メシアン:歌劇《アッシジの聖フランチェスコ》音楽の聴きどころ

文:柴辻純子(音楽評論家) 読響『月刊オーケストラ』11月号から転載

C)読売日本交響楽団

 20世紀を代表するフランスの作曲家オリヴィエ・メシアン(1908〜92)は、唯一のオペラ《アッシジの聖フランチェスコ》を、長年奉職したパリ音楽院を定年退職した後、8年の歳月をかけて完成させた。若き日は教会のオルガニストとして活躍し、ジョリヴェらと作曲家グループ「若きフランス」を結成。第二次世界大戦勃発で動員され捕虜になるが、釈放されると自らの作曲の方法をまとめた『わが音楽語法』(1944)を刊行した。独特の旋法(「移調の限られた旋法」)やリズム書法、和声法をもとに、自分の愛好する鳥の歌や共感覚者としての色彩感覚を音楽に取り入れ、豊かな音響世界を開いた。熱心なカトリック信者でもあり、カトリシズムと結び付いた作品も少なくない。〈アッシジの聖フランチェスコ〉は、彼のそれまでのあらゆる手法と美学が注ぎ込まれた大作である。

作曲の経緯
 1971年、パリ・オペラ座の総支配人ロルフ・リーバーマンは、当時低迷していたオペラ座を復活させるためメシアンに新作のオペラの作曲を依頼した。メシアンは最初固辞したものの、ポンピドゥー大統領から直々の依頼もあって、その仕事を引き受けた。まずは台本の作成に着手する。初めはキリストの受難と復活の物語を描くことも考えたが、中世イタリアの最も誉れ高い聖人で、フランチェスコ会創始者として知られるアッシジの聖フランチェスコ(1182〜1226)を題材に選んだ。ただ聖フランチェスコの生涯を物語として追うのではなく、皮膚病患者への奇跡、鳥たちへの説教、聖痕、昇天といった、この聖人を特徴づける八つの情景を取り上げ、3幕8景のフランス語の台本を完成させた。聖フランチェスコが死の床で編み、美しい詩とえられた「太陽の賛歌」や、聖フランチェスコをめぐる逸話をまとめた『小さき花』等から引用、聖書の言葉も借用した(「聖ヨハネの第一の書」)。台本執筆は数か月で終えたが、作曲に4年、オーケストレーションと総譜の作成にさらに4年ほどかかった。
 作曲は、台本どおりの順番ではなく、第4景『旅する天使』から始まった。それから第2景『賛歌』、第3景『重い皮膚病患者への接吻』と順番に進み、第5景『音楽を奏でる天使』、第7景『聖痕』が作曲された。そして第1景『十字架』、第8景『死と新生』と続き、聖フランチェスコの生涯で最も有名なエピソードを描く第6景『鳥たちへの説教は』は、最後に作曲された。
 オーケストラは巨大で破格の楽器編成をとる。フルート7本(ピッコロ、アルト含む)をはじめ多数の管楽器、ジオフォン(大地の擬音)とエオリフォン(風の擬音)を含む多種多様な打楽器群、5種類の鍵盤打楽器、3台のオンド・マルトノなどが目をひく。特殊奏法を総動員し、オーケストラのパレットから輝かしく色彩的な音響が作り出され、鳥たちの歌声が満ち溢れる。

