【対談】フィリップ・マヌリ × 野平一郎

武満徹の遺志を引き継ぎ、20年以上続くコンポージアムが、今年も東京オペラシティで開催される。
核となる武満徹作曲賞の審査員を務めるフランスを代表する作曲家の一人フィリップ・マヌリが、盟友・野平一郎と対談した。

進行・邦訳:野平多美

 

(C)東京オペラシティ文化財団/撮影:ヒダキトモコ


マヌリ × ノダイラの出会い


野平:
まず初めに……、どうやって私たちは知り合ったのでしたっけ?

マヌリ:カトリ・マキノ(牧野縑・作曲家)の紹介だったと思いますよ。私とマキノは、(パリ国立高等音楽院で)同級生で結構親しく、それで、彼がノダイラについて話してくれたんです。きみが音楽院に入学したのが1978年。私はその前年に卒業していましたから、音楽院ではすれ違いでしたね。

野平:そして、私が1982年に卒業した年に、ミシェル・フィリポ先生宅でパーティがあり、マヌリさんと会ったのをよく覚えています。私が「IRCAMを見せてくれないか」と頼んだら、読解委員会(comité de lecture)に作品を出してみないか、と勧めてくれた。1983年だったかな。

マヌリ:私とエトヴェシュが審査員でしたね、その年は。

野平:その作品《錯乱のテクスチュア第1番》が選ばれて……。

マヌリ:君のように才能豊かな作曲家を選んだのですから良かった! そして次は、きみに私のピアノとエレクトロニクスのための作品《プリュートン》のピアノ演奏を頼んだんだね。「ピアノを弾きながら、すべての技術とコンピュータ環境を近くで見られるよ」と誘ったんだ。そして僕たちは、幾夜も幾夜もリハーサルと試行を重ねた。ウィスキーを飲みながら。

野平:そう、僕がコンピュータ音楽に開眼したのはあの時でした。あの経験が、僕の進むべき道を決定づけたと思っています。

野平:ブラジルに行ったのは音楽院を卒業してからですか?

マヌリ:ええ、ミシェル・フィリポが、ブラジルに来ないかと、誘ってくれたのです。しかし2年経った頃、バレンボイムがパリ管を連れてきて、ドビュッシーの《映像》をやったのです。その素晴らしい演奏に郷愁を誘われて、パリに帰ろうと決断しました。

(C)東京オペラシティ文化財団/撮影:ヒダキトモコ

野平:ちょっと待って。ブラジルで、結婚もしたでしょ?

マヌリ:ええ(笑)、その時の子供が今や38歳と36歳になっています。長男はマンガに魅せられて、18歳の時、1998年に日本に来て2000年まで滞在していましたよ。日本の漫画をフランスと取引する仕事をしていました。音楽家は、生活するのが金銭的に大変だと思って、音楽家にならなかったのでしょう(笑)。

野平:先ほど話に出たあなたの《プリュートン》といえば、あの曲には「アンティフォニー」「トッカータ」という部分がありますね。マヌリさんは時折、音楽史のこのような概念を用いられますが、理由がありますか?

マヌリ:現代音楽の作曲というと、古典的な書法を断ち切るという風潮がありますが、現代音楽を作曲することは、音楽史から離れることでは決してありません。トッカータやパッサカリア、フーガなどは、音楽のフィギュア(図形)、ないしは“様式”として用いています。

野平:古典、そして現代音楽でどの作曲家に興味がありますか?

マヌリ:ドイツ音楽が大きな部分で私の音楽のベースとなっています。バッハとバロック音楽をすごく勉強しましたし、ハイドン、モーツァルト、後期ベートーヴェン、ワーグナー、マーラー、ドビュッシーにはとても関心があります。現代音楽では新ウィーン楽派、特にベルク、そしてブーレーズ、シュトックハウゼン、リゲティ……。現在ではラッヘンマンですね。私は彼のような作曲はしませんが、とても見事な作曲家で、何と言っても高いインテリジェンスを感じます。彼の考察などを見ていても、私にとっては偉大な芸術家だと拝察しています。

(C)東京オペラシティ文化財団/撮影:ヒダキトモコ


今後の予定


野平:
現在進行中のプロジェクトを教えてください。

マヌリ:もう何年も思考している大きいプロジェクトがあります。オーケストラのチェンジ(変革)です。
それは「オーケストラとは何か」という単純なアイディアから始まりました。ハイドンの頃から規模は大きくなっても基本的な形は同じでしょ?そこで、オーケストラの組織を変えてみることはできないかと自問自答したのです。座る場所を変えてみるとか、客席の周りに音楽家を配置するとか。そうやって、三部作「トリロジー・ケルン」のうちの2曲で、オーケストラが聴衆を取り囲むという試みをしてみました。
その空間を活かせるように作曲するという考え方でオーケストラを“再定義”する、ということです。

