interview 久保田 彰(チェンバロ製作家)

日本の古楽黎明期から楽器製作を始め、長きにわたり多くの演奏家や愛好家を支えてきたチェンバロ製作家の久保田彰さん。クラシック音楽ファシリテーターの飯田有抄さんが、埼玉県新座市にある久保田さんの工房を訪ね、チェンバロとの出会いや楽器への想いについて、お話を聞きました。

interview & text:飯田有抄
photos:I.Sugimura/Tokyo MDE

弦を弾く(はじく)というのは、
人間が考えるもっとも自然な発音の仕組み


──チェンバロというと、ピアノより古い鍵盤楽器、というイメージが一般的ですね。

ピアノがまだ発明されていなかった時代に、ヨーロッパでもっとも人気のあった鍵盤楽器がチェンバロです。ピアノは18世紀初頭にイタリアで発明されましたが、それ以前に300年ほど使われ続けてきました。しかし、ピアノが台頭したこともあり、チェンバロは一度音楽史上からすっかり姿を消してしまいました。

──ピアノと並行して、連綿と作られ続けてきたわけではないのですね。

古くから一度も途絶えずに続いている工房というのは、おそらくヨーロッパにもありません。昔の楽器で博物館に残っているものはありますが、現代の職人たちはその楽器を研究し、レプリカを作って蘇らせたのです。

フランドル様式による二段鍵盤チェンバロ 2016年久保田工房製作
(P.J.ルドゥーテの花装飾による響板テムペラ画)
写真提供:久保田チェンバロ工房

──同じ鍵盤楽器でも、ピアノとチェンバロでは、音の出る仕組みはかなり違いますね。

構造的には、チェンバロは金属の弦を、鍵盤の先についた爪(昔は鳥の羽の軸、現在はプラスチックの薄い板)で弾(はじ)いて音を出しています。ピアノはハンマーで弦を叩いていますから、そこに大きな違いがありますね。弾いて音を出すという意味では、ハープやギター、広く言えば日本の三味線も同じです。もしも目の前にピンと張られた弦を差し出され、音を出してみろと言われたら、まず人は弾いてみるのではないでしょうか。だから僕は、チェンバロは人間が考えるもっとも自然な音、ある意味人間の感性に近い音の出せる鍵盤楽器ではないかと思うのです。ちなみに、金属弦の材質はピアノとほぼ同じですが、ずっと細く、マンドリンの弦と同じくらいです。

鍵盤まわりにも美しい装飾が施されている
写真提供:久保田チェンバロ工房

──木材はどのようなものを使っているのですか?

楽器のパーツによって違い、全部で10種類くらいの木材を使用しています。国産と輸入の両方を使っています。楽器にとって重要な響板は針葉樹。松系ですね。ボディは広葉樹で、ポプラなどです。鍵盤は硬くて重い黒檀です。鍵盤が黒いというのが、チェンバロの特徴のように思われていますが、実は18世紀以降の楽器のスタイル。それ以前のイタリアのモデルなどには、黄楊(ツゲ)などが使われています。

響板を張る前は、船底のような作りになっている

──久保田さんは、どのような音を理想として製作されていますか?

かつてフランドル地方と呼ばれた(今のベルギーやオランダの近く)あたりはチェンバロ製造が盛んで、そこで作られた楽器はヴァイオリンでいうストラディヴァリウスのような価値があります。自分で作り始めた頃、僕も一度バックパッカーで訪れたのですが、ルッカースという工房が作った楽器が博物館にあり、ちょうど修復しているところを見せてもらえました。その響きは究極の理想ですね。今でもその響きを追い求めている感じです。

製作途中の1台。趣味でチェンバロを弾く愛好家のために、100万円を超えない楽器を提供し続けている。この20年間値上げをしていない。
多くの人にチェンバロに親しんでほしいと願う、久保田さんの心意気を感じる


久保田さんがチェンバロ職人になるまで

──久保田さんは、どんなきっかけで、いつ頃からチェンバロを手がけるようになられたのですか?

