演出家・菅尾友が語る、NISSAY OPERA 2018《コジ・ファン・トゥッテ》

 日生劇場で11月9日に開幕する、モーツァルトのオペラ《コジ・ファン・トゥッテ》(日生劇場開場55周年記念公演/NISSAY OPERA 2018 モーツァルト・シリーズ/ニッセイ名作シリーズ。一般公演は11月10日、11日)。2012年《フィガロの結婚》、15年《ドン・ジョヴァンニ》でも演出をてがけた菅尾友による「ダ・ポンテ三部作」の最終章となる今回、テーマは“交換可能な恋”だ。公演を前に、ゲネプロ(最終総稽古)を取材、あわせて菅尾にそのコンセプトを聞いた。
(聞き手:ぶらあぼ編集部 写真:寺司正彦)

菅尾 友

 現代において、《コジ・ファン・トゥッテ》のストーリーを語るとはどういうことなのかをチーム全体で考え、歌手と稽古を重ねてきたという菅尾。物語には、男性が女性を試すという大枠があり、現代においては“Me Too”などの動きがあるなかで、それがはたして許されることなのかを、まずは考えた。
「日本ではそれほど”Me Too”の問題が盛り上がりをみせていない状況で、無批判のままで上演するのは危険なのではないかと思いました。では、自分たちが物語をどのように語ることができるのか? そう考えた時に、女性を『AI』に置き換えようと考えたのです。
 これは余談ですが、インテリジェンスという単語は、イタリア語でもフランス語でもドイツ語でも女性名詞です。作品のタイトル《コジ・ファン・トゥッテ》の『トゥッテ』は“全ての(女性)”という意味であると同時に、次に女性名詞の複数形を持ってくることも可能なので、“全てのAI(アーティフィシャル・インテリジェンス)はこうしたもの”という含みを持たせてもおかしくないと思いました。その上で、最終的には『トゥッティ』、つまり“全ての男女/人間”についての物語にしたいと思っています」

《コジ・ファン・トゥッテ》ゲネプロより
左から:与那城 敬(ドン・アルフォンソ)、加耒 徹(グリエルモ)、嘉目真木子(フィオルディリージ)

 演出にあたって一番参考になったのは、15年に公開されたイギリス映画『エクス・マキナ』(http://exmachina-movie.jp)だった。
「男性が女性AIを試しに行くという話で、最終的に痛い目にあうのですが、これがヒントになりました。自分にとってこの女性主人公の原型といえば、E.T.A.ホフマン原作のオペラ《ホフマン物語》のオランピアであり、バレエで知られる『コッペリア』なのですが、神話や戯曲になった『ピグマリオン』や映画『メトロポリス』に出てくるロボットのマリアも考えました。その系列が人間の物語の歴史の中で常にあったテーマなのではないかと思うんです。自分たちが思い通りの“女性性”に託す想いを、伝統的な系列の中にある物語として語っている。
 人間がAIを試すという物語、今回はたまたま男性が女性型のAIを試すということになっていますが、そういう形をとれば何かを『試す』、自分たちの技術をどこまで信用できるのかを考えられるのではないかと思ったのです」

 欧米ではAI開発の技術は兵器としての活用に重きがおかれているが、アジアでの、特に日本における開発の方向性は、“女性性”と強く結びついているように思えると語る。
「平田オリザさんと演劇でも関わられているロボット研究の第一人者である石黒浩先生(大阪大学教授)のAI関係の本を読んだ時に、AIを調べたり、作ったりすることは、結局、人間とは何かを研究することだと仰っていたんです。そのことを今回《コジ》の物語を通して探れたらよいのではないかと思いました。
 人工知能学会誌の表紙(Vol.29 No.1、2014年1月)に、女性ロボットが掃除している絵を掲載して、ものすごく炎上したんですね。AIをそのように描くことは、女性蔑視ではないかと。その事件に象徴されるように、AIに“女性性”をみるというか、自分たちがそこに何かを託すものがあるように思っていて、今回は人間がAIを試すという時に、結果、男性が女性型のAIを試しているということで筋が通る」

人工知能学会誌『人工知能』表紙(Vol.29 No.1、2014年1月)

