岸田繁と聴くクラシック Vol.1

interview & text:青澤隆明
photos:武藤 章


Introduction

京都生まれの音楽家、岸田繁が大規模なオーケストラ新作「交響曲第二番」を発表した。ロック・バンド くるりの活動のほか、映像音楽の制作なども含めて幅広い分野で作曲を手がける彼が、オーケストラ音楽においても新境地を拓いた。

一昨年の前作「交響曲第一番」に続いて広上淳一指揮京都市交響楽団が、昨年12月に京都と名古屋で初演、後者のライヴはこの春CDと配信でリリースされたばかり。今年3月30日には、東京オペラシティで東京初演され、さらなる機会を待つ。

さまざまな音楽を消化吸収しながら、バンドでも作曲家個人としても多種多様な音楽実験をかたちにしてきた岸田繁だが、クラシック音楽への愛着はこどもの頃からのもので、いわば心と興味の深い層にある。40代に入ってオーケストラ作品を精力的に手がけるようになったが、その創作はたんに回顧的なものではなく、世界のさまざまな地域と時代の音楽への関心とともに、彼自身の現在をまざまざと生きるものだ。

岸田にクラシック音楽への個人的な敬愛について、自由に語ってもらった。人間的な直観と素朴な心が、技術的な視点と絡みあい、全体と細部を見通した理解となっているのが、聴き手としても実作者としても巧みな岸田らしいところだろう。

第九、アルルの女、ホルベルク、ドラゴンクエスト…

──最初に聴いたクラシック音楽の記憶はどのようなものでしたか?

家で親父がかけてたレコードですね。ベートーヴェンの9番と、ドヴォルザークの9番と。チャイコフスキーのピアノ協奏曲1番、ショスタコーヴィチの5番。あとはリムスキー=コルサコフとかチャイコフスキーのロシアものがクラシックではかかっていたように思います。モーツァルトは全然かからなかったです。で、そういうのといっしょに、ジャズとかハワイアンとか、チャック・ベリーとかのレコードをかけてましたね。

──クラシックはわりとスラヴ寄りのものが多かった。

それと大作ですね。ショパンもかかっていたと思いますけど、覚えているのはそういう大仰なもの(笑)。

──とても素直な選曲ですよね。

そうですね。父はべつにマニアというわけではなかったと思うので、そういうのが家でかかってて、少年の頃のわたしは『いや、ま、嫌ではないんやけど』くらいの感じで(笑)。たまにスコット・ジョプリンとかかかることがあって、それを心待ちにしていました。

──そうした記憶から、「交響曲第二番」作曲まで、すいぶん長年の変節があるでしょうけれど、クラシック的なものがいいかもしれない、こういうものを将来書くかも知れない、と思いはじめたのは、すぎやまこういちさんの音楽に惹かれるよりも前のことですか。

いや、もう全然前です。コンサートで、ベートーヴェンの9番や7番を生で聴いて。やっぱり第九ですね。合唱の入る感じに最初カタルシスを覚えましたけれど、ぼくはいまだに第2楽章が好きで。2楽章のトリオ、ちょっと古典風のフーガっぽくなるところ(〜歌う)。

──岸田さんの「交響曲第二番」の第3楽章みたいなところもある……。

はい、ちょっと(笑)。あれが、すごくきれいやなあと思って、小学校の頃ですけれど。

──やっぱり音楽の組み立てに興味があったんですか? こういう線がこういうふうに絡み合っていくというふうに。

いや、こどものときはね、考えてはいませんでした。すーっと入ってきて、ばーっと景色が広がるような感じというのが、『ああ、ここ気持ちええな』みたいなことを思っていましたけど。あと、小学校の音楽の授業でレコードを聴かせてくれたりして。

──『ペール・ギュント』とか『アルルの女』とか、かかりましたね。

そうですね。『ペール・ギュント』はけっこう楽しげやったし、ビゼーの『アルルの女』とか『カルメン』の組曲も好きになりましたね。いまだにビゼーもすごく好きですけれど、細かく曲で言うと『アルルの女』の、もちろん「ファランドール」もいいんですけど、第1組曲の「メヌエット」、それに「カリヨン」のホルンのところとか、ああいうのがぼくはすごくわくわくして。

──なんか当時からシンフォニー作家・岸田繁さんらしい選曲ですね(笑)。

そうですか(笑)。「メヌエット」ね、和音が九度とか、そういう厭らしいとこ攻めよるやないですか、ビゼー先輩(笑)。ああいうニュアンスで、わりと育ったところがあるというか。