学生時代、ロックもフォークもジャズも、あらゆるジャンルの音楽を好きで聴いていたのですが、その一つにクラシックもあって、グレン・グールドの弾くバッハが好きでした。ある時、彼のレコード・ライナーに「ピアノでバッハを弾くことの意義」みたいなことが書かれていたのです。僕はてっきり、バッハはピアノで作曲していると思い込んでいたので驚きました。当時バッハはチェンバロやオルガンという楽器で仕事をしていたことを知り、探究心に火がつきました。

語らう久保田さん(右)と飯田さんの真ん中で、工房の“営業部長”トラ吉が爆睡中

僕はルネサンス・バロック時代の古典絵画を描くことが大好きで、美術大学進学を考えていたのですが、当時の美大はアヴァンギャルド一直線。どうやら僕の居場所はなさそうだなぁと考えているうちに、チェンバロを作り始めてしまったのです。「独学」というよりも「自力」で(笑)。

──どこかヨーロッパの工房に弟子入りしたというのではなく、自力で?!

はい。美大予備校はお茶の水にありましたから、帰りに楽器屋さんを覗いたり、神保町の古本屋でチェンバロの資料を探し出し、写真をじっくり眺めながら見よう見まねで初めて最初の一台を作りました。22歳でした。
当時は日本の景気もよく、百貨店のウィンドウのディスプレイを一晩で製作するアルバイトをしていたので、お金も入ってきたし、作業場も提供してもらった。1970年代の終わりから、80年代の初め頃ですね。

細かいパーツが多いチェンバロ。鍵盤をひとつひとつセットしていく久保田さん

──当時まだ、日本でチェンバロを作る人はほとんどいなかったのでは?

百瀬正二さんや堀栄蔵さんなど、すでに製作に取り組んでいる方もわずかながらいたのですが、当初はそういう情報もまったく知りませんでした。ですから、ヨーロッパ帰りの音楽家の方のコンサートにも足を運び、頼み込んで楽器を見せてもらっていました。演奏家も、日本に修理できる人がいなくて困っていたから、製作に興味があるというと喜んで見せてくれました。そうするうちに、演奏家の方々とも仲良くなりまして、巨匠・小林道夫先生には当時からずいぶんとお世話になっています。

九州の病院院長が自宅サロン用に発注。趣味が「魚」とのことで様々な美しい魚、鳥、植物を久保田さんの弟子で娘の久保田みずきさんがイタリアの古典画法を用いて響板に描いている

──プロとして製作をスタートさせたのはいつでしたか?

作り続けて40年以上たちますが、正式に工房を立ち上げたのは1981年です。最初の10年は、チェンバロやその時代の音楽全体を調べて知る作業。次の10年は具体的に、優れた楽器から学び、レプリカを忠実に作るという考古学の時代。次の10年から今に至るまでは、過去から学んだことを現代の創造的な仕事へと生かす時代。チェンバロを、日本の湿度や温度、住環境に見合った形で、独自のものとして作って行きたいと思っています。そうする中で「チェンバロといえば日本」と世界から言われる日を夢見て、まだまだ技術を磨いています。

お目覚めの“営業部長”トラ吉


久保田さんの楽器の音を聴くことができる最新ディスク


CD『ミルコ・ラザール作品』

北谷直樹(チェンバロ) 杉田せつ子(ヴァイオリン)
レック・ラボ(299 ULTIMATE)
NIKU-9021(CD+DVD)
2019.5/10発売


【動画】
2017年製作フレミッシュ・チェンバロの音源(演奏:北谷直樹)やインタビュー

楽器製作の様子

Profile
久保田 彰(チェンバロ製作家)

1953年東京神田に生まれる。アマチュア画家であった父の影響で美術系教育環境に育つ。70年頃からチェンバロに興味を覚え、独力で試作を始め、75年一号機完成。以降数台の試作を行う。79年から横須賀市の須藤オルガンに見習い勤務、パイプオルガン製作に携わり木工技術、音響理念、殊にヨーロッパの楽器製造環境について、多くの示唆を得る。81年自身の工房を設立、フレミッシュ・スタイルを主流に製作、他若手技術者育成、演奏家の活動、レコーディング等をサポート。著書『図解チェンバロ メンテナンス』『DVDブック チェンバロ・歴史と様式の系譜』は高い評価を受ける。
https://www.kubota-cembalo.com/