函館市民会館大ホール。忘れもしない。
その時トランペット見るのも聴くのもはじめてで。この楽器をやりたいってなって。でも小学校の金管クラブは、小学4年生からじゃないと入れない。入れるまでにあと一年以上ある。でも我慢できなくて先生に言ったら4年生からじゃないと無理だと言われて、どうしてもやりたいと言ったら楽器持ってるんだったら入れてあげてもいいよといわれて、それを親に伝えたら「そうか、わかった」といって一番安いトランペット買ってくれて。それを先生に伝えたら入れてくれた。

白井 函館市民会館のコンサートで何が衝撃だったか覚えてますか?

長谷川 見た目もそうだけど音がキラキラしていた。曲がどうこうよりも空間が響きで満たされている感覚が忘れられない。曲とかメロディがどうとかよりもその響きが忘れられない。今でも焼き付いてる。

白井 すごいな~

学生からオーケストラへ

白井 学生を経てオーケストラに入ると、例えばトランペットは今までメロディを吹いてたのに、ほとんどメロディを吹かせてもらえないでしょ?

長谷川 う…うんまあ、そうだね。メロディ…そうか。そうだよね。

白井 管楽器の中では吹いてる方だと思うけど、古典とかになるとティンパニと一緒でね。

長谷川 ほとんどね。

白井 そういうので考え方とか変わりますか?それは好きじゃないとかでもいいけど。

長谷川 いや、好き、結構好きですよね、僕は古典でそういうの刻むの。

久保 でもね、バッハとかもっともっと前になると花形だからね、トランペットは。

白井 ブランデンブルク(協奏曲)とかですごいのあるけど。

長谷川 今はもちろん好きだしやりがいを感じるけど、最初は、メロディはフレージングを自分で想像しながら頂点にもっていったりとかやっていくけど、オーケストラで信号みたいなのをやるのは、オーケストラに入らないと経験できないから、音自体はすごくシンプルだけど、はじめはどうしたらいいのかわからなくて怖かった。

白井 学生時代、ティンパニはどういう勉強するんですか?

久保 日本の音楽大学はどこも一緒だと思うけど入ったらまんべんなく勉強する。マリンバとかトライアングルとか小太鼓もシンバルも。ティンパニだけじゃなくて。

久保 例えばマリンバで受験したら、メインはマリンバだけど、小太鼓の基礎奏法も一緒にできなきゃいけない。ティンパニで受験するとメインがティンパニで小太鼓の基礎奏法とあとはマリンバのスケールと半音階とか。鍵盤も弾けなきゃいけない。

白井 オーケストラに入るときはティンパニの人はティンパニで?

久保 今はそうですね。昔はそうじゃなかった時代もあって、

白井 N響で?

久保 うん、ティンパニやるひとがティンパニでオケに入っているのではなくて、打楽器で入って、ひょっとしたらティンパニ向いてるねってなってティンパニに変わった人も昔はいる。

白井 久保さんの時代は…

久保 僕の頃はティンパニで欠員が出るとティンパニの人を、って。打楽器の欠員が出ると打楽器のポジションみたいな…。

白井 ジュニアオーケストラのときは打楽器担当でしたっけ?ティンパニ担当でしたっけ?

久保 そのときはほとんど打楽器がいなかったので、だいたいティンパニやってましたね。

白井 ティンパニを志望されてオーケストラに?

久保 そうですね。

白井 そしたらオケに入ったから何か変わったってことはないか。弦楽器でもやはりチェロとか入団試験ではハイドンのD-durのコンチェルトとか弾かされるけど入ってみたら単純なのを弾く方のが難しかったとかそういうことがありそうだし。内声のセカンドヴァイオリン、ヴィオラもそれまでと全然違うものを求められる。違うテクニックというか違う考え方が必要になる。そのあたりが管楽器と打楽器はどうかなって思ったんだけど。

長谷川 確かに、似てると思う。全部を演奏してるわけじゃなくてオーケストラがボディだとするとパーツだから。そのパーツとしてどうあるべきか嫌でも考えさせられる。

白井 古典派のときのお二人のパートは大体チームになって同じタイミングで演奏するけれど、オケの中で特に密にコンタクトをとる間柄になるんですか?

久保 うーん、そうですね…もちろん意識はしているけど、そんなにいつも一緒にやろうぜ、って感じではないです。自然にお互い演奏していて自然に合っていく状態がベストなので。はじめての曲ですごく難しい曲でここは、ってのがあればしますけど。

長谷川 もう大先輩でもう頼り切っていますから。

久保 ほとんど定年間際ですから

一同 

白井 そういう関係もあるじゃない?やっぱりあっちの人のほうがよくわかってるから、そっちについていこうかなとか。

久保 僕が入った頃、逆に僕が20代で若くて。例えば北村源三先生とか、津堅直弘先生とかいらっしゃったので、そっちにのっかっていくととても楽、という感じでしたね。バランスもトランペットはこれくらいで吹くならティンパニはこれくらいでいいんだなとかやりながら勉強していく感じ。

長谷川 僕は五年が経ったところだけど、はじめは久保さんのタイミングだったり、音量だったり、発音のタッチとかを聴きながらそれにのっかるようなつもりで、このくらいの感じかなと。今は何も考えなくても自分が思ったのが一緒になってると信じたい。信じてますけど(笑)

久保 全然気にならないですよ。とても自然

18世紀の花形音楽家

白井 昔はトランペットとティンパニというのは音楽家の中でも違う扱いだったんですよね。公務員みたいな扱いだったとか。

久保 偉い人の持ち駒だったんですよね。貴族とか王様が要するに自分の力を示すためにもっていたという。例えばウィーン、ドレスデンとかは一番多い頃にティンパニスト3人抱えていた、トランペットは16人。ティンパニを3人抱えて。別々に配置して、お互いにバトルみたいにして交代で弾き合ったりして。トランペット16人ぶわ~っと並べたり。

白井 権威の象徴だったんですね。その時代は大体いつごろ?