鳥類学者メシアン
 メシアンは数々の作品で、世界各地の鳥の歌を取り入れている。鳥の声への関心は学生時代からもっていたが、自ら鳥類学者と名乗るほどのめり込んでいったのは、1950年代以降である。実業家で鳥類学者のドラマンに鳥の鳴き声を聴き分ける方法を教わり、彼とともにフランス各地を訪れ、鳥の歌の収集と分類、分析などを行った。そして〈鳥たちの目覚め〉(1953)から本格的に鳥たちの歌を用いるようになり、〈鳥のカタログ〉(1956〜58)や〈異国の鳥たち〉(1955〜56)など、鳥たちの歌が次々と作品に現れた。さらにフランス国内のみならず、演奏旅行に出かけた先で世界中の鳥たちの声を集めていく。1962年の初来日の際も、軽井沢を訪れ、鳥の鳴き声を採譜した。「フランスの鳥であれば50種類の鳥の声を簡単に聴き分けることができます」と語るが、)。なかでもメシアンが愛したのは、ウタツグミとヒバリの声で、この2種類のフランスの鳥は、多くの作品で用いられた。
《アッシジ》にもたくさんの鳥の歌が出てくる。メシアンは、オペラの作曲にあたってアッシジや、さらに遠いニューカレドニアまで出かけ、様々な鳥の鳴き声を採譜した。《アッシジ》はヒバリの声で幕を開け、高音でるジェリゴーヌ(ムシクイの一種)はニューカレドニアで発見した鳥だ。最も長大な第6景(第2幕)の「鳥たちのコンサート」では、まばゆい光を放ちながら、万華鏡のように色とりどりの鳥たちの歌が響き渡る。

上演について
 オペラは当初の予定より完成が遅れたが、1983年11月28日にパリ・オペラ座(ガルニエ)で小澤征爾の指揮、サンドロ・セークイの演出で初演された。そして1992年8月にザルツブルク音楽祭において、音楽祭総監督ジェラール・モルティエのもと、ピーター・セラーズの演出、エサ=ペッカ・サロネンの指揮で9年ぶりに舞台上演された。年末に同じ演出の舞台がパリ・オペラ座(バスティーユ)でかかり、このときの指揮者がカンブルランであった。以来、マエストロはたびたび取り上げ、世界で最も多くこの作品を指揮している。なお、日本では1986年に小澤指揮の新日本フィルによって第3、7、8景のみが初演され、今回が全曲日本初演となる。

