まもなく開幕、ヤナーチェクのオペラ《イェヌーファ》〜新国立劇場が初めて上演

 欧米の歌劇場ではすでに定番演目となって久しいヤナーチェクのオペラが、ようやく新国立歌劇場で上演される。2012年にベルリンで好評を博したクリストフ・ロイの演出が初演時の主要キャストもほぼそのままに引き継がれると知り、早速GP(ゲネプロ・最終総稽古)に駆けつけた。以下、作品紹介も兼ねて、その印象をお伝えしよう。
(取材・文:山崎太郎(ドイツオペラ、ドイツ文学) 2016.2.25 新国立劇場オペラパレス 撮影:寺司正彦/写真提供:新国立劇場 Movie:J.Otsuka/TokyoMDE )

 見映えはよいが軽佻浮薄(けいちょうふはく)な恋人シュテヴァの子を身ごもったイェヌーファは、彼に捨てられたことも知らず、産褥(さんじょく)の床に臥す。彼女の身を案じる継母コステルニチカは生まれたばかりの赤ん坊を密かに処理するのだが、数ヶ月後、恐ろしい罪が明るみに・・・。封建的な村社会における嬰児殺しを扱った、なんとも陰惨な物語だが、イェヌーファが罪を悔いる継母を赦し、かつて嫉妬から自分の顔に傷をつけた男性ラツァの真心をも理解して、真実の愛に目覚める幕切れには、かすかな希望が漂っている。
 独特のぬくもりに彩られたヤナーチェクの音楽は、全曲を通して、すでにこの結末を先どりするかのようだ。激情の嵐が最強奏に達したあと、凍りついたような一瞬の静寂が訪れたかと思うと、柔らかな調べがいずこからともなく湧きあがって、じわじわとあたりに広がってゆく、そんな展開がここかしこに聴きとれる。あたかも氷に閉ざされた地表の下から湧水が流れ出すように・・・。
 表層の悲惨な筋立ての下に伏流する希望の水脈が、今回のオーケストラ(東京交響楽団)からはとりわけ強く感じとれた。指揮者トマーシュ・ハヌスは作曲家と同じチェコの出身だが、その音楽は「本場」という安易な形容がともすると想像させる、骨太で土俗的な野趣の強調とは違う方向を向いており、たおやかな色合いでヤナーチェクのスコアに潜む微細な響きを掬いとってゆく。フレーズの一つをとっても、強弱がなんと幾重にも段階づけられ、豊かな意味合いをもって紡がれることだろう。とりわけ第2幕、コステルニチカが赤子殺しを決意するくだりや、眠りから覚めたイェヌーファが赤ん坊を探して部屋の中を歩きまわる場面のヴァイオリン独奏を伴うくだりは、戸外にちらつく雪や吹きすさぶ風をも描きとるかのようなオーケストラの調べが、歌手たちの熱唱を引き立て、全曲中の静かな頂点をなしていた。

 チェコ語の原題『彼女の継娘(ままむすめ)』(下線強調は山崎)が示すように、このドラマでは、娘のために嬰児殺しを決行するコステルニチカの決断から後悔そして罪の自供に至る心理の移ろいが大きな比重を占める。この点に着目したクリストフ・ロイの演出は全体を彼女の回想として描くもので、全曲に先立ち、コステルニチカが独房に入る様子が黙劇で示される。彼女が大事そうに抱える鞄は、赤児を戸外に運ぶために使われた犯行の証拠であり、いわば忌まわしい記憶と切り離せない重要な小道具だ。第1幕から第3幕まで、ときに後方の壁がスライドすることで、夏の麦畑(第1幕)や冬の雪景色(第2幕)が背景に覗くものの、主要な部分はすべて独房と同じく舞台を長方形に切り取った室内で演じられ、この白い密室のなかで登場人物同士の人間模様や心の綾が鮮明に浮かび上がる。
 過去の結婚生活の苦い経験から、必要以上に厳格で頑なになったコステルニチカの壊れやすい心を、抑制された知的な歌唱で伝えたジェニファー・ラーモア、イェヌーファが辛い体験をきっかけに大人の女性に成長する過程を、しっとりと落ち着きある声で感じとらせてくれたミヒャエル・カウネ、自ら傷つきやすいがゆえに、攻撃的な態度で他人を傷つけてしまうラツァの性格を心の底の繊細な優しさともども、シャープな声で表現したヴィル・ハルトマン。こうした役どころに加え、ユニークなのは、盲目の老婆であるはずのブリヤ家の女主人を、青のスーツを颯爽と着こなすハンナ・シュヴァルツが毅然と歌い演じたこと。その結果、女三人の年齢が相対的に近づき、彼女らのライバル関係とともに、孫のシュテヴァを猫かわいがりし、血のつながりのないラツァを疎んじる祖母の態度が一家の不幸の遠因をなしているのではないかという疑念が、示唆されるところとなった。