久保 17世紀くらいから?バッハの前くらいですよね。トランペットはあんまり詳しく知らないけど。

長谷川 トランペット、もう今でこそバルブのシステムがついてるけど昔はナチュラルトランペットで自然倍音しか出なくて。それこそベートーヴェンとかモーツァルトはドミソみたいなその調の和音の音しか出せなかったけれども。倍音てどんどん上の方になっていくと狭くなっていく。ドドソドミソシドレミファソ~(倍音列)と。そうなるとつまってくるから旋律が吹ける。だからバッハの時代のトランペットは音が高い。上の方の音域を使うとメロディが吹ける。しかし上の音を吹くっていうのは体力的にも技術的にもものすごく難しくて。

白井 高い音より低い音を出すのが簡単?

長谷川 …(笑)平たく言えないけど小学生とかはそういうのはなかなか難しい。

久保 今より管が長かったでしょ?

長谷川 長いです。

久保 今で言うホルンみたいなので管が長くて高い音で。うまくないと…

長谷川 バッハの時代、それこそブランデンブルクの2番とか。本当にすごく難しい技術を要求されてるから。でもその時代にバッハが書いたってことはそのイメージがいっぱいだったんだと思う。高給取りで上手な人がいたから。自然とそういうのがなくなってしまい…

久保 18世紀後半にフランス革命があって、市民が力を持つようになって封建制度が崩壊すると、王様とか貴族の力がどんどん弱まるから、そういう抱えていたのが抱えられなくなって、みんなフリーになっちゃう。

白井 そうするとやっぱり、そんなにおいしい商売ではなくなっちゃう。

久保 アルテンブルクという人がいるんですけど、その人は最後オルガニストで終えた。確かトランペット吹きかティンパニたたきで。それで(アルテンブルクは)本も出しているんですよ。18世紀の終わりに1796年とかその辺に本も出してるんですけど、割と門外不出の秘伝のタレみたいな奏法があったんですよね、ティンパニに。それを楽譜にして、後世に伝えようとしたのか、本を出して儲けようとしたのかはわからないですけど。今まで一般の人には知らせなかったものを本に書いて出した。実は、そこにアルテンブルクが書いてる奏法を直後にベートーヴェンが曲の中にちゃんと書いてある。

一同 へえ~

白井 どういう奏法だったんですか?

久保 要するにティンパニはあの当時は2台で、主音と属音なんですけど。それを早く交互に叩く奏法があったらしく。それを楽譜にちゃんと書いてある。それがピアノコンチェルト1番とかベートーヴェンの7番とか8番とかフィデリオにも出てくる。あとミサ・ソレムニスとか。

白井 トランペットのその超絶技巧はなんなく音で想像できるけど、ティンパニの超絶技巧も色々あったということですよね。ティンパニストの数だけ。

久保 ティンパニの技術が高い人がいましたね。今は演奏されないけど18世紀の終わりにティンパニ・コンチェルトを書いてる人が何人もいて。

一同 へえ~

久保 あるんですよね。

白井 それは2台のティンパニだけとかの?

久保 8台とか使って大変なんですよね。G -durでメロディのような分散和音のような。

白井 面白いですね。

久保 CD出てますよ、昔の。

白井 でも、それこそそれは目の前で見たほうが絶対面白いじゃないですか。ところで、さっきの話で昔はトランペットはホルンみたいに管がながくて、あてるのが難しかったということは、ホルンは当時そんな用法はなかった?

久保 世俗的な楽器だったから、狩の合図とか。

白井 それこそシグナルというかね。いや、思ったのは、オーボエは木管の中で一番難しくて、ホルンは金管の中でも難しいとされているじゃない?すぐ隣の音に行っちゃうとか。当時としてはトランペットの方が全然難しかった?

長谷川 今もトランペットの方が難しいと思う。

一同 大爆笑

ここが大変!

白井 今のトランペットの難しさってのはどういうところ?

長谷川 トランペットの難しさ…。金管楽器全般に言える、ひとつの指使いでたくさんの音が出てしまうから、音がやっぱり確実にその音にいく保証がない。ピアノみたいに違う音が出るわけじゃなくて、音が外れやすい。あと金属を唇にあてて、硬い歯とマウスピースに唇が挟まれるわけだから、唇が痛くなって疲労しやすい。

白井 ヴァイオリンも疲れるし、外れるし大変ですよ。

長谷川 でも、出なくなるところはないでしょ?

白井 音が出なくなることはないけど、間違った音が出る。でもそうか、トランペットは少し音が上ずっているとかではなく全然違う音が出ちゃうのか。

長谷川 そうそう、違う音が出ちゃう。という難しさがあるのと、疲れると音が出なくなる。

白井 それはなぜ?筋力?肺活量?

長谷川 唇を振動させていて、マウスピースと歯の間に挟んでるからずっと押さえつけられて血行が悪くなる。血行が悪くなると組織が固くなってくるから振動がしにくくなる。そうなってしまうと音が出なくなる。疲れると回復までに時間がかかる。

白井 いい唇とかあるんですか?ヴァイオリンだといい指先とかあるんですけど、あんまり硬すぎても良くないし、ふにゃふにゃでもよくなしい。

長谷川 唇と歯並びだったり、骨格だったり。もっといえば口の中の容積だったり。

白井 歌と一緒か。

長谷川 生まれ持ったものだから変えることはできないから。

白井 向き不向きはある?

長谷川 正直あるとは思うけど、そこを練習の仕方で効率よく音を出すのを研究することでカバーする。

白井 唇の柔らかさで音質はずいぶん違ったりするの?

長谷川 それはそう。

白井 ティンパニにも向き不向きはありますか?

久保 ありますよ。やっぱりまず体格が。外国人は体が大きいので、ティンパニが大きいじゃないですか。僕外国人の先生が二人いたんですけど、すごい体でかいから、二の腕がぼくの太ももくらいあるんですよ。そうなると軽いバチでぽんとやっても楽器がバァーンといい音がなるんですよ。だから腕の重さ自体が、楽器を鳴らすのに向いているという人は、あまりその楽器を鳴らすことは難しくない。僕らはだいぶ工夫しないといけない。

白井 ティンパニはまず鳴らす、というのが最初?

久保 誰でも音は出るけどいい音で鳴らすっていうのはなかなか難しい。

白井 筋トレをしたような鍛えた硬い筋肉だとよくない?