 《コジ・ファン・トゥッテ》の日本語訳となる「女はみなこうしたもの」は、今回チラシやプログラムなどからあえてはずしてある。
「AIという形をとっているのは補助線であって、結局、男性が女性を試すというオペラの根底にある物語は、ダ・ポンテの台本通りです。けれども、女はみんなこうしたもの、というよりは、人間とはこういうものという話に最終的になればよいと思うんです。男性が女性型AIを試してはいるが、人間がAIを試している。
 ニッセイ名作シリーズの鑑賞教室で来場される中高校生にとって、導入部分として入りやすくなればいいし、オペラを初めて見る一般の方々にもオペラという古いものを博物館のなかで見ているのではなく、そこには現代の自分たちの物語があるんだなと思って見てほしい。オペラファンにも、こういう演出も面白いと思ってほしいですね」

 舞台の幕が上がると、そこに現れるのは大学の部室、研究室。そこでは多くの学生たちが研究に、趣味にと勤しんでいる。
「日生劇場でダ・ポンテ三部作(自分では『三連作』と呼んでいますが)を演出させていただくうえで、『日本の若者』『若者の群像』を描きたいと思ってやってきました。一般公演とあわせて中高校生の鑑賞教室が実施されるのは、大きなモチベーションです。特に若者を中心とした《ドン・ジョヴァンニ》はト書きの中のキャスト表にドン・ジョヴァンニは「若い貴族」と記載がありますし、《フィガロの結婚》もフィガロなど若い世代が上の世代を崩していく、若者の群像劇を通奏低音、テーマとしてやってきた想いがあります。
 今回は副題にある『恋人たちの学校』から、文字通りAIを研究している学生たちの話に設定しています。自分たちが開発したAIが絶対裏切らないと思っていて、それを証明してやるというフェルランド、グリエルモなどの学生たちと、そんなことないよと思っている先輩ドン・アルフォンソの実験室。
 学生と先輩というキャラクター設定にしたかったので、ドン・アルフォンソは背が高い、イメージとしては、デビルマン、ばいきんまんみたいな(笑)、悪そうで、それでいてチャーミングな設定にしたかった。逆にデスピーナは、ドキンちゃん。デスピーナの名前が“棘”(スピーナ)を意味するところからもドキンちゃん。ドキンちゃんって初期のデザインがスタイルがよく、そのイメージから『カッコいいドキンちゃんにしましょう』という話をしました」

《コジ・ファン・トゥッテ》ゲネプロより
与那城 敬(ドン・アルフォンソ)

 「アルフォンソとデスピーナの2人はフェルランドとグリエルモの先輩として、狂言回し的な役回りを演じていますが、アルフォンソとデスピーナは、一度ドラベッラやグリエルモを経験したカップルではないかと思っているんです。
 そして、フェルランド、グリエルモの2人はオタクっぽくて、モテなさそうなキャラクターとして考えています。2人とも背の高さはほとんど同じですしね。ある意味ほんとうに交換可能で、すぐに舞台上でどっちだったっけ? ということをやりだしますが、逆に没個性というのもテーマとしても面白いのではないかと。だからチラシのマネキンはとても気に入っています」
2012年《フィガロの結婚》より
撮影:三枝近志 提供:日生劇場

2015年《ドン・ジョヴァンニ》より
撮影:寺司正彦

 フェルランドとグリエルモが自分たちの理想型として作ったAI。しかし、フィオルディリージとドラベッラは心変わりする。
「デスピーナが『女は15歳になったら』とアリアを歌うように、彼女が女性たちに恋とは何かを教えていくプロセスが物語としてもともとあり、それをフィオルディリージとドラベッラが学んでいく。自分たちが作ったAIだけど、自分たちが思わなかった方向まで学んでいって進化してしまう。
 第2幕でフィオルディリージとドラベッラは互いに本当の恋人と違う相手を選んでしまうわけですが、フィオルディリージは早い段階から心揺れている。揺れているけれどその気持ちを認めたくないとずっと言ってきて、でも最終的に堕ちちゃう。一方のドラベッラは揺れたとたんに『まぁ、いいか』と思ってしまう女性。その2人のキャラクターの違いは面白いですね。
 特にフィオルディリージは高音から低い音程まで歌うように、彼女には大きな葛藤があり、それが音として落差がでている。秘める物が大きく、激しい。その葛藤の大きさを舞台上では大きな転換をすることで見せられたらいいなと思っています」