■【動画】新国立劇場《イェヌーファ》ゲネプロから(Movie:J.Otsuka/TokyoMDE)

■新国立劇場2015/2016シーズン
ヤナーチェク《イェヌーファ》【全3幕<チェコ語上演/字幕付>】(新制作)
2016年2月28日(日)14:00/3月2日(水)18:30/5日(土)14:00/8日(火)18:30/11日(金)14:00 新国立劇場オペラパレス

指揮:トマーシュ・ハヌス
演出:クリストフ・ロイ

美術:ディルク・ベッカー
衣裳:ユディット・ヴァイラオホ
照明:ベルント・プルクラベク
振付:トーマス・ヴィルヘルム
演出補:エヴァ・マリア・アベライン

ブリヤ家の女主人:ハンナ・シュヴァルツ
ラツァ・クレメニュ:ヴィル・ハルトマン
シュテヴァ・ブリヤ:ジャンルカ・ザンピエーリ
コステルニチカ:ジェニファー・ラーモア
イェヌーファ:ミヒャエラ・カウネ
粉屋の親方:萩原潤
村長:志村文彦
村長夫人:与田朝子
カロルカ:針生美智子
羊飼いの女:鵜木絵里
バレナ:小泉詠子
ヤノ:吉原圭子

合唱指揮:冨平恭平
合唱:新国立劇場合唱団
管弦楽:東京交響楽団

S:27,000円/A:21,600円/B:15,120円/C:8,640円

新国立劇場 《イェヌーファ》特設WEBサイト
http://www.nntt.jac.go.jp/opera/jenufa/

The New National Theatre
2015/2016 Season
New production

Music by Leoš JANÁČEK
Opera in 3 acts
Sung in Czech with Japanese supertitles
Opera Palace

Staff

Conductor Tomáš HANUS
Production Christof LOY
Scenery Design Dirk BECKER
Costume Design Judith WEIHRAUCH
Lighting Design Bernd PURKRABEK
Choreographer Thomas WILHELM
Revival Director Eva-Maria ABELEIN
Stage Manager SAITO Miho

Cast

Stařenka Buryjovka Hanna SCHWARZ
Laca Klemeň Will HARTMANN
Števa Buryja Gianluca ZAMPIERI
Kostelnička Buryjovka Jennifer LARMORE
Jenůfa Michaela KAUNE
Stárek HAGIWARA Jun
Rychtář SHIMURA Fumihiko
Rychtářka YODA Asako
Pastruchyňa UNOKI Eri
Karolka HARIU Michiko
Barena KOIZUMI Eiko
Jano YOSHIHARA Keiko

Chorus Master TOMIHIRA Kyohei
Chorus New National Theatre Chorus

Orchestra Tokyo Symphony Orchestra

Artistic Director IIMORI Taijiro

The New National Theatre,
Tokyo Box Office:
+81-(0)3-5352-9999

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●新国立劇場 ヤナーチェク《イェヌーファ》(新制作)
白を基調とした舞台に、美しいメロディーが溢れる、愛の物語
(ぶらあぼ2016年2月号から 文:森岡実穂)
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