久保 よくない。筋トレをすると固くなっちゃって音質もよくなくなると思う。もちろん練習はしないといけないけれど、その鍛えすぎるとボディビルダーみたいなムキムキになると音色は固くなると思う。トランペットも一緒?

長谷川 一緒。口の筋肉を楽器を吹いて鍛えないと。吹いて自然と鍛えられていくというのが理想。

ホールと練習場、時差

白井 ところで古典派の曲とか弾いてるとトランペットが入ってきたらはいすいません、て感じになりますけど。~~♪て流れてるところに、はいっはいっここっここって感じ。あんまりそういう意識はないですか?

久保 そういうみなさんを制約しているつもりはない。

白井 制約ってわけじゃないけど(笑)

久保 あの時代の音楽って整然としていないといけない。特にそのためには我々がいるみたいな。

長谷川 足場を立てているわけだからふわふわするわけには。

白井 別にその制約されているわけではないっていうのも、なんていうのかな、でもやっぱり時差はいつも問題になる。

久保 アジアの中でもすでに日本が遅れつつある、ということを日本人はもっと意識していたほうがいい。

白井 日本が何に遅れつつある?

久保 それはどういうことかというと、例えばマレーシアフィルはペトロナスのツインタワー内にあるコンサートホールがあって、常にそこでやっています。

白井 練習を?

久保 練習もレコーディングもコンサートもすべて、

長谷川 本拠地のホールでリハから本番までできるオケって少ないですよね?日本では

久保 日本では金沢だけだよ、アンサンブル金沢だけ、あとはなし。新日本フィルはフランチャイズで優先権はあるけど、例えばトリフォニー主催のコンサートがはいったら、どかなきゃいけない。東京交響楽団のミューザもそうでしょ?本当に最優先で使えてるホールは日本では金沢だけ。

長谷川 金沢はなにがあってもそうなんですか?

久保 あそこは石川県の財団に、オーケストラの名前は金沢ですけど、県が運営しているオーケストラ。マレーシアフィルもそうだし、シンガポールフィルもそうでしょ?エスプラネードで。香港フィルがそうでしょ?どんどんそういうオーケストラがアジアで増えている。

白井 音がぜんぜん変わりますもんね。僕もわかっているから、サントリーホールにひけをとらないもっと目玉になるようなホールを作って、使ってないときに誰かに貸したらいいんだからって…。

久保 僕なんかもう、30年近く練習場で違うバチで楽器は一緒だけど練習して、本番会場行ったら温度も湿度も違う会場で、全然違うバチで本番やるわけですよ。それをずーと30年近くやってるわけ。それをね、30年間同じホールでいい音を作ろうって繰り返したらもっとよくなると思う。

長谷川 より進んだところまで考えられますよね。

白井 現実問題として、それこそN響は地方公演も結構あって、いろんなホールで弾くでしょ?

長谷川 そういうスキルはつくかもしれない(笑)

白井 やっぱりどこかのコンサートホールもそれなりに違った時差が。あそこほどそれほど気にならないかもしれないけれども、そういうところに対処していかないといけないから、そういうときはどういうふうに?

久保 まあでも例えば極端な話ですけど、NHK音楽祭のときにコンセルトヘボウん呼んだときにきいたんですよ。彼らは変えないんですよ、コンセルトヘボウで弾いてる通りで音をだす。でもすごいいい音。常にいい音出してるから、NHKホールでもコンセルトヘボウで弾いてるように弾いてる。

白井 コンセルトヘボウで弾いてるように弾いてるのか、コンセルトヘボウで聞いてるように弾いてるのか

久保 まあ、たぶん両方だと思う。だからものすごいいい音がするNHKホールなのに。
でも、やっぱり専用ホールは必要ですよ。やはりいいものを聴いていただくというのは我々の使命だから。

指揮者

白井 距離といえば、僕なんかはほら、一番前で弾くから指揮者がここにいて、指揮者がふっと動くと見なくても全部目に入る。でも、基本的に最後列でしょ?ふたりとも。どういうふうに…常に見てなきゃいけない?

長谷川・久保 見てない

白井 

久保 なんとなくやって。で、頭のいい指揮者って練習場でできる限りの音楽のつくり方をやって最終的にはゲネプロと本番でビシっとやれると思うんですよね。だから、遅い遅いって言わない指揮者もいるじゃん。ムダな練習になるって解っていてまったく言わない指揮者もいますよ。

長谷川 言わない指揮者はどの曲やっても言わないですよね。言う指揮者はどの曲でも言う。

白井 実際に遅れてはいるからさ。あそこの場所で聴くと。僕はまだ練習場のことそこまで知らないけど、ここで音楽をつくっているんだから…。こういう考え方はどうですか?練習場ではこのタイミングでやって文句言わせなくて、本番では早すぎるんだから調節するとか。

長谷川 多少そういう調整はしてるのよ(笑)

久保 指揮者からそういうクレームがきたらやります。でもやれないよね。音楽やっているのに、視覚的、いわゆる、聞こえてくる音よりも、常に先へ先へって弾き続けられますか?できないでしょ?

白井 それはわかる。確かにそれはすごいストレスかも。

久保 だってタイミングだけの話でフレーズとか音色とかまったく関係ない話になっちゃう。

白井 まあそうねえ、難しいところ…。
それで指揮者をそんなに見てないですねっていうのはどういう意味で?聞こえる音楽とアンサンブルをしている?

久保 凝視をしていない、視界には入っています。大事なところで合図はくるので基本的には見逃さないですね、

長谷川 ずっと見てないでしょ?

白井 僕なんてほとんど見ていない。動きが見えるから。後ろ向いてなんかやられてない限りは。

長谷川 でもたぶんそれと同じような感じだと思う。そっちの方向いてるから見てなくても自然に入ってくる感じで、たまにちょっと映るのを増やしたり。

白井 距離があれだけあっても慣れてるからわかるのかしらね?僕Tuttiの後ろの方で弾いたりするとちょっとこうやって見ないと感じられないことあるけど。

長谷川 よくサントリーホールだと後ろの人が上がってたりする。それは指揮者を見やすくするため?