《コジ・ファン・トゥッテ》ゲネプロより
後列左から:大沼 徹(ドン・アルフォンソ)、腰越満美(デスピーナ)
前列左から:村上公太(フェルランド)、岡 昭宏(グリエルモ)、髙橋絵理(フィオルディリージ)、杉山由紀(ドラベッラ)

 最終的に2つのカップルがどのような結末を迎えるのか、大いに気になるところだ。
「台本では、最終的には裏切られるけれども、仲直りすると無理矢理に書いている。自分たちにとっては無理矢理だと思っていますが、それをどう演出しているかは見てのお楽しみです。ただ、最終的に試した男性側、人間側がどういう風になるのか、女性がどういう反応をするのか。やられっぱなしではない女性側、AI側にサスペンス的な要素があればと思っています。
 女性が男性の言いなりにならない終わり方。女性が結果、自分たちの生き方を決められる社会になる終わり方。AI社会が今後どうなるのか、いま社会はそれを探っていると思うので、その問いかけになればいいなと思っています。
 海外と日本でオペラに対する見方は違うと思いますが、特にドイツ語圏では社会的なメッセージをどれだけ含んでいるかが一つのポイントとしてみられる。正しいかどうかは別として、自分はそれが楽しいと思って演出しています。自分自身は幼いときからエンターテインメントとしてオペラを楽しんでいました。オペラを観るうえではいろんな楽しみ方があるでしょうが、モーツァルト、なかでも《コジ》の場合は、観る方がエンターテインメントとして楽しめるように演出をする方がふさわしいと思っています。ミュージカルや面白いお芝居を観たという感覚と並列で観ていただけるように、楽しい舞台を目指しています」

稽古場での様子。左に指揮の広上淳一

舞台上で演技指導する菅尾 友(中央)

 菅尾は作曲家としてモーツァルトが一番好きで、オペラをやるときもモーツァルトは特別だと語る。
「モーツァルトは音楽のなかに動きを描いていると思うので、そこをヴィジュアル化しているつもりです。歌手の方は縦横無尽に走り回り、スタッフの皆さんも動きまわり、エネルギッシュなアンサンブルの舞台になっていますので、ぜひ楽しんでいただきたい。いままでもチームワークはよかったのですが、今回はこのチームで本当によかったなと思っています」

【Information】
■日生劇場開場55周年記念公演
NISSAY OPERA 2018
モーツァルト・シリーズ 《コジ・ファン・トゥッテ》
2018.11/10(土)、11/11(日)各日13:30 日生劇場
(チケットは11/10予定枚数終了、11/11残僅少)

演出:菅尾 友 指揮:広上淳一
出演/(カッコ内は出演日) フィオルディリージ:嘉目真木子(10)/髙橋絵理(11)、ドラベッラ:高野百合絵(10)/杉山由紀(11)、フェルランド:市川浩平(10)/村上公太(11)、グリエルモ:加耒 徹(10)/岡 昭宏(11)、デスピーナ:高橋薫子(10)/腰越満美(11)、ドン・アルフォンソ:与那城 敬(10)/大沼 徹(11)
合唱:C.ヴィレッジシンガーズ 管弦楽:読売日本交響楽団

問:日生劇場03-3503-3111 
http://www.nissaytheatre.or.jp/


■第25回 日生劇場舞台フォーラム2018
オペラ『コジ・ファン・トゥッテ』
“転換可能な私たちの舞台”
2018年11月10日(土)18:30 日生劇場
入場料:無料(事前申込不要)

パネリスト(予定):演出:菅尾 友、美術:杉山 至、照明:吉本有輝子、衣裳:武田久美子 映像:山田晋平、進行:粟國 淳(日生劇場芸術参与)

問:公益財団法人 ニッセイ文化振興財団(日生劇場)技術部
〒100-0006東京都千代田区有楽町1-1-1
Tel 03-3503-3121
http://www.nissaytheatre.or.jp/schedule/forum2018/


■五島記念文化賞オペラ新人賞受賞記念アフタートーク
ー菅尾友が語る演出家の仕事ー
2018年11月11日(日)終演後 日生劇場
ゲスト:佐藤美晴(演出家)、長島 確(ドラマトゥルク)
※11日(日)公演のチケットをお持ちの方のみ参加可能