In memoriam ソフィア・グバイドゥーリナ

Sofia Gubaidulina 1931-2025

 世界で最も作品が演奏されている作曲家の一人、ソフィア・グバイドゥーリナが3月13日、亡くなった。93歳だった。

© Bodil Maroni Jensen

 1931年、ソ連時代のタタール自治共和国(現タタールスタン共和国)で生まれた彼女は、首都カザンの音楽院でピアノと作曲を学ぶ。1954年にモスクワに移り、ショスタコーヴィチの弟子であったニコライ・ペイコらに作曲を師事。63年頃から作曲家として活動を始めた。西欧の前衛音楽が認められていなかった60年代から70年代にかけて、彼女の作品は、政府から社会主義リアリズムの教義にそぐわない音楽とされ、演奏を禁止された。困難な環境にありながらも、グバイドゥーリナは同時代に生きたエディソン・デニソフ、アルフレート・シュニトケといった作曲家とともに、反体制的な音楽活動を続け、徐々に頭角を現していく。

 彼女の名声を高めたのは、ギドン・クレーメル、ムスティスラフ・ロストロポーヴィチをはじめ、その作品を積極的に紹介した演奏家たちの存在だった。1981年にクレーメルが初演したヴァイオリン協奏曲「オッフェルトリウム」は国際舞台への道を開く契機となり、大きなセンセーションを巻き起こす。ペレストロイカ後の1992年にはロシアを脱出し、シュニトケも住んでいたドイツに拠点を移した。

 管弦楽曲、協奏曲、室内楽曲、ピアノ曲、声楽曲、合唱曲など多岐にわたる作品群は、早くから西側諸国でも高く評価された。1998年には、第10回高松宮殿下記念世界文化賞(音楽部門)を受賞している。ユニークな楽器編成を用いることが多いのは大きな特徴の一つで、ロシアのバヤンやコーカサスの民族楽器、日本の箏など、さまざまな楽器の響きを探求した。N響による委嘱作品「イン・ザ・シャドー・オブ・ザ・トゥリー」(アジアの箏とオーケストラのための協奏曲)はシャルル・デュトワ指揮、沢井一恵の箏によって1999年にサントリーホールで世界初演。同楽団のアメリカツアーでも演奏された。また、彼女の作曲的思考のなかで重要な位置を占めていたキリスト教的精神性が色濃く表れたオラトリオや「ヨハネ受難曲」のような作品もある。

 世界各国で多くの委嘱を受け、さまざまなオーケストラや音楽祭でコンポーザー・イン・レジデンスを務めてきた。2007年にアンネ=ゾフィー・ムターとサイモン・ラトル指揮ベルリン・フィルによってルツェルンで初演されたヴァイオリン協奏曲「今この時の中で」は大きな話題を呼び、日本でも2010年にムターによって演奏されている。

 90歳を迎えた2021年には、オーケストラ作品を収めたアルバム(アンドリス・ネルソンス指揮ゲヴァントハウス管弦楽団)がグラモフォン・レーベルからリリースされた。その中に収められた「神の怒り」は、今年1月のベルリン・フィルの定期演奏会でもキリル・ペトレンコによって取り上げられている。

 いかなる社会情勢のなかにあっても、揺るぎなく作曲の道を歩み続けたソフィア・グバイドゥーリナ。「音楽という芸術は、宇宙や世界に存在する神秘や法則に触れ、近づくことができる」と彼女は語っている。新たな響きの可能性を追究したその豊かなイマジネーションは、生涯衰えることがなかった。

写真提供:Boosey & Hawkes | Sikorski