白井 それもあると思う。

長谷川 僕らはいつも高いところにいるから。

白井 あれもどういう気分なんですか?高いところにいるのは。

長谷川 気持ちいい。

一同 大爆笑

久保 眺めが良いですよ。ティンパニとか暇だから、みんな今日頑張ってるな~とか

長谷川 今度写真とって送ってあげるわ。

曲中の休みではこんなことしてます

白井 休みが多いじゃない?そういうときは何考えてるの?

久保 本番中は余裕があるときはみなさんのいい音を聴きながらうまいな~と思って聴いてますし、次に大変なものが待ってるときはその準備をしてる。楽器の音程調整したり。

白井 ティンパニなんてよく音程調整してますよね。

久保 N響もヤギの革か子牛の革のティンパニなので結構温度湿度が変わるとピッチが変わってくるのでしょっちゅうチェックしています。

長谷川 Tuttiで盛り上がってるときに都度横でトントンって。

白井 それはよく見る。弾いてるときは見れないけど。トランペットは?

長谷川 余裕があったら聴いていたり、あとは単純に休む。回復をする、鋭気を養ってる感じ。

白井 あの感じで吹き続けるのは無理ってくらいちょっとしたところで力を使ってる?

長谷川 曲にもよるけどね。

久保 こないだシューマンの3番やって。

長谷川 「ライン」はきついですよ。

久保 「ライン」は管楽器の人が休みがなくってきついってみんな言っていた。最初から最後までずっと吹いている。唇を回復させる所がない。

長谷川 ヴァイオリンも弾きっぱなしはツラい?

白井 弾きっぱなしはまあツラい。疲れますね。一回くらい楽譜から目を離したくなる。

長谷川 目が疲れる?

白井 目も疲れる。

長谷川 弾くのをやめたくなるような疲れは?

白井 そういう疲れはそんなにないかな。それよりもオーケストラってそこまで何回も弾いてない曲が僕は多いから、先が読めなかったりで、そういう集中が一度途切れる瞬間がほしい。休む瞬間が。

長谷川 トレモロは疲れる?

白井 ffでトレモロだったらめちゃくちゃ疲れる。あれはずっとやってられるものではない。

久保 ティンパニもある。

白井 ありますよね。ティンパニは疲れない?

久保 あれは疲れますよ。夏の旅行でシベリウスの2番で。一週間で7回くらい本番があったことがあって。昔、僕が入った頃はそれこそ市民会館みたいなあまり響かないところでやってたんですよ。エアコンとかも古くてものすごく暑い。シベリウスの最後のゴゴゴってところ、汗でなんにも見えなくなるみたいな。汗だくになって、手ももうダメだ。みたいな。

白井 一番そういう意味でツラい曲っていうのは?

久保 体力的ですか?シベリウスの2番はツラいかもね、最後。

白井 1番じゃなくてて2番?

久保 うん。あのね2番はずうーーーーーーっとこんな感じ(クレッシェンド)で盛り上がっていく。1番は色々紆余曲折があって最後ワアアーーーーんですけど。

長谷川 ヴィオラの人もそういうの多いよね。ブルックナーとか。

白井 まあでもやっぱりそれで普段からトレーニングしてると鍛えられて筋肉もたぶん違うと思う。

長谷川 そっか

白井 トランペットが大変なのはシューマンの「ライン」?

長谷川 もっとね、きつい曲はいっぱいあるよ。考えられるだけでブルックナーは全般的にきつい、マーラーも全般的にきついでしょ。あとR.シュトラウスもアルペンシンフォニーとかもきついし、あとは意外にベートーヴェンがきつい。

白井 それはどういう意味で?

長谷川 ベートーヴェンは基本的に音が高め。基本的に、7番とか第九もきつい。ショスタコーヴィチもきつい。

NHKホール

白井 ホールの話に戻るけど、NHKホールというのは昔の市民会館もそうだけど、みんな鳴らないからというので、トランペットはあんまり関係ないかもしれないけど、木管の人たちは、ひとつ気合をいれて臨んでいるみたいなんですけど。そう思いますか?

久保 鳴らないというよりは客席的にキャパが大きすぎて、みんな3階まで音を届けようって頑張っちゃう。

白井 ちょっと頑張っちゃうような感じある。頑張らなくていいような気がするんだけど。

久保 本当はそうなんでしょうけどね。さっきのコンセルトヘボウの話じゃないけど、ウィーン・フィルとかコンセルトヘボウがNHKホールでやっても良い音がするんだよね。それって彼らがムジークフェラインで弾いてるように弾いているんだと思うんですよ。

白井 ステージの上だとそんなに嫌でもないしね。

久保 変な響きではない。

長谷川 NHKホールはやりやすいと僕は感じる。

久保 演奏はね。

白井 客席できくと「えっ?」となることがあるから頑張っているんだけど。だから演奏環境というのはオーケストラのためにもすごい重要ですよね。

オケの中での役割 ―師匠の教え—

白井 オーケストラって100人くらいの組織だけれども、その中で楽器としての役割もあるだろうし、人間として、自分はこういう感じの役割かなっていうものはありますか?

久保 僕は、歳をとってきて定年近くなってきたので、オケの雰囲気が悪くなった時に雰囲気を悪くしないように何かやるという、そういう役回りになってきたのかなという気がします。

白井 それは言葉を通して?それとも演奏を通して?

久保 もちろん演奏でできれば一番良いと思うんですけど、やっぱり人間なので休憩中にいろいろ話をしたり、練習中にくだらないことを周りに聞こえるように言ったりとか。みんなの緊張がほぐれるように。指揮者によっては、すごくストレスフルな指揮者が来たりしますよね。そういう時に、みんなが難しい曲を一生懸命弾いている時に、なるべく緊張感をつくらないように、みんながリラックスできるようなことをボソッと周りに聞こえるように言ってみたり。

白井 そういうのは、ずっとそこでやってきたからできることですね。

久保 そうですね。昔の先輩方にそういう方もいらっしゃったし、僕もそれを見てきて「ああ、こういう先輩の一言でみんなが落ち着くな」というのもあるし。歳をとったらそういうことをやるのも仕事の一つかなと感じていますね。「こんなこと言う人はじめて来たよね」とか周りに言うとみんなワーっとかなっちゃう。すごいみんなが緊張している時に、そういうのは大事かなと思っています。

白井 弦楽器の人とのコミュニケーションはとっていますか?