野平:なるほど、オーケストラの問題点が、空間の問題になったわけですね。


コンポージアム2019のプログラムについて


野平:
では今回のコンポージアムで演奏される作品について話していただけますか。

マヌリ:《響きと怒り》は、ピエール・ブーレーズの委嘱で、シカゴ響とクリーヴランド管のために作曲した曲です。これを作曲していた頃は、フォークナーの小説を読み漁っていました。その一冊『響きと怒り』のタイトルは、シェイクスピアの『マクベス』のセリフから引用されています。
――It is a tale. Told by an idiot, full of sound and fury, Signifying nothing.
(人生とは白痴が語る物語。なんの意味も無く、響きと怒りに満ちている。)
この曲も、今までの慣習とは異なる配置に指定されています。左と右に大きく分かれ、木管楽器群が正面にいます。純粋な音と雑音的な音の弁証法とでも言いましょうか。この曲は、だんだん展開していくうちに音が飽和してくるのです。音のテクスチャーが飽和し、密度が高くなります。その最高潮で終わるかと思いきや、また純粋な音に戻って曲は終わります。一種の明と暗のせめぎ合いですね。8本のホルン、6本のトロンボーン、6本のトランペット、大弦楽部という大編成のオーケストラを用いました。
この曲は、改訂も経て高い評価を受けています。初めは楽器の配置も特殊だったのと、短い曲で演奏会の半分になりませんでしたので、あまり演奏される機会は多くなかったのですが、7〜8分追加して改訂版は28分くらいになりました。

野平:以前録音を聞かせてもらったことがある、シカゴでブーレーズが初演したあの曲ですね。

マヌリ:ええ、今回ぜひ改訂版を日本で演奏したいと思いました。私はこの曲の後もたくさんオーケストラ作品を作曲しましたが、作曲当時の作品の中では最も充実した作品だと考えています。
《フルート協奏曲》は、伝統的な編成ですので、私の管弦楽法の異なる側面をお見せしたいということから、プログラムに入れました。この曲は、フランソワ=グザヴィエ・ロトの委嘱で、エマニュエル・パユのために作曲しました。

(C)東京オペラシティ文化財団/撮影:ヒダキトモコ

野平:協奏曲という形式については、どう考えていますか?

マヌリ:実はこの協奏曲は、想像上の演劇という趣向で作曲されているのですよ。協奏曲というのは、独奏者とアンサンブルがいるわけですね。私にとってそれは、個とコミュニティという関係です。台本のようなものはありませんが、個とコミュニティのやりとりが展開されます。個がコミュニティに影響されたり、また反乱したりすることもある。

野平:フルートに強いキャラクターを与えたのですね?

マヌリ:そうです。フルートというと、“田園”という感じのイメージがありますよね?それを打ち破りたかったのです。オーケストラ編成は3管編成です。

野平:そしてコンサートは、ドビュッシー作品のマヌリ編曲で始まります。

マヌリ:はい、若いドビュッシーで始めることにしました。これはドビュッシー19歳の、ローマ大賞以前の作品です。
管弦楽組曲第1番の4曲のうち、第3曲『夢』のみ、ドビュッシーによるオーケストレーションが残されていません。若き日のいわば“ドビュッシー以前のドビュッシー”ですが、他の3曲よりは後年の成熟を予感させるものです。
ちなみに、ドビュッシーとは他の理由で親近感を覚えています。ドビュッシーの母親の旧姓がマヌリというんですよ。

野平:ああ、どこかで繋がってるとか?

マヌリ:わかりませんけれどね(笑)。

(C)東京オペラシティ文化財団/撮影:ヒダキトモコ

【information】
コンポージアム2019

◎2019年度武満徹作曲賞 本選演奏会
6/9(日)15:00
審査員:フィリップ・マヌリ
指揮:阿部加奈子
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

◎講演会「フィリップ・マヌリ、自作を語る」
6/12(水)19:00(入場無料/事前申込不要)

◎フィリップ・マヌリの音楽
6/13(木)19:00

指揮:ペーター・ルンデル
フルート:マリオ・カローリ
管弦楽:東京都交響楽団

会場:東京オペラシティ コンサートホール

問:東京オペラシティチケットセンター03-5353-9999
http://www.operacity.jp/concert/compo/2019/

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