──ツボで押さえていったという感じですね。

そうです。いまでもそうですけど、ツボでね。それはもう他のジャンルを聴くときでも、ツボで、気持ちいいな、みたいな、そういう聴きかたばっかりやったんで。

──けっこうツボ師ですよね(笑)。

はい、ぼくは自分のツボだけを(笑)。そういう意味で言うと、ぼくはスカンジナヴィアのトラッドとも好きなんですけれど、グリーグの『ホルベルク組曲』は弦楽アンサンブルの曲では一、二を争うくらい好きで。やっぱりどこかでアメリカのカントリーウエスタンやブルーグラスの人がやるフィドルじゃなくて、やっぱりヨーロッパ寄りの、音程もちょっとサードがずるっと、ちょっとクオーターずれしてたりとか、ああいう北欧っぽい感じというのがいまだに好きなんです。『ホルベルク』の「リゴードン」ですか、ああいうダンス・ミュージックがなんか好きだった。

──テクニカルにお話しになってますけど、いまもって考えるとそういうことだったのか、ということですね。

ああ、そうです。鼻たれガキで、ピアノとかも触ったこともなかったし。ただ、ゲーマーやったんで、しかもドラクエかなりやりこんでたんで。小学校3年生のときに1作目が出て……。

──時代の子ですね。

そうです。その頃は家にファミコンがなかったんで、とにかく友達とか従弟の家に行って、ずっとやらずにみてるだけだったんですけど、音楽がずっとループで流れてるから。それでとくに『音楽いいなあ』と思ってたというよりは、そういうのがしみついていて。サウンドトラックでオーケストラにアレンジされたものが出てて、それもすごい好きになりました。

──音楽が立体的に広がる感じがしたんですね。

そうですね、なんか肉付けされているというか。そもそも、すぎやまこういちさんはメロディの感覚よりも、ハーモニーの感じに彼独特の技法的なところがいろいろあって。ぼくが好きなのは、街やフィールドを歩いているときの音楽で、短三度のハモリのままずっと半音ずつ下がっていって、上はわりとのどかなメロディが流れていたりとか、あるいは和音の半音上のメロディでちょっと調性が不思議な音楽とか。当時はそんなこと思って聴いてないけど、やっぱりそこにバルトークや、40年代のジャズの匂いっていうんですかね、チャールズ・ミンガスみたいな、あるいはビートルズみたいなもんとか、けっこうええとこもってきて、オーケストラのアンサンブルになっている。通好みな感じっていうか、『あそこいったらこういう居酒屋とか、こういうのばっかり入ったビルがあるんですよ』みたいな。なんかすごい楽しげな感じで。

──出かけて行ったら、こういう響きが、こういう匂いがする……どこかに訪ねた感じで、音が降ってきたり聞こえてきたりするというのは、こどもの頃からずっとあるんですね。

やっぱり自分が自然のなかというか、川遊び、海遊びをよくしてたってことも大いに関係すると思いますし。あるいは、こどもの頃から映画をたくさん観たんで。

──当時の新作を観ていた。

そう。だから、ばりばりジョン・ウィリアムズっ子なんですよ、選んで聴いていたわけじゃないですけど。だからまあ、劇伴とかゲームの音楽を通しても、古典作曲家の部分やいろんな技法が、自ずと入ってきてたのかもしれないです。


Vol.2につづく


profile
岸田繁(Shigeru Kishida)

京都府生まれ。ロックバンドくるりのフロントマン。作詞作曲の多くを手掛け、多彩な音楽性で映画のサントラ制作、CMやアーティストへの楽曲提供も行う。2016年より京都精華大学にて教鞭を執り、2018年には特任准教授に就任。京都市交響楽団の依頼を受け完成させた初の交響曲「交響曲第一番」に続く「交響曲第二番」を発表した。​最新作は、2019年4月発表の『リラックマとカオルさん オリジナル・サウンド・トラック(NETFLIXオリジナルシリーズ)』。

information
岸田繁 「交響曲第一番・第二番 連続演奏会」
2019.10/5(土)14:30 京都コンサートホール大ホール

出演:岸田繁、広上淳一、京都市交響楽団
https://shigerukishida.com/

CD『岸田繁「交響曲第二番」初演』

広上淳一(指揮)
京都市交響楽団
VICC-60955
ビクターエンタテインメント ¥2500+税

 

CD『岸田繁「交響曲第一番」初演』

広上淳一(指揮)
京都市交響楽団
VICC-60944
ビクターエンタテインメント ¥2500+税