久保 練習中はやっぱり距離があるので難しいですね。僕の先生、N響に来ていたペーター・ゾンダーマンという先生が仰っていたのは「弦楽器の人と仲良くなりなさい。オーケストラというのは基本は弦楽器があって、それに管打楽器がある。」特にティンパニというのは、楽器の特性で自分の所では音程が合って聞こえるんですけど、距離が離れると大体のティンパニが音程が高く聞こえるんですよ。

白井 高くなる?

久保 上ずって聞こえる、離れた場所では。それは知識としてあるので、なるべく低めの音程をとって離れた所で正確な音程に聞こえるようにはしているんですけど、最終的なチェックというのは、自分はそこで自分の音を聞けるわけではないので。ゾンダーマン先生は「コントラバスの一番若いやつと仲良くなれ」と言っていました。

白井 それで言ってもらう、音程がどうだと。

久保 そう。年上だと聞きにくいけれど若い新入団員だと聞きやすいし、仲良くなったら「高いよ、低いよ、合ってるよ」と言ってもらえるから、コントラバスの人と仲良くなって音程チェックしてもらうといいよって。

白井 音域もやっていることも似てますもんね。

久保 そうですね。コントラバスの人って、ティンパニの音程がコントラバスと合わないとすごく気持ち悪いらしいんですよ。

白井 じゃあ、コントラバスとアンサンブルしている時間もかなり?

久保 そうですね、意識していることは結構ありますね。特に、チャイコフスキーの4番のシンフォニーの1楽章でコントラバスのピッツィカートとティンパニがずーっとユニゾンなんですけど、自分で合っているつもりでもすごく高く聞こえる時がある。そういう時は前もって言っておいて、やりながら頷いてくれると「合っているんだな」と思って安心してできるし。

白井 それは演奏会中にもそういうやりとりを?

久保 ゲネプロではやってもらいますけど、本番ではやらないです。ゲネプロで合っていれば会場が変わらないので。距離によって変わるし、ホールによっても変わってきちゃうんです音程が。

白井 そういう細かいことをやっているんですね。

N響のココに注目!

白井 「こういうことを知っているとオケを観に行って面白いよ」とかありますか?

長谷川 トランペットは、曲によって使っている楽器が違うんですよ。主にドイツ式のロータリートランペットを吹く時と、ピストンのトランペットを吹く時と、曲によって違うからそういうのも楽しんでくれると。

白井 何で変えているんですか?ロータリー式とピストン式は。

長谷川 基本的にドイツ語圏のオーケストラはどの曲もロータリーで吹く。逆にフランスのオーケストラとかアメリカのオーケストラ、日本のオーケストラも基本的にはそうだけど、基本はピストンのトランペット。

白井 昔はそっちしか知らなかった。小さい頃とか。

長谷川 あとイギリスのオーケストラ。英語圏のオーケストラ。ドイツ語圏以外のオーケストラは基本がピストントランペット。でも、ドイツ語圏の作曲家って多いから、どうしてもベートーヴェンとかブラームスとかマーラーとかシュトラウスとか大作曲家がそういうのを書いているから、そこの国の曲はロータリートランペットを想定して初演の時も、ベートーヴェンとかはナチュラルトランペットだけど、現代のオーケストラというか今のシステムになってからはピストンではなくてロータリートランペットの響きを想定して書かれていると思うので、その楽器を使って演奏したほうがその曲が持つ色合いに近い。普段僕らはピストンを吹いているけれども、そういう曲を演奏する時は積極的にそういう楽器を…

白井 基本はピストン?

長谷川 基本はピストン。

白井 音色的にどういう違いがあるの?特徴は?

長谷川 特徴は、ロータリートランペットの方がベル、朝顔の一番広いところが大きい。それに合わせて広がり方も、ロータリートランペットのほうがより早く広がっているというか。管が少し太い。ベルの所が早くから広がってきているから、音色が少し落ち着いた感じというか、ふくよかなというか。

白井 柔らかい、圧が逃げやすい。

長谷川 そうね、広がりがあるような感じ。ピストンはそれに比べて円柱の部分が長い。トランペットは基本的に一緒なんだけど広がっていく所の広がり方が違うから、ピストンのトランペットの方がもう少しストレートな、シャープな感じというか。だからストラヴィンスキーとかラヴェルとかそういうのにはピストンを想定して書かれているものもあるし、そっちがマッチするんじゃないかな。

白井 指使いは変わらない?

長谷川 指使いは変わらない。同じ管の長さだったら一緒。

白井 吹き心地は? 

長谷川 そう、空気の抵抗が違うから、これまた吹き心地が全然違うから慣れが必要。ただ、ベートーヴェン、モーツァルト、ブラームスのような古典みたいな感じだとそれでいいけど、微妙なのはマーラー、R.シュトラウスあたりになると、オーケストラによってロータリーを使って吹いているオーケストラとピストンで吹いているオーケストラが出てくる。

白井 それは誰が決めるんですか?どっちの楽器を使うか。

長谷川 セクションで決めるか。N響は、基本的にマーラーもシュトラウスもロータリートランペットで。

白井 指揮者の希望というのは?

長谷川 最近はもうほとんどそういうことは無いね。
日本のオーケストラは、マーラーとかシュトラウスは、最近はロータリーも増えてきたけど、ピストンでやっているところの方が多い。アメリカのオーケストラもマーラーはほとんどピストン。

白井 響きのイメージの違いなんでしょうね。

長谷川 N響はロータリーでやっていますね。

白井 久保さんは何かありますか?