音楽的特徴
 《アッシジ》は、オペラとはいえ、音楽的導入はあるものの序曲はもたず、間奏曲もない。歌唱は朗唱に近く、アリアや劇的な重唱なども含まない。
 メシアンは、登場人物や事象に主題を与えた。彼によって15種類の主題(モチーフのような小さなものも)が示されているが、それらはそのまま用いるだけでなく、反復され、変形される。なかでも全曲を通じて何度も現れる「聖フランチェスコの主題」は、最初と最後、そして中央に特徴的な増4度下行音程を含むため耳に残りやすい。
 【第1幕】 第1景『十字架』(やや生き生きと) ヒバリの声を模した鍵盤打楽器の乾いた音色で始まる。レオーネが歌う「レオーネの主題」も、増4度下行音程の反復。フランチェスコが語り出すと弦楽器が「聖フランチェスコの主題」で支える。ここではヒバリの声と二つの主題が繰り返される。さらに「完全な歓びの主題」も現れ、最後は力強い合唱で結ばれる。
 第2景『賛歌』(やや遅く) チューブラーベルの響きを含む和音の連続が繰り返される導入の後、「聖フランチェスコの主題」が現れる。クロウタドリの歌を挟んでフランチェスコが「太陽の賛歌」の一節を歌い、ハ音のみの3人の修道士と男声合唱が続く。ここまでが3回繰り返され、今度はニワムシクイの歌と輝かしい合唱の交替となる。皮膚病患者に会うことを願う「決意の主題」は、2オクターヴ下行の強烈な響きで、鳥の歌とともに繰り返され、最後もこの主題が反復される。
 第3景『重い皮膚病患者への接吻』(十分に中庸な速さで) オンド・マルトノとクラリネット、コントラバスによる導入は病の恐怖を暗示し、ホルンとチューバによるフクロウが鳴く。「皮膚病患者の主題」は低音からすばやく駆け上がり、その姿に驚くフランチェスコは、全楽器の巨大なクラスター(隣接した音程の密集した主題)で表される。「完全な歓びの主題」を経て、二人の対話が続き、十字架について語るとき「荘厳さの主題」が響く。やがて天使が歌う清らかな「天使の主題」が現れる。患者の苦悩は合唱のクラスターで立ち上るが、長い全休止後、病が癒える奇跡が起こる。鐘が鳴り響き、イソヒヨドリの歓喜の歌が始まる。
 【第2幕】 第4景『旅する天使』(やや生き生きと) 導入の音楽で4人の修道士の性格が鳥たちの歌とともに描かれる。歌謡的な「レオーネの主題」、穏やかに揺れ動く「マッセオの主題」が続いて現れる。ニューカレドニアの鳥「ジェリゴーヌの主題」はピッコロで模写され、天使の到来を告げる。強烈なリズムの反復は「天使が扉を叩く主題」。修道士と天使の対話が続き、天使が去った後、ジェリゴーヌの鳴き声だけが残る。
 第5景『音楽を奏でる天使』(十分中庸な速さで) 聖フランチェスコは、クロウタドリやウタツグミとともに「太陽の賛歌」を歌う。ジェリゴーヌとチョウゲンボウの鳴き声とともに天使が近づき、「真理の主題」で話しかける。オンド・マルトノのかすかな音色の「天使のヴィオールの主題」が合唱に支えられて広がる。その響きは森を揺さぶり、再びヴィオールの主題が現れ、沈黙へと導く。修道士たちの主題が鳥たちの歌とともに戻ってくる。
 第6景『鳥たちへの説教』(やや生き生きと) 鍵盤打楽器のヒバリが歌い始めると、クラリネットのヤドリギツグミや日本のウグイスなど複数の鳥の声が入る。マッセオと聖フランチェスコの対話にも様々な鳥たちの声が絡まる。「カビネラ(ズグロムシクイ)の主題」もそのひとつ。そして複雑なリズムをもつ無数の鳥たちの大合唱となる。
 【第3幕】 第7景『聖痕』(十分中庸な速さで) 暗闇の場面。木管楽器の下行音型にハミングの合唱が重なり、アオバズクの鳴き声が恐怖を呼び起こす。聖フランチェスコは聖痕を望み、合唱がキリストの声となる。巨大なクレッシェンドの後、沈黙となり、天使が扉を叩いたときと同じリズムで和音が4回繰り返される。5回目は合唱のクラスターによる叫び声で再び沈黙となる。穏やかで輝かしい合唱で結ばれる。
 第8景『死と新生』(非常に中庸な速さで) メシアンによれば、最終景は第2景の音楽的拡大である。短い導入を経て、聖フランチェスコは「太陽の賛歌」で別れを告げ、修道士たちは「詩篇141番」を唱える。ジェリゴーヌの鳴き声が天使の到来を告げる。「音楽と詩が……」で「聖フランチェスコの死の主題」が始まり、合唱のクラスターを含む激烈な響きを経て聖フランチェスコは息絶える。レオーネの嘆きの歌が終わると音楽は明るさに包まれ、ヒバリが賑やかに囀り、輝きに満ちた響きの持続で終結する。

【Information】
読響創立55周年記念
メシアン:歌劇《アッシジの聖フランチェスコ》(全曲日本初演/演奏会形式)

指揮:シルヴァン・カンブルラン
管弦楽:読売日本交響楽団
合唱:新国立劇場合唱団、びわ湖ホール声楽アンサンブル

出演
天使:エメーケ・バラート
聖フランチェスコ:ヴァンサン・ル・テクシエ
重い皮膚病を患う人:ペーター・ブロンダー
兄弟レオーネ:フィリップ・アディス*
兄弟マッセオ:エド・ライオン
兄弟エリア:ジャン=ノエル・ブリアン
兄弟ベルナルド:妻屋秀和
兄弟シルヴェストロ:ジョン・ハオ
兄弟ルフィーノ:畠山 茂

*出演を予定していた兄弟レオーネ役のフィリップ・スライ(バリトン)は、体調不良のため出演できなくなりました。代わりに、フィリップ・アディスが出演します。(2017.11.10更新)

11/19(日)、11/26(日)各日14:00 サントリーホール
問:読響チケットセンター0570-00-4390
http://yomikyo.or.jp/
11/23(木・祝)13:00 びわ湖ホール
問:びわ湖ホールチケットセンター077-523-7136
http://www.biwako-hall.or.jp/

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