久保 楽器の違いというのも面白いですね。ティンパニは、今使っているティンパニってコンセルトヘボウの人が作った楽器なんですけどね。昔は十円玉みたいな黒いやつを使っていてあれもすごく良い楽器なんだけど50年以上経って劣化が始まっていて、その楽器を大事に使うためにああいう楽器を買ってローテーションをしながら楽器の寿命を延ばしたいと思っている。

白井 コンセルトヘボウの人が作ったというのは。

久保 話せばちょっと長くなるんですけど、あの楽器はハンス・シュネラーというティンパニストが作ったんです。シュネラーはすごい有名な人で、シュトラウスとかマーラーの時代の人で、2人とも彼のティンパニのプレイがすごく好きだったんです。マーラーが晩年にニューヨークに渡った時、シュネラーはウィーン宮廷歌劇場のティンパニストだったんです。(マーラーは)彼を呼びたかったんだけれど彼はウィーンを離れず、彼が作った楽器だけニューヨークに行ったという話が残っているくらい、マーラーはシュネラーの演奏と彼が作った楽器がすごくお気に入りだったんですよね。

白井 大スターだったんですね。

久保 彼が1905年頃に作った楽器がコンセルトヘボウにあって、100年以上使っているので金属がものすごく疲労していて。ほぼレプリカ、ちょっとサイズが大きくなっているものをオランダで作ったんです。それと同じ楽器をN響で注文して買ってもらって、今使っているんです。その楽器は今のところ日本ではN響のワンセットしかないので、日本であのティンパニのサウンドを聴こうと思えばいらしてくださいと。

白井 マーラーの好きだったサウンドを聴きたければ。それはすごい売り文句ですね。ティンパニストでティンパニを作るというのは他にも例があるんですか?

久保 昔は金管のマイスター、トランペットやトロンボーンやホルンを作っていた人がティンパニを作っていたんですけど。

白井 やっぱりそこでもセットだった。

久保 いまだにバロックのティンパニとかはマイスターが作っているんですけど、マーラーとかシュトラウスの時代になると演奏の技術的な難易度が高くなって、ペダルとかハンドルが付いていないと演奏できない。そういうのは金管のマイスターは作れなくて、たぶん金管のマイスターが手伝ってもらいながらペダルティンパニを作った。

長谷川 本人もコンコンと(作るジェスチャー)やるんですか?

久保 やったんだと思うよ。ウィーン大学に論文が残っているもん。音響の研究をしていた。

白井 全然知らなかった。

久保 ウィーン・フィルの人は、たぶん皆さん知っていますよ、ハンス・シュネラーと言ったら。

理想のオーケストラ

白井 理想のオーケストラというのは、お二人の中でありますか?今あるオーケストラでも、今ないオーケストラでも。「こういうオーケストラがあったら最高だな」「こういうところで自分は弾きたい」って。

久保 既存のオーケストラだと、ウィーン・フィルとかコンセルトヘボウとかドレスデンのシュターツ・カペレとか。

白井 伝統のあるところね。

久保 ゲヴァントハウスとか。伝統のあるところはやっぱりすごいですよね。

白井 独自のサウンドが。

久保 ベルリン・フィルも素晴らしいけれど、ベルリン・フィルはそんなに歴史が古くなくて、1882年でしたっけ、できたの。まだ150年も経っていないんだよね。我々がやってるのは伝統芸能ですからね。オーケストラというのは、僕は一つの楽器だと思っているので、100人でやっていますけど。独自のサウンドを持っていますよね。そういうオーケストラは素晴らしいなと。そしてちゃんと自分たちのホールを持っているし。

白井 そこに戻っちゃう(笑)でも、それはすごく大事だと思う。ムジークフェラインがなかったらあんな音は出さないと思う。

久保 ですよね。意外と言っては失礼ですけど、ウィーンのシュターツオーパーだって響きが良いじゃないですか。オペラハウスであんなに良い響きなんてないですよ。

白井 ピットでまだ誰もいない時に調弦して、その時にキュッヒルはさらっていたりするんですけどね。ピットの上の天井の丸いアーチが、イタリアの教会と一緒ですよ。その中で、ふわぁ~と音が降ってくるように、本当に良い音。

長谷川 ホールも楽器って感じだよね。

白井 オペラハウスというとデッドっていうイメージがあるでしょ。でも全然そんなことない。

久保 僕がいたベルリンのシュターツオーパーはものすごいデッドで全然響かない。だから、はじめてウィーンでオペラを聴いた時、素晴らしいなと。オペラハウスで響きが良いのはウィーンとドレスデン。

白井 天井桟敷だと上で全部混ざってブレンドされた最高なものが上から降ってくるんですよ。

長谷川 遠くへ行くと。歌はダイレクトにくるし。

白井 歌もこうやって(腕を上げてジェスチャー)…。それこそグルベローヴァの声もすごかった。最高の楽器ですよ。

久保 エディタ・グルベローヴァなんて、あのコロラトゥーラを聴いたら何も聴けない、他の。あれは人間とは思えないですよ、上手すぎて。

白井 あの芯と、その周りにずーっとエネルギーがまとわりついているみたいな音がする。

オペラをやる意味

白井 ウィーンにしろドレスデンにしろライプツィヒにしろ、みんなさっき名前の挙がったオーケストラってオペラをすごくやっているけれども、お二人もプロフィールを拝見したら(久保さんは)オペラもベルリンにいる時にやっていらしたと書いてあって、(長谷川さんは)東京フィルにいる時にオペラ、ほとんどピットにいたと。オペラをやる意味と、N響がオペラをやらないという残念さを語ると言ったら。

久保 残念ですね。逆にドイツは、ベルリン・フィルはピットに入れないんですよね。

白井 入れない?

久保 決まっているんですよ。要するに、劇場のオーケストラの仕事を奪っちゃいけないから、ベルリン・フィルがピットに入るのは音楽祭とか本当に特別な時。

長谷川 N響もまったくやらないわけではないし、この後もやるかやらないかわからないし…

久保 でも、やるんだったらピットでやりたいよね。コンチェルタンテじゃなくて。

白井 オペラをやっていた時に良かったなということってありますか?

長谷川 やっぱり歌だよね。素晴らしい歌手の音をいつも間近で聴けたというのは良かったし。たまに歌の人と一緒に寄り添って吹かなきゃいけない曲もあるし、そういうところからフレージングとか勉強になった。トランペットだと、あんまりやらないかもしれないけど、ドヴォルジャークの《ルサルカ》というオペラでソプラノの人が歌うアリアがあって、途中からトランペットがずっと一緒に重ねる。アゴーギクをちょっと効かせるんだけれども、歌の人がその前に同じフレーズを歌って2コーラス目になると一緒に吹くというのがある。その表現が引き込まれるというか、自分も入り込めるというか。そういう経験はオペラじゃないとできない。あとは、なにより良い曲がいっぱいある。

久保 ほとんどオペラしか書かなかった作曲家もいるしね。

長谷川 N響ではやらないような、それこそプッチーニとかね。

白井 オペラだと歌手を立てるためというシーンが多いからかもわからないけれど、オケはとにかく動かないといけないという時があるでしょ。もう、今1拍目だったのが4拍目にいつの間にか飛んじゃっているように見えるような。

長谷川 フットワークが軽くなるというか。

白井 アンサンブルの…

長谷川 レスポンス。

白井 そうそう、良くなる。オーケストラのために良いでしょうね。ではN響でもオペラをやってもらうように言っておきましょう。

久保 ぜひ。

4月公演の聴きどころ

白井 最後に、4月公演の聴きどころについて。4月公演って、こういうプログラムが今出ているんですが…聴きどころを教えてください。

長谷川 僕の出番はサントリー2つですね。

久保 僕はシューマンの1番。シューマンだらけ。

白井 あんまりやらないですか?シューマン。

久保 サヴァリッシュの頃はやっていましたね。サヴァリッシュの頃は2番でツアーがあったりした。

長谷川 うわ、嫌だ(笑)。2番でツアーとか嫌だ…

久保 サヴァリッシュはシューマンが得意だったから。

白井 今、コロナで編成が小さくなって今までN響がやらなかったレパートリーも載っていますよね、きっと。それこそマーラーとか全然できないし。そして長谷川さんは、今回4月の最後の公演では…

長谷川 ショスタコーヴィチの…

白井 普段は舞台の一番後ろからバンッてやっている人が、舞台の一番前でバンッてやるわけですよ。

長谷川 そう。それがもうめちゃくちゃ楽しみ。

白井 どんな曲?吹いたことはある?

長谷川 この曲自体は4回目なんですけど、すごい良い曲。面白い、素晴らしい作品だと僕は思います。

白井 僕も思います。だって、あと弦楽器だけでしょ?

長谷川 弦楽器とトランペットとピアノのソリスト。ショスタコーヴィチってチェロ・コンチェルトでホルンをフィーチャーしたりとか、もう一つ違う楽器を、というのがあるのか。ピアノ・コンチェルトはトランペットをなぜかそういう使い方をしていて。ピアノが「ジャン、ジャン、ジャンジャンジャン」と伴奏みたいで、そこにトランペットが乗っかって吹いているっていうのもあったりとか。

白井 どっちのトランペット?ピストン?

長谷川 ピストンかな、ショスタコーヴィチは。

久保 シベリウスは?

長谷川 吹きます。

久保 シベリウスもピストン?

長谷川 シベリウスもピストンですね。

白井 ショスタコーヴィチで半分ソリストをやって、シベリウスもちゃんとやる。

長谷川 大変だけど。シベリウスの2番もちょっと一人だけで吹くところもあったりするけど、基本的には金管のセクションのコラールみたいな響き、ハーモニー、どっちかというと“調和”を楽しめるけど、ショスタコーヴィチはまた全然違って。それを一晩で味わえるっていう。

白井 トランペット祭りですね。

久保 シベリウスでも活躍するしね。

白井 久保さんのおすすめは?全部おすすめでしょうけど。

久保 なかなかN響でオペラ・アリアは聴けないと思うので、しかもやらない曲もいっぱい入ってますよね。僕、恥ずかしながら「シチリア島の夕べの祈り」の序曲は知っていますけど、バレエ音楽の「春」っていうのは知らないです。

白井 滅多にオペラをやらないN響のオペラ・アリア。

長谷川 「シチリア島の夕べの祈り」のオペラをやっているのはあんまり見ない。

久保 あんまりやらない。「運命の力」は時々やるけど。「シチリア島の夕べの祈り」のオペラ全曲というのは聞かないですね。序曲は何回もやっているけど。あとは、コロナ禍でシューマン、モーツァルト、ハイドンっていう渋い…昔はよくハイドンとかもN響はやっていたんですけどね、モーツァルトとか。サヴァリッシュとかスウィトナーとか振っていたから。N響のオールドファンには嬉しいプログラムなんじゃないかと思いますね。

長谷川 そう考えると4月のラインナップは面白い。

久保 多岐にわたって、いろんな楽しみ方がね。

白井 なるほどね。全部来ていただかないと。

久保 ぜひ全部来てください。

白井 …という締めで(笑)。今日はありがとうございました。

—番外編—

コロナ禍、時間ある時って何してた?

久保 時間ができた分、僕のマイブームはコーヒーをゆっくり飲めるようになったということ。味わいながら。ちょっと良い豆を買ってきて、フレンチプレスでちゃんと淹れて普段使わないような良いカップでゆっくり飲んで「ああ美味しいなあ」なんていうような余裕ができたのは、ひょっとしたらちょっと良かった部分かなとは思います。

白井 僕はずっと家にいた。なるべく出ないでくださいということだったから…

長谷川 どこにいたの?

白井 実家にいた。散歩に行くと、3月くらいに田植えをするでしょ。その道から、刈り入れまで全部を見ましたよ。

長谷川 成長を見れたと。

白井 稲に白い小さな花がつくというのを知って。

長谷川 普段見ることがないから。

白井 見ることない。だから情操教育のための半年間だったな。

久保 自然にふれる良い時間でしたね。

長谷川 僕はオーケストラが休みだったことで、自分が今までやらなかったようなソロのレパートリーを開拓したりする機会が持てた。ソロの機会もいくつかあったり。実は、3月の末にソロのアルバムのレコーディングをするんですけど、そういう計画もコロナで休みだったからこそ計画できた。

12台!のティンパニ

白井 練習はどこで?お家でなさる?

久保 家で。地下が練習室なんです。

長谷川 すごいですから。

久保 防音室で24時間練習できる。

白井 ティンパニは何台くらい?

久保 ティンパニは今、12台持っています。

一同 大爆笑

長谷川 ティンパニが12台入るってすごいです。

白井 半音階全部できる。

長谷川 テレビでやっていましたよね、前にね。テレビの特集で久保さんの家を…

久保 うちの地下でね、うちの練習室を。切羽詰まって、止むに止まれず作ったんです。

白井 他にもいろんな打楽器がある?

久保 もちろん小さいのはありますけど、ティンパニメインで。

白井 マリンバはない?

久保 マリンバは1台あります。家内がピアノで僕は打楽器で。家内は吉田秀ちゃんの奥さんとピアノデュオをやっているんですよ。そうするとグランドピアノが2台あるんですよ。

白井 グランドピアノ2台とティンパニ12台ってすごいですよね。

長谷川 トランペットとフルートだから全然場所とらない。

久保 最高の夫婦だよ。

白井 持ち運びも…

長谷川 かばんの中にトランペットが収まりますからね。

久保 ほんとひどいよね、うちは。大変だよ。

【Information】
NHK交響楽団 4⽉公演
2021.4/10(土)18:00、11(日)14:00 サントリーホール

指揮:三ツ橋敬子
ソプラノ:森谷真理
テノール:福井 敬
〈曲目〉
モーツァルト/歌劇「魔笛」より、歌劇「コシ・ファン・トゥッテ」より、歌劇「イドメネオ」より
ヴェルディ/歌劇「シチリア島の夕べの祈り」より
マスネ/歌劇「ウェルテル」より、歌劇「タイス」より
プッチーニ/歌劇「蝶々夫人」より

2021.4/16(金)18:00、17(土)14:00 東京芸術劇場 コンサートホール
指揮:鈴木雅明
オーボエ:吉井瑞穂
〈曲目〉
ハイドン/交響曲 第95番 ハ短調 Hob. I-95
モーツァルト/オーボエ協奏曲 ハ長調 K. 314
シューマン/交響曲 第1番 変ロ長調 作品38「春」

2021.4/21(水)22日(木)18:00 サントリーホール
指揮:大植英次
ピアノ:阪田知樹
〈曲目〉
グリーグ/2つの悲しい旋律 作品34 ─「胸の痛手」「春」
ショスタコーヴィチ/ピアノ協奏曲 第1番 ハ短調 作品35
シベリウス/交響曲 第2番 ニ長調 作品43

NHK交響楽団
https://www.nhkso.or.jp/

 

【Profile】
白井圭 Kei Shirai

1983年、トリニダード・トバゴ共和国に生まれる。東京藝術大学卒業。徳永二男、大谷康子、故田中千香士、堀正文、故ゴールドベルク山根美代子の各氏に師事。2007年文化庁の奨学生として留学。ウィーン国立音楽演劇大学室内楽科にてヨハネス・マイスル氏に師事する他、ヴェスナ・スタンコービッチ氏の指導も受ける。日本音楽コンクール(第2位及び増沢賞)、ARDミュンヘン国際コンクール(第2位及び聴衆賞)、ハイドン国際室内楽コンクール(第1位及び聴衆賞)を始めとしたコンクールで受賞歴をもち、ソリストとしてチェコフィル、ミュンヘン室内管、新日本フィル、東京フィルなどと共演。ウィーン楽友協会や、ウィグモアホール(ロンドン)、コンツェルトハウス(ベルリン)等で演奏。2011年9月より半年間、ウィーン国立歌劇場管弦楽団及びウィーン・フィルの契約団員として活躍。現在もウィーンに拠点を置きながら、セイジ・オザワ松本フェスティバル、木曽音楽祭など数多く参加している。
Stefan Zweig Trio、ルートヴィッヒ・チェンバー・プレイヤーズ、トリオ・アコード各メンバー。田中千香士レボリューション・アンサンブル音楽監督。
Fontecより「シューマン:ヴァイオリンとピアノのための作品集(ピアノ=伊藤恵)」、「ベートーヴェン:ピアノ三重奏曲(トリオ・アコード)をリリース。
現在、NHK交響楽団ゲスト・コンサートマスター。
www.stefanzweigtrio.com
www.ludwigchamberplayers.com

久保昌一 Shoichi Kubo

東京音楽大学卒。1987年にベルリン芸術大学留学、元ベルリン・フィル首席ティンパニストのO・フォーグラー教授に師事。ベルリン芸術大学在学中、ベルリン・ドイツ・オペラとSFBベルリン自由放送協会のレコーディングで活躍。帰国後1990年より元ドレスデン国立歌劇場管弦楽団首席ティンパニスト、ペーター・ゾンダーマン氏に師事。 霧島国際音楽祭には第20回より毎年参加。第3回別府アルゲリッチ音楽祭にてM・アルゲリッチとN・フレイレ両氏とバルトークの2台のピアノと打楽器の為のソナタを共演。2010年 SWRシュトゥットガルト放送響よりティンパニストとして招聘され定期演奏会及びシュヴェツィンゲン音楽祭等に出演。2017年3月オランダ、マーストリヒト音楽院にてマスタークラスを行う。 2019年10月5&6日、N響第1921回定期公演にてフィリップ・グラス作曲「2人のティンパニストと管弦楽のための協奏的幻想曲」のソリストを務める。現在、NHK交響楽団首席ティンパニ奏者。トウキョウ・ミタカ・フィルハーモニア首席奏者。東京音楽大学兼任教授、武蔵野音楽大学講師。

長谷川智之 Tomoyuki Hasegawa

北海道函館市生まれ。東京芸術大学音楽学部卒業。これまでに杉木峯夫、松田次史、関山幸弘らに師事。第22回日本管打楽器コンクール・トランペット部門第2位、第75回日本音楽コンクール・トランペット部門第1位、および岩谷賞(聴衆賞)受賞。NHK-FM「名曲リサイタル」に出演。
東京フィルハーモニー交響楽団首席トランペット奏者を経て、現在、NHK交響楽団首席トランペット奏者。また、Bach Artists Japan匠、ブラス・ヘキサゴンのメンバーなど、室内楽奏者としても活動している。洗足学園音楽大学客員教授。愛知県立芸術大学、国立音楽大学、東京音楽大学、各非常勤講師。

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